第二話 白い鷹
「無事、目が覚めてなによりじゃ」
「と、鳥が喋ってる......インコか!」
驚きの余り、鳥と会話を交わしてしまう。
その白い鳥から目が離せない……俺は食い入る様に見てしまう。
あの鋭い眼光......鷹の目。
どんな獲物も引きちぎる、鉤状に曲がった嘴。
どう見たってオウムやインコじゃない、コイツは猛禽類の類だ。
体は真っ白で、鼻の辺りから嘴の先近くにかけては、鮮やかな朱色。
色合いだけだと『トキ』そっくりなんだが、その佇まいは、捕食者のみに与えられる王者の風格がある。
「……インコ? 確か南国に言葉を模写する鳥がおったが。だが妾はインコにあらず。この姿をよく見よ、鷹じゃ、鷹。……フム? 厳密に言えば妾は鳥ではないのじゃが、その話は追々の」
えっへんと、聞こえてきそうなほど胸を張り、何やら自慢げにみえる。
「それより御主は事の事態を把握しておるのか? 妾は大方、事態を把握したところでの。ま、多少の辻褄合わせが必要じゃか。それ故、聞きたいことがあれば答えるぞ?」
把握? そうだ、俺は何故ここに?
頭が少し冷静になる……やはり、この声に聞き覚えがあるぞ。
……間違いない。
コイツの声、あの時に聞いた声だ。
俺は鳥の木の正面に立ち、下から見上げて睨みつつ、口を開いた。
「あの落雷の時に話しかけてきたのは、お前か?」
「そうじゃ」
即答する白い鷹。
「俺が落雷にあったのは事故なのか? 偶然なのか? それとも……俺を助けたのか? そもそも、雲ひとつない青空に雷なんて変だろ? それに、ここは地球が半分って言ってたな? どういう意味だ!」
考えがまとまらぬうちに、一気にまくし立ててしまう形になったが……仕方ないだろう?
聞きたいことが山ほどあるのだから。
くそ、早く答えやがれ。
「……慌てるでない。ゆっくりと話そうではないか」
まるで心を見透かされたようだ。
白い鷹は、透き通る声で、まるで諭すように、ゆっくりと話しはじめた。
「避けようのない事故、とも故意とも言える……なぜなら雷を撃ち放ったのは妾で、狙いが御主だけじゃったからの。結果、このような事態になってしまった……という訳よ」
その言葉を聞いた瞬間、怒りを覚えるが――グッと、それを飲み込む。
落ち着け……この白い鳥の話を全て聞いてからだ。
ありったけの理性を総動員し、なんとか踏みとどまった。
「ほぅ、怒らぬのか。御主を助けたわけではない。あのままでは妾の命も危なかったからの。こちらに引き込んだまでのこと。今は妾に対する怒りもあろう? 言うても信じられぬじゃろうが、お互いが助かる道を選んだまでの事。許すがよい」
悪びれず言い放った白い鷹は、こちらの反応を伺うかのように、じっと見つめている。
やっぱりコイツのせいで……俺はコイツに巻き込まれたんだ!
許すがよい? 今のは謝罪のつもりか!
「こ、この野郎……!」
「……先程から気にはなっておったのじゃが、御主の言葉使いは……随分と乱れておるの? ほんに嘆かわしい限りよ」
しかもダメ出しとは。
怒りがこみ上げるが、ここで冷静さを失ったら駄目だ。
コイツが何者なのかも判明していない。
ありえねぇが、先程の雷を操っていたのが、このトリモドキのインコだとしてだ……怒りに任せて戦いを挑んで、俺はコイツに勝てるのか?
あんな高い所にいるし……ズルいぞ。
ムカつくが、もう暫くは我慢だ。
「……ここは地球であり地球でない。半分だけ地球。妾も今まで気が付かなかった結果、御主を巻き込んでしまった。そこは妾の失態、許すがよい」
白い鷹は止まっていた葉から飛び降り、俺と目線の高さが同じ葉に移動すると、その鋭い鷹の目を静かに閉じる。
そして、一呼吸おいてゆっくり口を開く。
「御主、ここに来る前はどこに居った?」
まだ聞きたいことがあるが、素直に答えることにした。
「都内の――東京の近郊にある高尾山だよ」
「やはり高尾山か。しかしトウキョウ? 東の京……今の将軍は誰がやっておる? そもそも徳川家は健在かの? ええい、何か大きな歴史の節目があればよいのじゃが……! 関ヶ原で起きた大戦は知っておるか? それから何年位経っておる?」
おいおい、こいつはとんだ浦島野郎じゃねーか……。
俺は少しだけやさしい気持ちになり、この可哀想な鳥に、わかりやすく話してやることにした。
「一体何歳だ、後で答えろよ? トウキョウってのは江戸だった場所で、東の京。東京で合ってる。それと徳川家はもう将軍じゃねぇ。天下分け目の関ヶ原の戦いは……西暦っていう年号があるんだが、確か一六〇〇年。んで、俺が居た高尾山は二〇一八年だ」
「封印は二百五十程が限界なはず……成る程、それで禁忌を犯したというわけか。兄め、やってくれる。だが本来ならば唱えた時点で……以前の地球とは違っておるからか?」
白い鷹は、かなりの時間、上を見たり下を向いたりしながら小さな声でブツブツと話していたが、俺には理解できないので暫く待つしかなかった。
何度か頷いた後、なにやら納得できたのか、こちらに目をやり、咳払いしてから話を切り出してくる。
「御主のその、心の臓の輝きのことじゃが」
白い鷹は微かに金色に輝きながら回転している俺の左胸の火傷の痕を、じっと見つめていた。
体の異変は、一番気がかりなことだ。
コイツは……これが何か知ってるのか?
「この火傷の痕は、幼少期に落雷に遭った時に出来たモンだ。それまでは光ってなかったんだが、これが一体なんなのかわかるか?」
「……偶然が重なり、必然となるか。成る程、これで話が繋がったわ。妾が御主を同族と勘違いしてしまったのも無理はないの」
白い鷹は閉じていた目を開け、自分の羽を二度動かした後、加重を見つめる。
「御主が妾の雷を受けても死なぬのは当然。のう、幼き頃にも落雷に遭ったと申しておったの?」
「ああ、五歳の時だ。その時も胸の火傷程度で奇跡的に助かったんだ」
「奇跡ではない。御主は生まれながらにして雷……要は雷に耐性があり、一度目の落雷で芽吹き、二度目の落雷で力が覚醒した……というわけよ」
「俺の体に雷の耐性……覚醒した?」
先程から感じる体の違和感……やはりなにか関係があるのだろうか。
「御主は雷人間――いや、人でもないの。むしろ、妾寄りよ」
「人を人外扱いか? しかも妾寄りって……俺はインコじゃねーぞ!」
「鷹じゃと申しておろ――いや、鷹でもないが……御主の名前は? 差し支えなければ教えるがよい」
先に名乗りやがれ! と思ったが、自分から名乗ることにした。
俺はこうみえてジェントルメンだからな。
「俺の名前は武藤加重っていうんだ」
「武藤加重か。では武藤よ――」
「――待った、出来れば下の名前の方で『かじゅう』と呼んでくれ。どうも武藤の名字はイマイチ馴れなくてな……それで? お前さんの名前は?」
「ではカジュウ――いや加重よ。御主に妾の真名を教えるのは構わぬのじゃが、非常に発音が難儀でな。発音できなければ意味がなかろう? それ故、人間に呼ばれていた名の方が都合がよかろう」
「妾は女天狗じゃ。見知りおくがよい」