第十九話 駆け引き
交渉のシーン、加筆しました。
未開の地の果物。
この言葉に、二人は狼狽しているようだ。
半信半疑と言った表情。
だが、現実に見たことのない果物があるのだ。
マルタポーレは、真剣な目で俺を見ている。
「カジュウさん、貴方の鋭い目付きと体つきを見れば、只者じゃないのはすぐにわかります。その発音に日焼け一つない体……もしや、最北の地から来たのでは?」
「…………」
「失礼……ながら申し上げますぞ。その神聖な形の果物……私の知る限り、このガイア大陸に存在しないものだ。先程、未開の地の果物と仰っしゃりましたが、最北の地……魔大陸の物ではありませんかな?」
「この神聖な形の果物が、あの穢れた地に?」
ハッシがその言葉に反応し、議論しあっている。
「まぁ二人共聞けよ、俺は日焼けしない体質なんだ。だから寒い場所から来たってわけじゃねぇのよ」
マルタポーレから、カットしてある一粒を返してもらうと、それを手の上で転がしながら更に聞いてみる。
「その最北の地ってのは、そんなに寒いのかい?」
「ええ、常に気温はマイナスです。ここから遥か北……このガイア大陸に仇なす、穢れた極寒の地ですぞ」
マルタポーレは実に丁寧に教えてくれた。
「この実は魔大陸の物じゃないぜ。コイツはな、温暖な環境でないと育たないのさ……さて、今日は貴重な情報をありがとな、助かったぜ」
そう言って全部の実を袋に詰めようとした。
「ま、待って下さい! 私は敬虔な信徒でして、その……アリーナ様の信仰の証を知らないと仰られたので、ついぞ失礼な態度を! このマルタポーレの無礼を、どうかお許しくだされ!」
おっさんが汗だくで、しかも鼻水を出しながら俺にしがみついて謝罪してくる。
うお! 鼻水がズボンに付いちまった。
「そ、そんなに気にするな、別に怒っちゃいねぇよ」
「しかも! 貴方が悪人顔で恐ろしいなどと失礼な事も! 今朝など怖さの余り、ついつい寝たふりをしてしまいましたよ、ええ!」
ん? 悪人顔で恐ろしいなんて言ってたか?
さては心に思っていたことを口にしたな、コイツ。
しかし……ここまで謝られると逆に困るな。
そんなことよりも、ズボンに付いた鼻水の件を謝罪してほしい。
空気が微妙になったので、あらためて乾杯し直した。
マルタポーレが、何気ない感じで話を切り出してくる。
「カジュウさん。その果物、宜しければ買い取りますよ」
ついに来たぜ……ずっと待ち望んでいた言葉がな。
「……こいつを?」
「確か港の仕事をしているとか。それならば、お金にお困りでしょう? 私で宜しければ、お役に立てますよ?」
俺は腕を組んで両目を瞑り、思案しているかのように見せる。
さてさて、どうしたもんかね。
今の俺は圧倒的に有利。
わざともったいぶるのも、駆け引きの一つだ。
一旦目を開け、マルタポーレを見つめるが、おっさんは笑顔を見せている。
……やはり、このおっさんは根っからの商人だな。
少しでも安く買い取ろうとしているのだから。
【中々の狸だな、このおっさん】
【フッ、商人とは、そういうものよ。先程の見事なまでの狼狽ぶり、アレも芝居じゃろう……それにこの感じ……妾の知っておる商人になんとなく似ておるわ】
【へぇ、なんていう名の商人なんだ?】
【確か『二郎三郎』――む? あやつは影か……おお! 『四郎次郎』とか名乗っておったの。ソヤツに雰囲気がそっくりじゃ』
なんだ? 太郎次郎みたいな繋がった変な名前は……双子か?
まぁいいか、トル○コの名前が出なくて少し安心した。
気がつくと、マルタポーレが様子を伺う風の表情を見せている。
俺の言葉を、今か今かと待っていたようだ。
イン子としていた『念会話』が、良い感じの間になったようだ。
表情には出さないが、マルタポーレのおっさんは、少し焦ってみえた。
別に狙ってやったわけじゃないが……結果オーライだな。
俺はわざと口元を緩め、ニヤリとしてみせると、袋に入っているスターフルーツの実を取り出す。
青い色のまだ熟していない実を二つ、熟して黄色くなった実を五つ。
袋から出してテーブルに置いた。
そして、数十個のカットした星型のドライフルーツ。
これは数が多いので、袋から出さずに広げてみせる。
「ふむ、これで全部ですかな?」
「そう、全部で七つだ。後は乾燥させたものが一握りって所か」
ズイッとマルタポーレがにじり寄ってくる……顔が近い。
「この果物はとても珍しいので、一つ銀貨一枚、乾燥した物が銀貨一枚。全部で銀貨八枚ですが……オマケで銀二枚追加しまして、全部で銀貨十枚……ようするに金貨一枚ですな。その果物、金貨一枚で買い取りましょう。どうでしょうか?」
金貨はやはり存在し、銀貨十枚で金貨一枚の計算か、成る程な。
……泥さらいを一日やって、通常の賃金が確か銅貨七十枚。
銅貨は百枚で銀貨一枚分だから、泥さらいの仕事以上の額だ。
果物一つに銀貨一枚。確かに高額なんだろう……が。
俺は袋から、ドライフルーツの一つを指でつまむと、手招きする。
マルタポーレのおっさんは、更に顔を近づけてくる。
ついでにハッシも顔を近づけてくる……まぁいいが。
「なぁ、この中央に……種があるのがわかるか?」
真ん中を爪でこすると、小さな種が何個か出てきた。
「確かに……種ですね」
二人は何度も頷いている。
「……つまり?」
俺は首を傾げて言葉を促す。
「つまり?」
ハッシが俺の言葉をくり返して首を傾げる。
「……これを植えれば、ですな?」
マルタポーレがそれに答えると、意味を察したのかハッシが息を呑む。
「実がなるまで、四、五年かかるだろうが……ま、仮に植えたらの話だが」
マルタポーレは大きく溜息をつくと、意を決したように表情を切り替える。
「参りました……カジュウさん、私の負けです。是非それを私に売って下さい!」
……勝った。
心の中で激しくガッツポーズをとる。
しかし、思ったよりも諦めが早かったな。
マルタポーレは懐を探ると、綺麗な刺繍が入った袋を取り出して、辺りを確認してから、袋の口を少し開けてみせる。
中には、金色に輝くコイン……この世界の金貨だ。
「今お渡しできるのは金貨五十枚です。明日からの商いに必要ですからな。帰る日を入れて……そうですね、十日後以降に王都に来てくだされば、更に金貨五十枚。……全部で金貨百枚! 必ずお支払いします。私は王都の商人ギルドに登録しているのでご安心を」
マルタポーレは、自分の左胸に付けている黄色のバッジを指指す。
ま……見たところでわからんが。
「なんと……き、きき金百枚とは!」
俺の代わりにハッシが驚いている。
絞り出すような声で、マルタポーレが質問を投げかけてきた。
「……カジュウさん、一応聞いておきますが、この果物を既に他の商人に見せたり、売ったりはしてませんよね?」
「ああ、他人に見せたのも初めてだ。当然、売るのも初めてってことになるが――だが、マルタのおっさんよ。俺が誰にも売っていない、と言った所で嘘かもしれないぜ? それでも買うのか?」
「勿論、買わせていただきます。この果物が市場に出回っていないのは事実ですからな。リスクは承知の上。もし嘘だとしても、成功時の儲けを考えれば……これも投資ですよ」
「果物に金貨百枚とはね。交渉してる俺が言うのもなんだが」
「……正直に申し上げますと、もっと高値で買う商人もいるかもしれません。それほどの可能性を秘めているのですよ、その果物は」
「それなら、おっさんに売らないほうが得ということになるな」
「最初、足元を見て値切った事を後悔しています。貴方は自分の事を田舎者だと言っていましたが……どこかで高等な教育を受けましたな? お許しを、少しでも安く買い、高く売るのが商売の基本……ですが思ったのです。神聖な果物を、騙すような形で手に入れて良いのだろうかとね」
「…………」
「確かに他の商人に売るのも手ですが……金貨百枚は決して安くないと考えています。是非、私に売って下さい! この果物を栽培して、世に広めたいのです!」
マルタポーレが頭を下げている。
金貨百枚、確かに高額だ。
他の商人に売ってもいいが……正直に話した、おっさんが気に入った。
それに、最初は売るつもりなんてなかった、ただの果物が金貨百枚。
既に答えは出ているが……俺はイン子に目を向ける。
【上出来じゃ】
イン子のお褒めの言葉をいただき、俺は立ち上がって右手を指し出す。
「いいだろう、取引成立だ」
「あ、ありがとうございますっ!」
俺とマルタポーレはガッチリと握手をした。
「一つだけ言っておく。あんたら、この星型果物を見たことないと言ったな?」
突然の俺の言葉に、マルタポーレのおっさんが真顔になって頷く。
「それを裏付けるってわけじゃないが、この大陸に存在しない果物……聞くが、この大陸の外……あの赤い海の先は、どうなっている?」
「死の海の先ですか? どうなっているも何も。ご存知の通り、世界は我等が住む『ガイア大陸』と、北の異界の『魔大陸』だけですよ。あの海を渡る事は不可能です、死の瘴気もありますしな」
成る程、やはりそうか。
「人は確かに海を超えられない。そこでだ、この白い鷹……コイツがある日、見知らぬ実を、口と足に持って『瘴気』を越えてきたと言ったら……信じるか?」
ハッシとマルタポーレは、イン子から目を離せなくなっていた。
「こいつは俺の相棒と説明したはず。俺が、ただの鷹を相棒にすると思うか?」
二人はブツブツと相談しながら唸っている。
【御主――】
【――まあ聞け。大金払って買ってくれるんだ。多少、真実味のある話をしてやってもいいだろう?】
【……まったく】
「マルタポーレ。今の話が真実なのか? と、コイツに直接聞いてみたらどうだ? それで何か頼んでみるといいぜ」
「……面白い、良いでしょう。では、今の話が真実ならば……今から出す私の手のひらを、思いっきり突いてください」
マルタポーレは、間髪入れずに右の手のひらを、ずいっとイン子の前に晒す。
その瞬間――イン子の鋭い嘴が、マルタポーレの手の真ん中に突き刺さった。
「ぎょえええええ」
「ではこれを。金貨五十枚、是非数えて下さい」
マルタのおっさんは、ずっしりと重い上質の袋を俺に手渡す。
確認のため金貨を手にとって見る……見事な細工だ。
「……確かに。これで本当に取引成立だ」
俺達は取引成立の乾杯をする。
「黄色い方が食べ頃だ。星型の尖った角だけは皮が硬い、これをナイフで切ってから、真ん中の種のある場所は食べずに周りを食べるんだ……まだ青い実のやつはサラダに入れたら見栄えも良い。砂糖漬けも良いだろう」
「……それはもうお前の物だ。乾燥している方でも味見してみるんだな」
マルタポーレは、一粒食べてから何度も頷いていた。
「味も悪くないです……だが、何よりこの形、それだけで価値があります。これは私の一大事業になるでしょう! ガハハハハハ!」
偉い盛り上がってるな……。
「確か……イン子殿でしたな。他の人には、この実を渡さない約束……どうかくれぐれも、お願い致します!」
マルタポーレの言葉に、イン子が一声鳴いた。
「わかったってよ」
確実に通じたと思うが、一応、お墨付きを与えてやった。
飲んでいる最中、ハッシがこの町の近くの村に果樹園を持っていること、今は暇な時期なので、女房に任せて出稼ぎに来ている事を話す。
それを知ったマルタポーレは、なにやら俺そっちのけで真剣に話をしている。
「では、私が果樹園の土地の一部を買い上げ、貴方を雇うことにしましょう」
「はい、是非とも! このような神聖な形の果物に関われて光栄ですよ」
二人がガッチリ握手している。
「いやいやいや! 今日は素晴らしい日ですな!」
「ええ、これも女神アリーナ様の導きでしょう」
二人はスターフルーツに手をやり、祈っている……それ果物だよ?
マルタポーレは明日にも出立するため、今日中にハッシと色々と話しておきたいらしい。
二人に挨拶をして、先に切り上げることにした。
部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
ふぅ、思いかげずに大金が手に入ったが……明日の泥さらいはどうするか。
大金が手に入った以上、行く意味がなくなってしまった。
そうだな、さっさと王都に……冒険者ギルドに行くとしよう。
「……では、この町を出るのは明日じゃな?」
「ああ。朝早く支度して、駅馬車ってやつで行こうと思う」
「了解じゃ。では今夜も安心して寝るがよい」
その言葉に安堵し、あっという間に眠りについた。




