第二十二話 異変
テレシス王国の都へ向かう、二十人強が乗れる駅馬車。
朝の最後の便、三台目に俺は乗っている。
順調に移動する最中、馬車内の客の話が耳に入ってくる。
「聞いたか? 昨日街道で『ゴブリン』の大群を見たやつが居るらしいぜ」
「まさか。冒険者が定期的に間引いてるのに群れなんて出るわけ無いだろ? 誰から聞いたか知らないが、その話は眉唾もんさ」
「それがよ、街道を通る人間を、遠くからジーっと大群で監視してるって話だぜ?……本当だとしたら不気味だろ?」
「あの臆病なゴブリンが、警戒の厳しい街道に出てくるわけがないって。それに単独の旅人ならいざ知らず、馬車にはたくさんの人間様が乗ってるんだ。恐れて近づいてくるわけがないよ、安心しな」
不穏な内容の会話……ふむ、気になるな。
しかしゴブリン、やはり存在するのか。
ゴブリン……ゲームや小説の類では、最初に出てくる最弱の敵のはずだが。
【イン子、ゴブリンってわかるか?】
【恐らく小鬼じゃの……確かに微弱であるが、あちこちに邪悪な気を感じる……が、わざわざ探すとなると厄介じゃな】
【? 弱すぎて見つけにくいってことか?】
【ウム、妾と御主からすれば小鬼なんぞ雑魚も雑魚。気にせんでよい】
イン子の様な強力な存在からしたら、ゴブリンなど道端に落ちている石と変わらない存在なのだろう。
【微弱ゆえ、息を潜めておれば探すのは困難じゃが、ある程度の群れであれば見つかるやもしれん……道中、一応探っておこう】
【そうしてくれ、すまないな】
サロの町から王都は意外と近いらしく、昼過ぎには到着するとの事。
短いトイレ休憩が一度あるだけみたいだ。
することもないので、景色を眺める。
あちこちに畑や牧場があり、とても繁栄しているように感じた。
駅馬車を利用しない旅の者も道中、たくさん目に入る。
馬を使う者、ロバに荷物を運ばせる者、徒歩で旅をする者など色々だ。
流石に駅馬車は速い。
他の旅の者をどんどん抜かしていく……高い金を取るだけはあるな。
電車やバスのようなインフラがない世界だ、旅がきつい子供や女性、老人等にとって駅馬車は、なくてはならない重要な交通手段なのだろう。
馬車に乗った時から……俺には気になる男がいた。
上品な老夫婦の隣に座る男が、気になって仕方ないのだ。
失礼かもしれないと思いつつも、チラチラと見てしまう。
何故こんなに興味を持つかって?
多分、この男が話に聞いていた『ドワーフ』っぽい外見をしているから。
初めて見る異種族と思われる存在に、俺は軽く興奮を隠せないでいた。
この男は人間ではないと断言しても良い。
頭身から体型に骨格、所作含めて何もかもがおかしい。
背は隣の老夫婦よりも頭一つも低く、足も長くない。
恐らく身長は百三十センチ位。
首と手足が太くて逞しい……まさに屈強
頭が大きいので四頭身……コミカルにみえるかもしれない。
だが、醸し出す空気と存在感がそれを決して許さない。
まだまだ壮年と思われる男の体は、筋肉がかなり発達している。
口ひげと顎ひげの量も凄い。
しかも、ひげをひげで編み込んている……ひげの三つ編みだ。
何度もチラチラ見てたせいか、ドワーフと思われるその男に睨まれてしまった。
おっと、調子に乗って少し見すぎたか。
「……おい小僧。さっきからジロジロ見やがって……何なんだ?」
男は鋭い眼光で俺を睨みつけている。
しゃがれ声も含め、威圧感は抜群だった
「気に障ったんなら……まぁ何でもねぇよ」
少し見ただけだ、謝る必要はない。
「……ケッ、俺はそんな趣味はねぇからな、小僧」
そのドワーフと思われる男の言葉に、先程席を奪って乗り込んできた若い男二名から、笑い声が聞こえる。
「へへ、ドワーフの旦那も、面白い事を言うじゃねぇの」
「ああ可哀想にぃ……フラレちまったな、お兄さん」
どうやら変な勘違いをされた挙句、しかも若い男二名に馬鹿にされたようだ。
ドワーフのおっさんはともかく、俺に絡んでくるだけあって、二人組もそこそこの体つきをしている。
多少なりとも腕に自信があるのだろう、傭兵かなんかの下っ端だろうな。
……非常にムカつくが、王都に入るまではトラブルは避けるべきだ。
今は、身分を証明する手段がない。
ここで問題を起こして、捕まったりしたら元も子もないからな。
「それに見ろよ、あの『旅人の服』を着てやがるぜ?」
「どうりで見覚えが……久しぶりに見たな!、こりゃ笑える」
二人組はヘラヘラと笑っている。
「…………ッ」
まだ馬鹿にされてるぞ。
この旅人の服、何か問題でもあるのか?
多少派手で、イン子にも不評だが……そこまで酷くないぞ?
……だが堪えろ。
コイツ等の顔を覚えておこう……いずれこの礼はしてやる。
俺は大きく溜息をして、気分を落ちつかせようと景色を眺めることにした。
【フッ、よく我慢したの御主】
【王都に入るまでは大人しくしておこうと思ってな】
【それがよかろう。しかしあの男、気がついたか?】
【ああ、『ドワーフ』だろ? イン子は何か知ってるか?】
【この大陸の加護を受けておる古き種族じゃろうな。地の民、石の民である】
地の民、石の民か……俺は景色を眺めながら色々と考える。
ドワーフは存在した、しかも想像通りの姿でだ。
ってことは、他にも種族がいるのだろうか? エルフはいるのか?
女性限定の猫みたいな種族が存在したら、それはとても最高なんだが。
世の男性全員が求める、そんな都合の良い種族はいないだろう。
仮にいたとしても、オス猫だけの種族だったりしてな、ははっ。
などと、フラグを立てたりしないことにする……危ないところだった。
そんなくだらないことを考えながらボーッとしていたところ、なにやら言葉にできない嫌な感じが、心をざわつかせた。
……一体何だ? そう思った瞬間。
【加重! 小鬼共が、わんさかこの先におるぞ、心せい】
「!!」
俺は馬車から身を乗り出して前方を見つめるが、丁度上り坂になっており、ゴブリン共が視界には入ってこない。
更に身を乗り出す……クソ、みえねぇな!
この上り坂が終わるまでは――ん、そうだ!
【イン子!】
【仕方ないの。だがわかっておるか? 余程の危機以外で――】
【――ああ、わかってる。では頼むぞ】
イン子は、やれやれといった表情を見せた後、華麗に一声鳴くと、凄い勢いで前方に飛び立って行った。
そのあまりの勢いに、馬車内が多少ざわついた。
俺のただならぬ様子が気になったのか、他の客や運転手とその助手も、坂の先に視線を送っている。
すると何人かが、坂の上から転がるようにこちらに走って逃げてきている。
「おい、なんか慌てて逃げてるように見えないか?」
馬車の中に緊張が走る。
走って逃げてきている内の一人が、大声で声を震わせながら叫ぶ。
「ご、ごご、ゴブリンの大群だ―!」
その声に馬車内が大きくざわついた。
「や、やっぱりあの話は本当だったんだ!」
「大群だと? 一体どうなってやがる!?」
走って逃げてきた男達が、馬車に群がり、しがみついてくる。
「と、止まれ、この先は危険だ! 俺達を乗せて引き返してくれ!」
止まらない馬車に、男は車体にしがみついて必死に運転手に懇願している。
「馬が必死で坂を登ってるんだ! 一度止まったら、もう登れないんだよ! そんな事、お前さんにもわかるだろ!」
「わかってるが、この先はヤバいんだ! 絶対逃げた方がいい!」
逃げてきた男は必死に懇願している。
「ここは山を切り開いて作った道だ! 見てみろ、道が狭くて馬車を切り返すスペースもないんだよ! だから一度、上まで登りきらないとダメだ!」
運転手の言葉に車内は大混乱だ。
「くそ、忠告したぞ! 殺されても知らないからな!」
走って逃げてきた数名は、一向に止まらない馬車に見切りをつけ、捨て台詞を残して坂を必死で駆け下りて行った。
「お客さん、聞いてくれ。この道を登って少し行った先に、開けた場所があるんだ、馬車を引き返すにしても――って、そうだオイ! 武器は積んであるな?」
運転手が横に座っている助手に確認をとっている。
「あ……は、はい、槍が二本です!」
「よし、お前は槍を用意しろ!」
助手は急いで客の座っている方へ飛び込んでくる。
「皆さん足を上げて下さい! 座席の足元の奥に槍があるんで!」
俺等は慌てて足を上げたり、座席の上に立ったりした。
ほう、足元に槍を備え付けてあるのか。
棒の部分……柄が木製で出来ており、先端は鈍く輝いている。
恐らくは鉄の槍。
「誰か、この中に戦いに心得のある方はいませんか!」
助手がそう叫び、俺達の誰かからの返答を待っている。
すぐに運転手のおっさんが一言付け加えてきた。
「自分の武器を持ってる者は別だぞ!」
それを聞いたドワーフのおっさんの豪快な笑い声が馬車に響いた。
「俺に言ってるな? 当然、俺は自分の得物を使うさ」
「頼んだぜ、ダラ=クレイ」
「任せな、ゴブリン相手に死にはしねぇよ」
どうやら運転手とドワーフのおっさんは知り合いのようだ。
ドワーフのおっさんは、自分の体を他の客に支えてもらいながら、体を乗り出して、馬車のサイドスペースから質の良さそうな両手持ちの斧を取り出した。
「……他に、誰か戦える方はいませんか?」
助手の男は、懇願するかのように俺達を見つめている。
サロの町から王都に向かう馬車の旅は、距離も短く通常は平和なのだろう。
武器を持っている者は他に居ないようだ。
比較的戦えそうな、俺に絡んできた二人の若い男。
お互いどうする? と言った表情で小声で喋っているが、武器は持ってきてねぇだの、俺は槍の扱いは苦手なんだから無理だ、などと言い訳のように話している。
あいつら、口だけのヘタレだったようだ。
なるべく目立ちたくなかったが、俺がやるしかない。
正義の味方を気取るつもりはないが……だが、乗りかかった馬車だ。
俺は黙って手を伸ばす。
助手が、一瞬驚きながらも反射的に槍を手渡した。
そう、降りかかる火の粉を払いのけるだけだ。
次回、戦闘シーンです。




