第二十話 王都へ
鐘の音と同時に目が覚め、軽く背伸びした後に身支度を整える。
遅くまで飲んでいたのだろう、マルタポーレのおっさんは、鐘の音が鳴ってもイビキをかきながら熟睡している。
今日出発するって言ってたな……起こしてやるか。
鼻をつまんて軽く窒息させてみる。
「ぷはぁ……ふぅふぅ、あれ? カジュウさん……」
「今日出発なんだろ? 俺も王都に向かうことにした。おっさんも道中気ぃつけてな。俺が残りの金を取りに行くまで生きててくれよ」
まだ寝ぼけているおっさんの肩を軽く叩き、俺は部屋を出る。
「イン子、それじゃ行くぞ」
【では行くかの】
窓から俺の左肩に飛び乗ってくる。
「では……お気をつけて……ぐぉおお」
寝るのかい……まぁ最善は尽くした。
一階に降りると、そこには巨体のマダム。
鞠ならぬ、マリーが肉を揺らしながら動いている。
「あら白髪の、おはよう。宿泊は今日までで良いのね?」
「ああ、今日王都に向かうことにした。それで一つ聞きたいんだが」
「そうなの? あんたの分はサンドイッチにしちゃったけど、スープも飲む?」
見ると、カウンターに昨日の同じように上質な袋が置いてあった。
そうだな、食ってから行くか。
「ならスープを飲んでいくよ」
「今出すわね……で、聞きたいことって何だい?」
「王都に行くための『駅馬車』ってのに乗るにはどうすればいいんだ?」
「北にある正門を出て、すぐの所。すぐわかるわよ」
「助かったよ」
「次に泊まる時もウチにしなさい、このスープを飲みたかったらね」
そう言って、目の前に暖かいスープを運んでくる。
湯気の出ている木の深皿に入ったスープを口に運ぶ。
「こりゃうめぇな」
マリーは得意げの顔で眉を動かしている。
うん、これはオニオンスープだ。
飴色になった玉ねぎが、甘くてトロトロ。
言うだけのことはある……朝には最高のスープだ。
サンドイッチをイン子と分け合い、朝食を堪能した。
……駅馬車ってのは何時に出るんだ?
それに、この世界でまだ時計を見ていない。
早朝の鐘、仕事始めの鐘、そして昼と夜の鐘。
それぞれ鳴らす回数を変え、その音で皆生活している。
「マダム、『駅馬車』って出る時間は決まってるのか?」
「仕事始めの鐘と同時に受け付けてるわよ。それと昼にもう一便。だから一日に二便だね」
「そうか……王都まで、歩きじゃ無理なのか?」
「無理じゃないけど……そうね、王都に行くなら『サロの町』にまず向かうんだけど、歩きだと朝に出立しても着くのは夜遅くだよ。だからお金があって、馬がないなら駅馬車が一番さ」
まずは、正門に行って確認するのもいいかもしれん。
それで、色々支度を整えて……昼の便で行くことにするか。
「助かったよマダム、ダニオに宜しくな。スープ美味かったぜ」
「ああ、またおいで」
野太い声を背に、席を立ち海獣亭を出る
……機会があればまた来よう。
まず町の北にある正門に向かった。
正門と言っても特に厳重に守られているわけではないな。
革鎧を着た町の衛兵らしき者が、一応見張ってはいるようだが。
正門のすぐ外に、木の柵で囲まれた大きな広場がある。
見た感じ、ちょっとした砦だ。
町の正門の守りより立派なくらいだ。
マルタのおっさんが、町のすぐ外に商隊が陣を構えているって言ってたな。
なるほど、これなら荷物も守れるだろう。
感心していると、すぐ近くに東屋と馬小屋がある。
恐らくあそこだろう。
場所も確認できたし、最低限の旅の支度でもするか。
まずはカバンだな。
丈夫そうな物を買おう。
【イン子、俺は少し買い物をしてくるが】
【ウム、妾は時間までここで待機しておこう。ここの所、立て続けに天狗に戻ったせいか、少し体が軋むのでの……そうそう、『とまと』とやらを土産に頼むぞ】
【ああ、ゆっくり休んでいてくれ】
俺を高尾山から、こちらの世界に強制転移させた時に使った天狗の力。
天狗の姿になったのは……二百年ぶりとか言ってたな。
禁忌とやらの影響もあり、体に負担がかかったのだろう。
そして三ヶ月後、無人島から俺を担いで飛行してここまで来たんだ。
この町に来てからも昼夜問わず貴重品の見張りをしてくれていた。
天狗と言っても、今は完全に力を出せない状態なんだ。
少し頼りすぎたかもしれん。
俺がもっと頼れる存在にならなくてはならない。
昨日財布を買った小物店に向かい、丈夫そうな革製の、背負えるタイプのカバンを買うことにした。
服も何かほしい所だ……そして俺の目に届いたのが『旅人の服(特)』と書かれた、少し派手目だが丈夫そうな布製の服。
色使いが派手なのが気になるが……旅人の服か。
丈夫そうだし買ってみるか? でも(特)ってなんだ?
旅人の服……きっと良い品のはずだ。
買おう、旅人の服(特)! 名前買いだ。
カバンと旅人の服を合わせると……銀貨三枚と銅貨五十枚。
店主に金貨一枚を渡す。
「六百五十ボロ、銀貨六枚と銅貨五十枚だ。毎度あり」
状態の良い丈夫なカバンが買えたので、手持ちの荷物を移し替える。
近くに武器屋があるので覗いてみるが、港町では武器に需要はないらしい。
漁師道具と釘などがメインで、あるのは中古の小剣とナイフ、銛のような手投げ槍や木製のメイス……棍棒があるくらいだった。
「良質の武器や防具が欲しいのなら、王都へ行った方が良いぞ。ドワーフが作った業物だって買えるはずさ。こんな田舎の港町じゃ、良い武器なんぞ手に入れないよ旦那。湿った潮風で錆びやすいからな」
武器屋のおっさんが言うんだ、そうなんだろう。
ドワーフか……どんな外見か不明だが、この町では見てないはず。
それとも、外見は人間と変わないのか?
ドワーフに会うのは楽しみにとっておくとして、この町で良質の武器を手に入れるのは難しそうだ。
武器も防具も王都へ行ってからにしよう。
暫く来ないかもしれないこの町を、足早に見て回る。
歩いていると小腹が空いてきた。
露天の並ぶ通りに向かい、直火で焼いていたホタテのような肉厚の貝の串焼きを買って食べる。
塩味だけのシンプルな味だが、これぞシーフード、大満足の味だ。
そして、乾き物を置いている露天の店で、旅の備えにジャーキーならぬ干し肉を適量買っておく。
これぞ天狗印の……そういう意味で買ったわけでないぞ。
旅には干し肉、定番だ。
イン子に頼まれていた、トマトも四個買っておく。
そろそろ昼だ。正門に移動するか。
その前に人気のない町の隅で、先程買った旅人の服に着替えておく。
丈夫で動きやすい! と書いてあった布製の服。
やはり色が少し派手だ……失敗したか?
大きめのサイズを買ったが、ゴワゴワしており着心地はあまり良くない。
全然動きやすくないぞ……はぁ、慣れるまで我慢するか。
服は、やはり着てから買わないと駄目か。
昼の鐘が鳴る。
丁度正門を出ると、イン子が左肩に飛び込んできた。
先程買った旅人の服は、肩が丈夫に作られているので鋭い爪でも平気だった。
【ム、なんじゃ……その悪趣味な服は? ちんどん屋かと思うたぞ】
【…………】
やはり失敗だったか……。
正門を出ると、先程の場所に馬車が停まっていた。
想像していたよりもかなり大きい。
木製だが、とても頑丈な作りだとわかる。
中は、電車のように向かい合って座るようだが……二十人以上は乗れそうだ。
屋根も木製になっていて、その部分には荷物も乗せられる。
サイド部分にも、荷物を多少入れられるスペースが設けられている。
その大きな車を引く馬は二頭。
じっくりと見てみるが、やはり大きい。
サラブレッドよりも体が大きく、足も太く丈夫そうだ。
「しかし、なんつーでかい馬だ」
【うむ、木曽馬の何倍もあるの】
イン子も立派な馬体の馬を見て感心しているようだ
馬車には既に何人か乗り始めているようだ。
持っている荷物を、屋根の上に縛っている乗客もいる。
帽子をかぶった髭の太めのおっさんがどうやら馬車の運転手らしい。
俺達も乗るとするか。
「王都――いや、サロの町まで行くなら乗りたい」
「兄さんひとりかい? ……大きい荷物はあるか?」
「いや、これだけさ」
俺は背負っている、余り荷物の入っていないカバンを見せる。
太めのおっさんは、怪訝そうにイン子の方にも顔を向けている。
「……しっかりと躾けてある。安心してくれ」
「ならいいが。荷物も問題なしだ、銀一枚」
銀貨を渡して、馬車に手をかける。
「途中休憩を設けるが、トイレは済ませておいてくれ」
俺は返事の代わりに手をあげて応えると、乗り込んで長椅子に座る。
座り心地は良くないな。
袋から服やタオルを取り出し、敷いて座ることにした。
どうやら、イン子は屋根の上のようだ。
【躾が行き届いておるのでな、粗相はせぬ故、安心致せ】
【なぁ……悪気はなかったんだ】
……これからは言い方を考えねば。
俺達を乗せた、サロの町行きの駅馬車が出発した。




