第六話 覚醒
「俺の……雷能力」
「二度の落雷により、御主が持っておった生来の力が覚醒しておる」
イン子は不敵な笑みを浮かべている。
「その胸の輝きが何よりの証拠。輝く光の心の臓から、力が生み出されておるはずじゃぞ……どうじゃ? 躍動する不思議な力の流れを感じぬか?」
「……確かに感じる。ずっと帯電しているような違和感が……痺れているようで、そうでないような不思議な感じだ」
「そうじゃの、帯電しておるように感じる力を、全身に巡らせてみよ……流れる水のように泳がせよ。自由にさせつつ、巡り巡らせよ。そして、それを毛穴から一気に放出させる感じでやってみよ」
……目を閉じて深呼吸し、言われた通り体内に流れる力をイメージする。
先程まで感じていた、心臓の違和感。
違和感を認めたくなかった。
俺は、体が変わることに恐れていたんだな。
だが、既に体は目覚めている。
……力を使う覚悟を決めろ。
そうだ……力を――開放せよ!
行き場のなかったエネルギーを、全ての毛穴から放出させる!
バリバリバリと、雷のようなモノが激しく体中から一気に溢れ出る!
まさに放流、力の放出。
体全体が膜のような雷に覆われ、言葉に形容できない弾ける音が、幾度もバチバチと歓喜をあげるかのように歌いだす。
まるで行き場のなくしたプラズマの様に。
俺は間違いなく『雷能力』の使い手となったのだ。
「どうじゃ? 素直な感想を聞きたいの」
イン子はじっと俺を見つめていた。
「驚きと興奮……いや、嬉しいが一番かも」
素直な感想が自然に口から漏れた。
今まで使われなかった力を初めて開放したせいなのか、今はすこぶる爽快だ。
高揚している心を落ち着けようと、一度鼻で息を大きく吸って口ではいてみる。
「フフ、それでよい……しかし御主、本当に嬉しそうだの。気づいておるか? 口元がニヤけておるぞ」
自分の口元に手をやると、確かに笑みをうかべていた。
それを見ていたイン子が、まじまじと俺の顔を見てから、俺が今までの人生で何度も言われていたことを、ついに口にした。
「だがまぁ随分とその……悪人顔だの。御主、本当に日本人か?」
ほらきたよ、俺の顔あるあるがな!
「ほっとけ、人相の悪さは小さい頃から散々言われてきたっての。ちなみに俺は日本とドイツの混血だ。……だがな、俺は日本生まれの日本人だ」
「ほうほう、そのドイツ……とは?」
「あーその、なんだ。ゲルマンで通じるか? ジャーマン、ジャーマニー……フランスの近くの国だ」
「成る程の。日本人にしては体躯も妙に立派だとは思っていたが……のぅ?」
まだなにか?
「……御主、背丈はなんぼじゃ? 六尺二寸はありそうじゃの。歳は? いくつになるのじゃ?」
む、尺てアンタ、それに寸言われてもな。
「悪い、今の日本は『センチ』ってやつで測ってるからな。ちなみに百八十七センチ、体重は『キログラム』ってので測ってんた。体重は八十キロ位で、歳は二十四歳だ……イン子、おめぇは何歳なんだ? 教えろ」
俺だけが教えるのもなんだしな。
「二十四歳、このひよっこめ……いやウズラじゃの。しかし、妾の歳なんぞ聞いても意味のない事。何百年も封印されておったのじゃ、詮無きことと思わんか?」
鷹にヒヨッコって言われちまった……おまけにウズラて。
「それはそうなんだが……なんか気になるじゃねぇかよ」
「ちょくちょく異国の言葉使いをするとは思っておったが、長さも重さも異国の単位を使用しておるのか? ええい、将軍は一体何をしておるのじゃ」
「色々あってな。それはいずれ話すよ」
……本当に日本は色々あったんだぜ? イン子さんよ。
イン子は俺をじっと見ていたと思ったら、ついに俺の事を解説し始めたのだ。
「うーむ、背も高く筋骨隆々。顔は眉骨が発達し、目は落ちくぼんだ顔つき。瞳の色は……ほう、琥珀色じゃの。これはやはり影響が出ておるのかもしれん。……そして堀が深く、眉と目の位置が近い。顎も立派じゃ……しかしまぁ、本当に悪い顔しとるのぅ御主? 短髪じゃが髪は真っ白じゃし、とても日本人には見えぬ」
……ん?
ちょ、待てヨ?
今、ありえないことを聞いた。
半信半疑で自分の髪の毛をむし……あれ?
二、三本抜けた自分の手のひらに残る頭髪を見て思考が一瞬止まる。
真っ白。
そう、それは真っ白い髪。
なあ、この白い髪の毛は誰の毛なんだい?
あはは。わかっているだろう?
……それは自分の髪の毛だよ、加重。
「なんじゃこりゃあ!!」
「御主、黒髪じゃったのか。なるほどのぅ。それも能力のせいかもしれんな」
冷静に話すイン子が少し憎らしい。
意外と似合っておるぞ、の励ましの言葉も妙に虚しい。
これはショックがでかい……この歳で白髪とは。
聞くに、どうやら瞳の色も琥珀色になってるらしい。
黒髪黒目だったから、なんとか日本人に見えなくもなかったのだ。
今の俺はデコの発達した堀の深い悪人ヅラも相まり、見た目はガイジンサンだ。
「フフ、そう落ち込むな。その髪の色も一時的なことかもしれん。よく見ると、なかなか良い男じゃぞ? 少しは自信をもつがよい」
落ち込んで座り込んでいた俺のそばに近づき、優しく声をかけてくるイン子。……鳥に慰められるという非日常……ここは本当に異世界なんだね。
軽く自分の頬を叩いて気合を入れる。
切り替えだ!
落ち込んでいても仕方ない。
白髪じゃなく『はくはつ』! それか『ホワイトヘアー』だと思えば、なんか少しマシじゃね?
「悪いなイン子、まぁお世辞だとわかってるがさっきのは少し励まされた」
「フフ、別に世辞ではないぞ。だが、その調子なら大丈夫そうじゃの」
「御主の能力も確認したし……そろそろ夕刻になりそうじゃしの。『だいあ虫』を倒すのは明日以降にしたいと思うが、どうじゃ?」
「今日の今日じゃ、自分で気がつかない疲れもあるかもしれんぞ?」
と、話を続けながらイン子は太陽を見上げながら提案してきた。
そうだな、今日は本当に色々あった。
夜に備え、程々にしておこう。
まずは水と食い物じゃな、と言うイン子の後について行く。
木々が生い茂った林の中を進み、イン子の後をしばらく付いていくと、涼しい風が俺の頬を撫でると同時に目の前に澄んだ水が流れる川が視界に飛び込んできた。
「おお! 水だ」
「綺麗な水じゃ、安心致せ」
気がつけば喉がカラカラだった。
それを忘れるくらい色々あったよな。
小走りで川に向かい、まず両手で水をすくって口に水を運ぶ。
うめぇ! 冷たくてなんの臭みもない。手を使わず、直接口を川につけてゴクゴクと勢いよく飲む……最高だ。体に染み渡る感覚だ。
横を見るとイン子も嘴を上手く使って水を飲んでいた。
イン子は俺の視線に気がつくと、ひょいと川の中に入り水浴びをはじめた。
そこは浅瀬なので翼を動かし、まんべんなく体に水をかけている。
「冷たくて気持ちがよいぞ。もうすぐ日もくれる。今のうちに御主もどうじゃ? 遠慮せずに裸になれ。妾は天狗じゃ、気にせずにやるがよい」
気にするなって言われてもな。こうみえて、ピュアボーイなんだぞ。
でも、それは人間に対してだけだ……アレはただの喋る鷹だ、うむ。
下の服を遠慮なく脱ぎ捨て、川の中に足を入れる。
冷たくて気持ちが良いが、所々切り傷と打ち身があるのか、多少身にしみる。
逆に言えばこれくらいで済んだのだ。
それから思う存分、水浴びを楽しんだ。
「ほぅ、下の毛が生えていないのか? 立派なモノは付いておるが童のようじゃのぅ、ホホ」
「うおお!! ほっとけ! 生えねえんだから仕方ねぇだろ!」
わざわざ人のウイークポイントを……まったくデリカシーのない天狗様だ。
「ふぃいい、気持ちよかった」
「どうじゃ、人心地ついたであろう? 後は食べ物じゃの」
そう言うと、鋭い爪のある足で握っている物を渡してきた。
なんやら黄色っぽい変な形の……果物か? 意外と細長く、厚い場所と薄い場所があり、なんともいえない独特の形だ。
「これは……果物か?」
「そうじゃ、この島の果物よ。味はまぁまぁかの。皮は薄いので、そのまま食うてみよ」
幅は五センチくらい、長さは十センチ程だろうか。俺はその長細く、独特な黄色い果物を思い切って口に入れて噛み切る。
……うん、甘みは少なく酸味が少し強い。食感は意外とサクサクしていて水分も結構多い。意外と悪くはない。
「へぇ……意外といけるな。凄く美味いってわけでもねぇが、俺は好きな味だ」
噛んだ切り口を見て気がつく……断面が星のような形だ。
「お? この形は」
「フフ、気がついたか。切り口は五芒星にみえるであろう?」
「妾はの、これを『断面は五芒星にみえる酸味は強いが水々しい熟せば黄色い果物』と呼んでおる」
どうじゃ、といわんばかりの表情を浮かべている。
また名前がそのままだ。実にネーミングセンスが残念な天狗様である。
フム……星の先っていうか、尖っている所は、そのまま食べるには少し皮が硬いな。そこ以外は十分柔らかい。後、種がある中央部分もイマイチだな。
そうだな……真ん中と、尖ったところ以外は十分美味い果物だ。
うん……やはり、これは『スターフルーツ』かも知れない。
どこかのレストランで頼んだサラダに入っていたことがあり、この星型の形状が非常に珍しく、妙に感心した記憶が蘇る。
サラダに入っていたのは、青い色だったから、すぐには思い出せなかったが。
「イン子、もっとないのか?」
真ん中の味が微妙な場所は食べずに捨て、イン子の方を振り返ってみる。
「ほれ、少し奥にたくさん実っておるぞ」
そこにはたくさんスターフルーツがぶら下がっている木があり。
青い色から真っ黄色まで、枝がたわむほどに実っていた。
「へぇ、こりゃすげぇ! これだけあれば飢えずにすみそうだ」
熟していそうな黄色いスターフルーツを、何個か取って口に運ぶ。
「フフ、どうじゃ。甘みは少ないが、意外といけるであろう?」
「だな。ドライフルーツにしてみても面白いかもしれない」
「……どらいふるーつ?」
「要は干し柿だな。乾燥果物」
感心しているイン子を尻目に、果物で腹を満たすのだった。
脱いでいたインナーを着て、袖なしジャケットを砂浜と土の中間辺りの地面に置いて座り込む。葉の生い茂った木の幹に背中を預けながら、今日の出来事をゆっくりと振り返っていると、随分と時間が経ってしまっていた。
「この島に人を襲うような動物はおらん、安心して眠るがよい」
その言葉に安堵し、暗くなってきた無人島で、俺は最初の夜を迎えた。
少し眠くなってきたので、横になる。
街の明かりがないせいか、月と星がとても明るく感じられる。
あれは天の川だな。星座に詳しくない俺でも、それくらいはわかる。
くっきりと見える天の川を見て、俺は何故か少し安堵していた。
無人島か……それにアイツは、ここが半分は地球って言ってたが。
この星空は知っている……以前も見ていた、見知った景色だ。
そのまま泥のように眠り、朝まで目が覚めることはなかった。




