第八話 電気と雷
「見事。素晴らしい手際であった」
イン子の澄んだ声が、俺の耳に心地よく響き、緊張して少し硬くなっていた体を解きほぐしてくれる。
正直こういうのは助かるな。
感謝の気持ちを込めつつ、グッと親指を立てる。
確かに、自分がやったとは思えない程の手際で、ダイヤ虫を倒すことができた。
しかも、あの反応の速さ……俺は決して運動神経は悪い方でなかったが、あのスピードはありえない。これも雷能力の仕業なのかは、今の俺にはわからない。
焦げて死んだダイヤ虫を手に取ってみるが、やはり熱さは感じられない。
それが自分の雷撃による熱だからなのか、わからないが恐らくそうなのだろう。
ダイヤ虫……お前の生命、大事に活用させてもらうからな。
「いただきます」
心の中で両手を合わせてから、倒したダイヤ虫の羽を口に運ぶ。
見た目のグロさに惑わされてはいけない。
サクッとした歯ごたえ、香ばしい珈琲のような香りが鼻を抜けるのだ。
「やっぱうめぇな」
「これ、妾にも羽をよこすのじゃ」
イン子が勢い良く近づいてきて、俺の手のひらに残るダイヤ虫の羽を、足と嘴を器用に使いつつ美味しそうに食べはじめた。
そして、黒いバネのような足も公平に分け合い美味しく食べた後、残ったダイヤモンドの原石をポケットにしまう。
「確か……もう一匹、この辺りにいるって言ってたな?」
「先程の騒動で逃げてしまったようじゃ。少し待つがよい」
イン子は上空へと華麗に舞い上がり、軽く周囲を一周した後、直接、俺の心に話しかけてきた。
【こちらじゃな、ついてまいれ】
イン子を見失わないよう、時より上を見上げながら駆け足で付いていく。
しかし、アイツは簡単にダイヤ虫の位置を特定できるのか。
俺はまだ狭い範囲しか探れない。
これも課題にしよう。
【のう、この『遠く離れていても心の中でお互い会話ができる特別な――】
【――念で話すから『念会話』でどうだ】
……無駄に長い名前をつけられては、たまらんからな。
しかし、今のは随分と速く反応できた。
イザという時、問題なく使えるだろう。
暫くして、イン子が合図を送ってくる。
【おったぞ……音をたてるなよ】
【加重、次は違う方法で雷撃を出してみよ。移動して雷を体中から放出するのではなく、ある程度離れた状態で雷撃を出すのじゃ】
なるほど、要は遠距離攻撃ってことか。
【おう、やってみる前に助言はあるか?】
【指先に集中。そして『点』と『線』】
「……線?」
『念会話』ではなく、わざと声で聞く。
返事がないのでやるしかない……まずはダイヤ虫の居場所を見つけてからだ。
例の携帯電話をかける感覚を、再度使ってみることにする。
集中……そうだ集中――! いやがった。いいぞ、今度は簡単に見つかった。
ここから二時方向、木が生い茂った所。
大量の落ち葉の下に潜んでいるようだ。
普通に目だけで『ダイヤ虫』探すとなると、とても困難だろう。
距離は目測で、二十メートル位か。
自分の右手を見つめ、体中にある雷の力を、流れる水のように、電流のように循環させ、それを指先から少しこぼれさすイメージを持つ。
……そうだ、指先に集まれ。
集中した右手の人差指からジリジリと、まるで茶柱のように雷が立つ。
雷が行き場を求め、指先で動き出す。
早く放出せよ、速く命令せよ。
流れる場をよこせ、と俺に訴えている。
後は、これを飛ばして当てるだけ……が、撃っても当たらないかもしれない。
先程は、自分が移動して体中から雷を放ち、範囲攻撃したから当てられたのだ。
いや、大丈夫。
相手は気づいていない、落ち着いてやれ。
指先の集中を保ったまま、ダイヤ虫がいるであろう場所を凝視する。
居場所はわかっているのだ。
後は、それを感じるだけのお仕事。
集中……ダイヤ虫を『点』で捉えることに成功。
そして、指先にある雷の点を、ダイヤ虫のいる点に合わせる。
合わさると『線』になるように。
凝縮させた一撃を放つ。
雷の乾いた音が響くと同時――ダイヤ虫を倒したことを確信した。
イン子もすぐにわかったのだろう。見事、と声をかけて近寄ってくる。
今回も、二人で羽と足を分け合い食べた後、イン子がまじまじと俺を見つめた後に質問をしてきた。
「ところで御主、力を使った後、疲労みたいなものはあるか?」
「疲労? いや、別に感じないが」
そう言いながら、体中の帯電した感覚を確かめるが、疲労感はまったくない。
イン子は黙ったまま俺を見つめた後、俺に今倒した石を握ってみよ、と提案してきたので、言われたままにダイヤの原石を握る。
「その石は力を溜めることが出来ると話したであろう? そこに御主の霊力と、『例の力』を混ぜるのよ、わかるか?」
例の力ってのは、雷だと思うが。
「霊力って、要は魔力ってやつか? それに雷の力を混ぜるんだろ?」
イン子は首を横に振り、ため息をつく。
……なんかむかつくぞ。
「使い手の違いじゃの。霊力とは、神やそれに親しい精霊、神獣のような存在が使う力。魔力とは、人間や亜人、魔物や低級な妖怪の類が使う力」
「雷を生み出せる御主は、霊力の持ち主。単純な威力は妾に比べたら弱いが、それは問題ではない。雷を扱える事こそが重要。……それに御主の強みは、ほぼ無尽蔵に雷能力を使える所よ」
雷の力は使えるが、威力は弱い、か。
弱い雷ってあるのか? 電気との違いって何だ?
幼い頃、落雷を受けたトラウマで、俺は昔から理科や科学が苦手だった。
言い訳はしたくないが……俺は文系だったので、雷や電気、電流と電圧の違いがイマイチわかっていないんだな、これがまた。
イン子は知っているだろうか?
ダメ元で俺は聞いてみることにする。
「俺の暮らしていた時代はな、色々な『からくり』を動かす動力に、電気っていう雷の力を使ってるんだよ。その電気を電流……上手く説明できないが、それを水のように流して動かしているんだ」
インコは黙って聞いているようだ。俺は上手く話せるか不安だが続ける。
「さっき見せた携帯電話も、電気の力で動くんだ」
「電気? 電流、ふむ。それで……雷は活用しておらんかったのじゃな?」
「雷自体を活用していたって聞いたことないからな。太陽や火、風や水や……まぁそれらで、電気を発電所って場所で生み出していたんだ」
原子力は……これは話す必要がないだろう。
「フフ、なるほどな。妾もうまく説明できぬが、ある程度は理解できたぞ」
イン子は何度か頷いている。
「お、なら教えてくれ」
「たわけ。説明できぬと申したぞ」
ガックリと肩を落とす俺を見て、イン子がニヤリとしている。
「まぁ待て、妾は理屈抜きに雷を放つのじゃぞ。どうやって体を動かしているのだ? と質問するのと同じこと。説明は出来ぬが……そうじゃの」
「本質的には、御主のいう『電気』と『雷』は同じもの――まぁ親戚みたいなものじゃの。もっと簡単な例えは……」
イン子はそこで俺をじっと見つめた後、ゆっくりと口を開く。
「御主が『電気』で、妾が『雷』じゃ」
「……う」
これは……妙に納得しちまった。
俺が馬鹿なだけかもしれないが、納得してしまったものは仕方ない。
「俺が電気で、イン子が雷……」
「そうじゃ。雷とは膨大な力。空気中に彷徨う制御の出来ぬ膨大な力と光。それゆえ、人は電気とやらは操れるが、雷は溜めたり利用することができぬのではないか?」
「妾を操ることは不可能なのじゃ。ホホ」
高笑いしているぞ。実に嬉しそうだ。
「今の話は、あながち間違いではないとは思うが、正解でないかもしれん。わかりやすく噛み砕いて話したまでの事。 詳しいことはわからんからのぅ」
「なんとなくだが、納得出来た。それに俺もイン子も学者じゃないしな」
そうじゃそうじゃ、と頷くイン子。
確かに……使えるものは使えるんだから仕方ないよな。
「こまけぇことはいいんだよ!」
「混血のくせに江戸っ子じゃのぅ」
「人や妖怪の類が使う魔力などと一緒にしてはならぬ。霊力は神秘の力の源。ゆめゆめ間違うでないぞ? 随分と話が逸れてしまったが、御主の電の力を、霊力と共に『だいあ』に溜めてみよ」
「む? 霊力だけじゃ駄目なのか?」
「霊力単体を『だいあ』に溜めることは出来ぬ。そこで『だいあ』が雷を通さぬ性質を利用する。霊力と雷の力を混ぜたもの…………仮に『雷力』と呼ぼう。雷力として一度、閉じ込めれば……逆に出られなくなる」
「霊力と雷の力を混ぜた……『雷力』か」
イン子にしては、随分短い名前を思いついたもんだ。
「天狗の姿でこの島を出るためにも『雷力』が必要なのじゃ。御主は、一度に発動できる量が少ないが回復が異様に速い。毎日『雷力』を溜めてくれればよい……霊力も雷の力も得られれば……おお、一石二鳥とは正にこの事よのう!」
イン子が、得意げに高笑いしている。
鳥と石だけに一石二鳥とか……お洒落なギャグの使い手だったとは!
高笑いしているイン子を無視して、握っているダイヤの原石に集中する。
「理屈はわかった。そんでどうやんだ? 力を込めんか?」
「理屈でやらんでよい、感じよ。御主の体内にある霊力を感じよ、もう一つの力、雷の力と合わせ……それを石に流し込むのじゃ」
まずはやってみるか。
霊力ってのは……多分だが、遠距離攻撃をした時の力だ。
狙いをつけるには、雷だけでは無理。
霊力をもって、雷を自在に操る。
霊力とはそういう力だ。
自分の中に眠っていた能力……雷と霊力。
今までなかった膨大で異質な存在を、体の中で認識するのはとても簡単だ。
この霊力と雷の力……『雷力』を自分の中でイメージしやすくさせる。俺は『雷力』を体で練りあげる。
「一度込めた力を自分で吸わないことじゃぞ、流すだけ。強く念じよ」
石に力を流すイメージを持って、集中。
奥に浸透させ、染み込ませるイメージだ。
黄色い原石が微妙に輝きはじめる。
その輝きが石に吸い込まれていき、面白いようにどんどん石に吸い込まれる。
「お、上手く出来てるよな?」
「しっかりと出来ておるが、御主平気か?
心配そうに俺を見つめるイン子だが、そんな心配するほどの……と思った後に襲ってくる鈍い感覚。……これは疲労感だ。 俺は力を込めるのを一旦止める。
「平気と思ったが、後から疲労感が襲ってきた……が、一瞬だったから今は問題ない」
俺は感じたままを告げた。
「しかし、一度でこれ程とは……これならば、半年もかからぬぞ」
黄色に輝くダイヤモンドの原石を見つめながら、イン子が感嘆の声を上げる。
「無理はするでないぞ?」
「ああ。多少、疲労感を感じただけで、もう回復したよ。……それより、これでなんとか、島を脱出する目処がたったな」
「これから数ヶ月の間、くれぐれも頼むぞ」
「おう、まかせときな」
この島を出るためにも頑張らねばな。




