第二十三話 襲撃
攻撃してこない『ダイヤ虫』を除けば、本格的な実戦は初めてになる。
が、自分でも驚くほど不安はない。
相手は雑魚……イン子の言葉を信じ、自分の力を信じる。
若い助手は何度もお礼を言った後、ホッとしたような表情を浮かべている。
周りの乗客も、同じ様な表情を浮かべていた。
恐らくだが、俺が名乗りをあげるのを期待していたのだろう。
馬鹿にされた旅人の服を着ているとはいえ、見た目は十分戦えそうだからな。
それを見ていた運転手のおっさんが、気持ちを込めた言葉を発した。
「あんたが何者かは知らないが……ありがとよ、そして頼む」
「おう、なんとかやってみるさ」
ドワーフのおっさんが、じっと何かを測るかのように俺を見つめている。
「……ジロジロ見やがって、俺はそんな趣味はねぇからな、おっさん」
「……おお! おお! グハハハ! こいつは一本取られたぜ!」
その俺の言葉を聞いて、ドワーフのおっさんは豪快に笑った。
バシバシと俺の腕を叩く……少し痛い。
「悪かった。さっきのは、なかったことにしてくれるか?」
ドワーフのおっさんが真面目な表情に戻り、俺を見ている。
「今のでお互い様ってことにしよう」
俺達は力強く握手を交わす……凄くゴツゴツした手だ。
「オイ! イチャついている所を悪いが、そろそろ坂を登りきるぞ!」
運転手のおっさんの声に、全員が前方に注意を向ける。
走って逃げてくる人が他にもまだいるようだ。皆、一様に取り乱している。
【イン子、どうなっている?】
【えらく数が多くての。それに妾も封印の影響で――む!】
イン子の声に驚きの成分が混じる。
その声と同時に乗っていた馬車がやっと坂を登りきった。
目に飛び込む光景は――戦い……戦いだ!
小さい茶色の生物の大群が、人間に襲いかかっている。
「なんだ……あの数は?」
「おい、急いで馬車を切り返してくれ! サロの町へ戻ろう!」
「言ってたでしょ? 道が狭くて、切り返す余裕なんてないじゃないの!」
男女を問わず、乗客から悲鳴の声が飛び交っている。
「見ろよ! 前を走っていた二台目の馬車が引き返そうと――間に合わねぇ! ゴブリンの群れが迫ってる……あれは襲われるぞ!」
最初に出発した一台目の馬車に至っては、人々とゴブリンとの戦いで大混乱の状態になっている。
インコもそこで奮戦しているようだ。
ゴブリンの群れの一部が分隊して、二台目の馬車に迫ってきていた。
……二台目の駅馬車が今、ゴブリン共に蹂躙されようとしている。
それを見た馬車の運転手が大声で叫んだ。
「逃げたい奴は、今からでも馬車を降りて坂を走ってサロ方面に逃げな! ……それと見習い! 俺の代わりに運転を頼むぞ!」
その言葉がきっかけで、何人かの乗客が坂を走って逃げ出した。
その中に、俺に絡んできた若い二人組も含まれていた。
「は、はい親方! ……やはり親方は?」
運転手のおっさんは、助手から槍を奪って馬車から降り、その場で槍を構える。
「戦闘は俺のほうが得意だからな! 俺の馬車だ、死んでも守るぜ!」
運転手のおっさん……気に入ったぜ。
俺も気合が入るってもんだ。
よし……まずは、あの少女が乗っている二台目の馬車を救う事。
俺は馬車から颯爽と飛び降りる。
「運転手のおっさん、馬車を守ってくれ!」
相手の返事も聞かずに言いたいことだけ告げて、槍を前方に構えながら疾走る。
「だあああ! おい待て、俺も行く!」
ドワーフのおっさんも俺に付いてこようとしていた。
駆け出そうとした俺に、イン子の忠告の声が頭に響く。
【加重! 坂の下! 挟み撃ちじゃ!】
――え?
俺は止まって背後に目をやる。
坂の下の山の両脇から、ゴブリンの大群が現れた。
隊列を組み、道を完全に塞ぎながら、ゆっくりと上がって来ているではないか。
……うお! こりゃ十匹二十匹じゃ効かねぇぞ。
先程、逃げだした人達は、それに気がつき慌てて戻ってきている。
「ドワーフのおっさん! 付いてくるな! 後ろを見てくれ、挟み撃ちだ!」
「何を言ってやが――――うお!」
馬車の乗客も、坂の下を見て驚愕と悲鳴をあげている。
前方から、そして退路を塞ぐ様に後ろにも大群……思ってた以上に賢い。
ゴブリンが整列しながら、非常にゆっくりと、焦らす様に坂を登ってきている。
わざとゆっくりと歩いて恐怖を煽るとは……だが、これはチャンスだ。
「あの様子なら坂を登るまで時間がありそうだ! すぐに戻る、耐えててくれ!」
俺はそう叫び、一気に前に進む。
「ゴブリンの分際で挟み撃ちとはな。だが丁度いい、走るのは苦手なんでな! ケツは任せときな!」
ドワーフのおっさんのしがれた声が響く。
暫くは耐えてくれることを祈って頭を切り替える――まずは前にいる敵だ!
俺は疾走る。
自分が自分でないような感覚だ、体が羽の様に軽い!
周りがスローモーションの様に感じる。
……気がつけば、既に二台目の馬車の所まで来てしまっていた。
マジで速ぇな俺――って行き過ぎちまうとこだった。
うっし! 襲われる前に間に合ったぞ!
ゴブリン。
茶色の小型生物で、身長は百センチ位。
頭の割に目と耳が大きくみえる。
アバラが見える痩せ型で、腕が長い。
体には、腰に布をしているだけで、ほぼ裸と変わらない。
手には木の棍棒や石斧を装備している。
だが、小さいからといって、油断してはならない。
相手は魔物、大きさだけで計ってはならない……人間の子供ではないのだ。
最初に襲われた一台目の馬車は、ここから見ても激戦になっている。
全ての人を助けられるわけじゃない。
あそこにはイン子がいる、任せよう。
この場所からだと、一台目の馬車付近で戦うイン子がよく見える。
丁度、空からゴブリンに襲いかかり、鋭い爪で体を切り裂いているのが見えた。
【ナイスだ! 俺は真ん中の馬車を救ってから、後ろのを殺る!】
【了解じゃ、こちらは任せよ。落ち着いてやるがよい】
二台目の馬車は女性が多いのか、沢山の甲高い悲鳴が上がる。
四人の男女が、馬車を庇うように槍や剣を構え、迎撃体制をとっているが、武器を持つ手は震えているようにみえる。
そんな中、小剣を持つ一人の赤毛の若い女が、皆を指揮しつつ鼓舞している。
それに感心していると、赤毛の女が叫ぶ。
「迎撃体制! みんな、数が多いけど落ち着いて」
――気味の悪い、甲高い声。
高音で早口な奇声を上げながら、ゴブリンの集団が馬車に襲い掛かってくる。
――瞬間。
俺は自分でも驚く速さでゴブリンの前に移動し、瞬時に槍を突き出していた。
ゴブリンが槍に刺さったまま、構わず次の敵に向かって突撃する。
次のゴブリンも槍に突き刺さる。
抜こうとするが、すぐに抜けないので槍を横に思いっきり払う。
奴等は槍から千切れて、空に放り投げ出されていく。
殺したという感触はある。
だが、こいつらは人を襲う化物だ。
殺しても何の罪悪感もない。
いいぞ……これならいくらでもいける!
動揺するゴブリン共に、動揺の一切ない俺が躊躇なく、悪役のように襲いかかる。
初めての武器での戦闘のはずだが、技巧など関係ない戦い方。
敵の予測を超えた動きで移動し、絶対に躱せない速さで攻撃する。
そして、当たれば確実に絶命する膂力をもって、突き殺すのだ。
槍なのでリーチもある、奴等の攻撃など届かない。
そして……戦って初めてわかる、圧倒的な力量の差。
俺はゴブリンという生物にまったく脅威を感じなくなっていた。
襲う立場だったはずの自分達が、逆に襲われる立場になったことに、ゴブリン共はようやく気が付いたようだが……気づくのが遅すぎた。
気がつけば、ゴブリンの死体がボロ雑巾のようにあちこちに転がっていた。
一瞬で仲間がバタバタと殺られる様を見て、呆然としていた二匹の生き残りのゴブリンが、甲高い悲鳴を上げながら逃げだすが……俺がそれを許さない。
走りながら跳躍すると、目の前に逃げたはずのゴブリンをすぐに捉えてしまう。
飛びすぎて槍では攻撃できない間合いなので、足蹴にする。
全身が砕けて内臓が潰れる音を足で感じることができた……これは即死だろう。
そして、視線は残りの一匹を捉える。
俺は、別れを告げるように槍を突き出す。
我ながら、上出来の上出来……少し自分が恐ろしい程に。
……気を抜くな、まだ敵は残ってる。
状況を見極め、即断するのだ。




