第二十四話 力の解放
未だ、背後は危険のまま。
引き返そうとしていた馬車に、まず知らせよう。
急ぎ馬車の停車位置まで戻って、唖然と俺を見つめている赤毛の女と、二台目の馬車の運転手の方へ声をかける。
「よく聞け! 後ろの坂にもゴブリンがいるんだ、だからここから動くな!」
まだ事態が把握できていないのか、どちらからも反応がない。呆然と、俺を驚きの表情で見ているだけだ。
「聞いてるのか? 挟み撃ちなんだよ! 馬車はここで待機だ!」
ようやく我に返ったのか、馬車の運転手が何度も頷いた。
馬車に乗っている人を確認する。
……あの少女は、母親にしっかりと守まれているようだ、とりあえずは一安心。
ん? なんだ?
何か違和感を感じ、前方……王都方面の先に広がる平野に視線をやる。
見ると、鎧姿の騎士らしき五名が凄い勢いで馬を走らせ、こちらに駆けつけてきているのが見えた。
イン子が上空からの攻撃で、十匹以上ものゴブリンを倒し奮闘している場所だ。
その一台目の馬車に、騎士たちが援軍としてゴブリンの群れに突撃していく。
騎士たちの乗る鎧をつけた馬が、ゴブリン共を一気に蹴散らしはじめた。
数十匹のゴブリンが一斉に逃げ出しはじめるが、騎士たちが馬上で武器を振るい、馬で轢き殺すことで、奴等が逃げ出すことを許さない。
無駄のない洗練された動きから、彼等の練度が非常に高いのが窺い知れる。
……あれならば大丈夫だろう。
【イン子!】
【ウム、ここは此奴等に任せよう】
予想よりも手早く蹴散らす事が出来たし、前方には謎の援軍あり。
後は背後の群れさえ片付ければ解決だ。
「ねぇ、待って! 後ろにもゴブリンがいるって本当なの?」
どうやら赤毛の女のようだ。
「悪いが話は後だ」
颯爽と駆け出したが、背後に気配を感じて後ろを見ると、先程の赤毛の女が走って俺に付いてこようとしていた。
どうやら相当勇気があるらしい。
付いてくるのは構わないが、同じスピードで走ってやる義理はない。
全力で疾走ることにする……これには追いつけないだろう。
息も殆ど切らさずに、元の馬車に戻ることが出来た。
なんとか間に合ったか。
未だゴブリン共は、坂の中腹辺りだ。
ゆっくりと、俺達人間を恐れさせるように、ゴブリンの大群が道いっぱいに広がって進んできていた。
戻ってきた俺に、馬車から歓声が上がる。
「無茶苦茶強いじゃねぇか、あんた!」
「白髪の兄さん! 私痺れちゃったよ!」
「女神アリーナ様が……わ、我等のためにお遣わし下さったのじゃ!」
……ま、悪い気はしないな。
その声に、ひらひらと手を上げて応えてから、槍を持って呆然としている運転手のおっさんに指示を出す。
「前方は安全になったから、今直ぐ前に進みな。今は後ろの方が危ないからな……なるべく急いでくれ」
「あ、ああ了解だ、助かったぜ。あんたに女神アリーナのご加護を!」
おっさんは急いで馬車に乗り込んだ。
俺は槍を両肩に担ぎながら、ゆっくり歩いて、坂の上でゴブリンを待ち構えているドワーフのおっさんの横に並ぶ。
「遠目だが見てたぜ……小僧、何者だ?」
「何者か……今はなんの肩書もねぇんだ。だから王都で冒険者になるつもりさ」
「そうか。だが、冒険者になるってなら大歓迎だ。俺は王都で最高の鍛冶職人をやってる『ダラ=クレイ』だ。小僧、これから装備は俺に任せな」
「俺はカジュウだ。それよりおっさんって……ああ、ドワーフだから鍛冶屋なのか? なら戦闘は――」
「いらねえ心配だ」
ダラクのおっさんは、品質の良さそうな両手斧を俺に見せつける。
丁度その時、息を切らせながら小剣を持った赤毛の女が俺の横に来た。
「ふぅふぅ……貴方の足の速さときたら――って、ええ?! 大群! しかもあれじゃ行軍じゃない……それも挟み撃ちなんて」
かなり驚いているようだが。
……この赤毛の女、そこそこは出来そうだが、さてどうしたもんか。
「赤毛の姉ちゃん、あんたは二十メートル位……そうだな、あそこにいてくれ。俺達が倒し損ねて、取り逃がしちまった敵を頼む」
「う、うん、わかった……正直にいうと、武器での戦闘は苦手なの。だけど、ゴブリン数匹程度なら……なんとかしてみせるわ!」
女は何度が頷いた後、下がっていった。
武器での戦闘は苦手……か。
小剣は持っているが、薄手の旅装束か……ただの素人ではなさそうだが。
などと考えているうちに、近くで鷹の鳴き声がする。
見上げると、崖の切り立った高所にイン子が堂々とした姿勢で停まっていた
俺は親指をグッとイン子に向ける。
それを黙って見ていた、ダラ=クレイのおっさんが質問してきた。
「あの猛禽類は小僧のか? 最近、ああいう鳥はこの辺じゃ見なくなったが」
「鷹だよ、そして俺の大事な相棒だ。んで、おっさんより強いから安心しな」
「そいつは頼もしいな――おっと、そろそろだぜ……四、五十匹ってところか」
ドワーフである、ダラクのおっさんの両手斧を持つ手に力が入る。
道幅一杯に広がり、整列しながらゴブリン共が目前まで迫ってきていた。
ここからだが……やはり数が多いな。
【イン子、『力』を使っていいいか?】
【緊急事態じゃ、仕方あるまいの……それに御主、本当は試したいのじゃろ?】
その言葉に、多分俺の口角があがっていることだろう。
イン子のお許しも出た……ならば、存分に『雷能力』を開放するとしようか。
「なぁ、ダラクのおっさん。暫くはここから動かないでくれるか?」
「ダラ=クレイだ。それより小僧、俺が戦えないとでも思ってんのか? あ!?」
ダラクのおっさんが恐ろしい顔で俺を睨みつけてくる。
「いや、そういう事じゃなくてな。加減ができねぇかもしれないんだ……俺が最初に、敵の中に飛び込んでっても……そうだな、二十数える間だけ、ここにいてくれるか?」
「なんのつもりか知らねぇが……チッ、わかったよ。二十数える間は待ってやる」
ダラクのおっさんは呆れた表情を見せ、太い首を横に軽く振る。
「ああ、すまねぇな」
俺はおっさんの肩をポンと叩いてから大きく深呼吸し、一気に坂を下る。
三ヶ月、無人島で磨いた雷能力、ゴブリン共にお披露目してやるとするか!
駆ける足に自然と力が入り、そして手前で大きく跳躍する。
能力を使える開放感が俺を興奮させるのか、俺の口が勝手に雄叫びをあげる。
「うおおおお!!」
突然の突撃にゴブリンの群れが色めき立つが、中央にいるやや装備の立派なゴブリンが、何やら仲間に掛け声をかけている。
多分、仲間を鼓舞しているのだろうが……手遅れだよ、テメェ!
空中でそのリーダーらしきゴブリンに、槍を投げつける。
……我ながら見事に命中。
唯一持っている武器を投げるとは、ヤツも群れの奴等も思っていなかったろう。
武器は無くなったが、今回はそれでいい。
動揺するゴブリンの群れのド真ん中に飛び込む間際、全身に力を込める。
その一瞬の間に霊力を練り、俺の体に流れる血潮と同等の存在である雷を混ぜ合わせ、雷力にして力を微調節する。
そして、右の拳と左の掌を、胸の前で着地と同時に激しく叩き合わせる。
それを合図としたかのように、体中から激しい音と共に雷が溢れ出す。
――まさに一瞬。
体中から一気に雷をドーム状に発生させ、広範囲に開放する。
それと同時に発生した激しい閃光が、ゴブリン達の視界をも奪っていた。
……威力と発生時間を抑え、その代わりに攻撃範囲を伸ばす。
相手を感電させるか気絶させ、激しい閃光で視界も奪う技。
対多数戦闘用の、俺の雷能力を上手く利用した……そう、その名は――。
「ま……名前は決めてないんだけどな」




