第三話 正体
「女天狗? 天狗って女の……天狗ってことか?」
予想外の正体に驚き、女天狗を名乗るその白い鷹を、ついぞ観察してしまう。
女天狗は、どうじゃと云わんばかりの表情を浮かべながら胸をはっている。
いや、鳥の胸肉を見せられても。
「いや、どうみても鳥にしか見えねぇが……『変身』するのか?」
「変身とは少し違うがの、普段はこの姿で過ごしておる。力の消耗も少なく、人目につかぬという利点がある……別に人など恐れているわけではないが、色々と面倒での」
女天狗は、小さくため息をつく。
「本来の姿はいずれの。カジュウ、加重よ。妾が雷を放ち、御主をこの場に引き込んでしまった話をしたの?」
「加重の発音はどっちでもいいぜ。話を最初に戻すが、正直今でも落雷を喰らって、こんな場所に連れてこられたことにムカついてる、だが、さっきの話を聞くに、お前さんにも事情があってだな、その、色々とやばかったが最善はつくした……ってことだろ?」
女天狗は小さく頷く。
「恐らく、妾は消滅しておったろう。御主も、どうなっておったかわからん」
あのままだと死んでいたってことか。
俺を引き込んだと言っていたが……少なくとも死んではいない。
でも、凄く痛かったのは事実。
マジで死ぬかと思ったし……普通、何十秒も落雷を浴び続けることなんてってありますかね?
だが俺は、広い心と優しさを持つ男。
『かじゅうくんは、いつもやさしいね。お顔いがいは』……と、幼い頃の初恋の女の子に言われた事がある程の男なのだ。
……思い出したら悲しくなってきたぞ。
「とにかく『すまぬ』って謝っただろ? 一応は許してやる、一応な。俺は心が海よりも広いんでね」
「一応か……確かに無礼じゃった。加重よ、すまなかった。心より謝罪しよう」
女天狗を名乗る、赤い顔をした白い鳥は、小さい頭を深く何秒も下げた後、ゆっくりとこちらに視線を戻した。
「……」
間違いない、今のは本気の謝罪だ。
俺はこの時点で、コイツに一切のわだかまりがなくなった。
「色々と言いたいことはあったが、謝罪を受け入れた。だからもう謝るなよ? ……天狗って――いや、女の天狗か。天狗って男のイメージが強くてよ。場所によっては神様みたいに祀られてるだろ? 高尾山もそうだったし。 それが人にも頭を下げたりするんだなって……ちょいと驚いたんだよ」
女天狗はすぐに何か察したのか、少し笑いを含む声で返答してきた。
「御主の思う天狗がどうなのかは知らぬが、悪いと思えば頭を下げるぞ、滅多にはないが。それに妾は少し特別での。他の天狗は全て男なのじゃ。それに女のほうが男どもより、人当たりもよかろうて、フフ」
いや女性の方が気難しい場合が……そう思ったのは俺だけではないはずだ。
「ゴホン……あー天狗って、一体何人くらいいるんだ?」
「本来は、大天狗と称されていた者のみを、天狗と呼ぶのじゃが……そうだの、妾と兄と……数人もおらん」
更に女天狗は話を続ける。
「天狗を慕い、人が山に籠もる。仮面等で顔を隠し、山伏等の姿で何年も修行を重ねる……やがて認められると眷属になれるのじゃが、所詮そやつらは、天狗の眷属になった人間。生まれというものは変えられぬものよ」
天狗と言えば、顔が真っ赤で山伏姿、そして下駄を履いて大きい団扇を仰いでいるイメージだ。
その、俺の知ってる大半の山伏姿の天狗は人間ってことか?
だが『眷属』ってまさか……。
「眷属……俺を親しい存在だと言ってたな? 俺も眷属ってのになったのか?」
「いや、御主は眷属でないぞ。……まずは事の経緯を説明したほうがよかろう。そこに座り、妾の話を聞くがよい。質問は後にせよ」
「わかった。あと年齢も教えろよ」
焦る気持ちを抑え、胡座をかいて大人しく聞くことにした。
「年齢はいずれな。……あれはの、五代の犬公方が統治する江戸近くの山中での出来事よ。ある日、妾と兄の間でイザコザがおきての……いわゆる兄妹喧嘩というやつよ。その時、不覚にも兄の瓢箪に封印されてしまっての」
五代将軍って一体何年前だ? それに……瓢箪に封印、ときたか。
映画、漫画、アニメ、ゲーム……小説の中だけの、まるで『おとぎ話』。
ここに来る前の俺なら、恐らく鼻で笑っていただろう。
だが、今は違う。
今……その『おとぎ話』のような世界の中にいるかもしれないのだ。
「封印の間は意識はなくての。封印が解け、気がつけばこの見知らぬ島よ。目覚めてすぐに兄を探したのじゃが……ここが無人島だとわかるのに、そう時間はかからんかったわ」
「兄に仕返ししようにも、行方もわからぬ。ここがどこかもわからぬ。それに長期の封印の影響で、力の殆どを失っておってな」
「……」
「天狗に顕現するにも、力の源である霊力という力が必要になるのじゃが、封印の影響か霊力が殆ど回復しない体になっておる」
話は一旦そこで終わり、女天狗はヤシの木の窪みに顔を入れると、嘴を使って、石のようなものを取り出した。
黄色い石のようなものを咥えながら、グライダーのように滑り降りてきた。
「ふぉれほれもひほ。うへほるふぁひょい」
石をくわえたまま何か喋った後、俺の手に落とす。
多分だが、ほれ、これを見よ。受け取るがよい……だと思う。
渡す物があるって最初に言えば良いのに。
渡された黄色い石は、かなりの大きさ。
縦横共に、四センチくらいだろうか?
中は透き通っており、手を入れれば、綺麗になりそうだ。
なんかの原石、なんの宝石だ? 全くわからんぞ。
しかし参ったな、こんな所でリアルが関係してくるとは。
プレゼントするような女なんていなかったからな……。
思い出したら悲しくなってきたぞ。
「高価な石なのか? 知ってるのはダイヤモンドくらいだが。あれは無色だしな。あ、イエローダイヤモンドってのもあるか? ……そんなわけねーよな、ハハ」
「いえろ? だが、ようわかったの。確かに『だいあもんど』じゃ」