第五話 電撃
黒煙のあがる場所。
そこにいるのは、女天狗を名乗っている白い鷹、通称イン子。
急いで走ってきた俺には目もくれず、地面に突撃した衝撃で、体にまとわりついたであろう砂埃を翼を何度か広げて吹き飛ばし、何事もなかったかのように、涼し気な顔をしていた。
「……どうじゃ、感想は?」
正直に言うと、心臓はバクバクだ。
動揺を悟られまい、などと……そんな安いプライドは即座に捨て去った。
「正直驚いた……今のは雷撃、雷だよな?」
「言い方、表現は好きにせい。本質さえ見極めればよい。本来の威力には程遠いが、今のは『雷の力』そのものじゃ。それよりも足元を見てみよ」
足元に目をやると、黄色い石が煙をあげて落ちていた。
「あ、これってイエローダイヤモンドか?」
「そうじゃ、まだ熱を持っておるが平気じゃろう。ついでに回収しておくがよい」
石を拾おうとして、異変に気がついた。
その黄色い原石には相応しくない、トンボの羽のようなものが何本かついており、バネみたいな黒い器官が、足のように何本も生えていた。
「これ……虫みたいな羽と足みたいなモンがついてるぞ?」
平気と言われても、躊躇してしまう。
「この石は生きておったからの。恐るべき速さで飛び跳ねる虫じゃぞ」
「妾は『風のように速く動き、忍びの様に気配を殺す黄金色に輝くだいあもんどの不思議な虫』と、呼んでおる」
長い、そのままじゃねぇか……しかしネーミングセンス皆無だね。
しかし、石が――無機物が生き物なんて、普通ありえるか?
恐る恐る、その石を手に取る。
うへ、初めての感触……グニョグニョだ。
「何故か恐ろしい程に美味での、騙されたと思うて食うてみよ」
「……は?」
「見た目は最悪じゃが、美味じゃと申しておる。羽はパリパリで香ばしいし、足は特に美味じゃぞ。しっかりと火は通っておるので安心するがよい」
いやぁ、こいつマジで言ってるっぽいな。
くんかくんか……む、臭みはない、というかなんだ? この不思議な感覚。
このグロテスクな虫が食べたくなってきた……なんだ、この変な感じは?
光に誘われる蛾のように……なにか違う。
花の蜜に誘われる蜂のように、羽の一部を口に運んだ。
「うおお、香ばしくて滅茶苦茶美味い!」
「そうじゃろ! 美味であろう、ホホ」
イン子はなぜか自慢げだ。
バネのような黒い足も、口に入れてみる。
「ヤバい……ジューシーで美味すぎ!」
「そうじゃろ、そうじゃろう!」
イン子はなぜか高笑いしている。
口に入れて、すぐに美味。
スグ美味しい、スゴく美味しいのだ。
全てが体に染み込むような感覚だ。
この味と感覚を既存の食べ物で形容するのが、とても難しい。
甘くてプルプルでトロトロだ。
妙に体が欲する味だったので、食べられる所は食べてしまった。
そして残ったダイヤモンドをポケットにしまう。
「では加重よ、その風のように速く動き、忍びの様に気配を殺す――」
「――『ダイヤ虫』って名前はどうだ?」
……フッ、全部は言わせねぇよ。
「ほ、ほう……きゅ、急に考えた割には、中々じゃの。採用じゃ」
「本来『だいあもんど』は雷を通さぬ物質なのじゃが、通さぬということはの、力を通してさえしてしまえば、逆に閉じ込めることも出来るということになる」
ダイヤモンドは雷を通さない……ゴムとかと一緒の絶縁体ってやつかな?
「そこで必要なのが霊力。雷と霊力と混ぜれば、それが可能になるのじゃ」
一度通せば、逆に力を閉じ込められる……か。無茶苦茶だな。
「あちらの世界に戻れないのがほぼ確定した今、妾達はこの世界で生きていかねばならん……巻き込んだ妾が言うのも何じゃがの。そういう訳で、この島を出る」
その言葉にゴクリと唾を飲み込む。
「本当に戻れないのか? 天狗になって……大法術? とやらでも無理か?」
「無理じゃ。ここは未来の地球」
「未来の……地球だと?」
「確か西暦という年号で二〇一八年と申したの? ここはそれより千年以上経っておる」
「せ、千年以上? ここがか?」
西暦三〇〇〇年以上の地球ってことか?
「異世界と地球が入り交じる世界、半分地球という表現がやはり一番しっくりくる。地球に『だいあ虫』が存在すると思うか? それに、あの赤い海を見てみよ」
喋る鷹が言っても、説得力ないんだが。
「異世界に行けるか? と聞かれれば、行けると答えよう。妾や力を持った『人ならざるモノ』の大半は、異世界から地球に来たモノなのじゃ」
イン子は淡々と話を続けるが……今、何気に凄いことを言ってなかった?
「ここを異世界と勘違いをし、妾は戻ろうとしたが、御主が居たのは『過去の地球』。天狗といえども『過去』に戻ることは許されぬ禁忌での」
「禁忌?」
「ウム。過去にだけは戻れぬ……出来るのは、創生の神くらいじゃの」
難しい話だ、俺は必死に頭を回転させる
「兄に「二百五十年程、異界に封印するぞ、愛しい妹よ」との言葉を鵜呑みにしてしまったことから起きた悲劇。実際は五百年以上は封印されておった。云わば妾も被害者よ……そうであろう?」
「お、おう。そう……なのかもな?」
なんとも言えん……確かに、イン子が全て悪いわけじゃないだろうが。
「判ってくれとは言わぬ。妾も被害者だと、心の片隅にとどめてもらいたい」」
仕方ない、一番端の奥にとどめてやろう。
「要は、この無人島は元々地球の島で、天変地異のような異変が起こり、異世界と混じってしまった、ハーフの島ってことか?」
「はぁふ……混血とな? ……ん?」
……これだ。
ずっとこの場所にきてからモヤモヤする違和感、話をすると感じる違和感。
俺がつい英語を使うと、古風なイン子には通じないはずだが、何やら補完されて通じる感覚とでもいうべきか? イン子も今、違和感を感じたはずだ。
「なぁ、ハーフって言葉、通じたか?」
「御主の口からは、初めて聞く言葉が多いのじゃが……はっきりではなく、砕けて伝わる……といえばいいのかの」
やはりそうか。
「これも世界が混じった結果かもしれん。世界が崩壊しないようになのか、整合性を保つためか。摩訶不思議な力が働いておることだけは確かよ」
世界が整合性を保つ? どういう事だ?
「島の周りの赤い海を見たであろう?」
イン子は青い海の先に続く、赤い錆びた海をじっと見つめながら呟く。
「ああ……この海は、一体なんなんだ?」
「この赤い海はの、緑色の動く屍だらけじゃぞ。それこそ何万、何十万とな」
「動く屍……グール? 腐った死体、ゾンビってことか?」
何万何十万のゾンビ、想像もできねぇ。
「それに海面から立ち昇る瘴気。あれは呪いに近い。船で海を渡るのはまず無理。『ぐうる』とやらも船に襲い掛かってくるであろうしの。空を行く鳥でさえ、あの瘴気の前では無力」
この島から出るのは無理ってことか? かなりキツい事実だ。
「妾が天狗の姿になれば、島から脱出するのは容易いことゆえ、安心するがよい。……そこで、『だいあ』が必要になるのじゃ」
「このダイヤが?」
「島を出るには、お互いの力を合わせる必要がある……丁度、そのための修行にもなりそうだしの」
「俺の力が? ん……修行?」
イン子はニヤりと笑い、俺をじっと見た後に言い放つ。
「次は御主の雷能力をみせてもらうぞ」
――ドクン
その言葉に心臓が、そして体が反応した。