第一話 砂浜
色々と見直しました。
「ゲホッ」
口の中に残る砂を吐き出し、ぼやけて焦点が合わない目をこすりながら、辺りを見回してみる。
ここは? ……砂、砂浜……海が見える。
汗でまとわりつく不快な砂を払い落とし、自分の体に異常がないか確認する。
「生きてる……よな?」
まずは現状確認のため、辺りを見てみる。 辺りは砂浜になっており、砂浜からは綺麗な海が広がっている。
振り返って反対側を見ると、ヤシの木が点在し、その奥には林が広がっている。
更に奥は高い岩山がそびえ立っており、ここからだと確認できない。
「無人島感半端ねぇ」
それになんだ? この異常な暑さは。
冬の高尾山にいたはずだが。
この突き刺さるような日差し、ここは日本じゃないのか?
炎天下の中、冬の服装で気を失っていたからか、体中が汗だらけだ。
服の隙間から入っている砂も、うっとおしい。
落雷の影響で、所々焦げてボロボロになった袖なしのダウンジャケット、トレーナーとインナーを脱ぎ捨てて、上半身裸になる。
砂を払い落としている最中、自分の体の異常に気がつき、あまりのことに暫く固まってしまった。
幼少期に負った、左胸にある火傷の傷跡。
金色に光り輝き、心臓の鼓動とリンクしているかのように一定の間隔で回転している。
「なんじゃこりゃあ!!」
とっさに叫ぶが……先程の落雷の時、既に傷跡が光っていたのを思い出した。
二度も同じ反応をしてしまうとは。
……仕方ない、今のは心の叫びなんだ。
かっこよく言うと、魂の咆哮だ。
光り輝く左胸を、恐る恐る触ってみる……が、特に痛みらしきものはない。
少しだけホッとする。
でも、体って光らんよね? 普通。
これは明らかに異常事態である。
とにかく色々なことが起こりすぎて、心がついていけてない。
心を落ち着かせるため、何度も深呼吸を繰り返した。
少々落ち着いてきたので、改めて左胸に目を落としてみる。
そりゃあ気にはなるが……光ってるものは仕方がない、よな?
「まぁいいか……痛くねぇし」
今すぐに理解する必要はないと、無理やり自分を納得させることにする。
今は全てが謎だらけなんだ、ここにいること含めてな。
様子を見るため、暫くは上半身は裸のまま過ごすことにしよう。
ついでだ、下半身も調べよう。
何を恥ずかしがることがある、周りには誰もいないはず。
謎の開放感やべぇ。
感動してる場合ではない、それより体の異常を調べねば。
幸いにもカーゴパンツや下着、トレッキングシューズに傷みはなさそうだ。
カーゴパンツに入れてあった、スマートフォンの電源やボタンを、ダメ元で何度か押してみる。
駄目か……あんだけ雷を喰らえば当然か。
特に目立った傷もないな、どうやら大丈夫のようだ。
デリケートゾーンも無事だったし……神よ、感謝致します。
……パンツとズボンは履くことにしよう。
先程から体中に電気が帯電しているような、妙な感覚が抜けない。
それが多少、気がかりではある。
気がかりな事といえば、もう一つある。
落雷前に背負っていた飲料水や菓子、財布等を入れていたリュックが見つからない。
リュックを降ろして、一息入れていたところに落雷に遭った記憶があるからな。
この辺りにないなら、見つかる可能性は低いだろう。
壊れたスマホだけが、唯一の持ち物になりそうだ。
落ち着いたところで、これまでの経緯を少し整理してみることにした。
俺の名前は武藤加重、二十四歳。
普通の営業マンだ。
二〇一八年、正月明け。
混雑する三が日を避け、初詣も兼ねて手軽に登れる高尾山に向かっていた。
キャンプ以外、特にこれといった趣味はない俺だったが、前に友人に誘われて訪れた高尾山が、たいそう気に入ってしまった。
それ以来、一人で何度か訪れている。
登る前に、駅近くの江戸時代から創業している蕎麦屋に入ろうとするが、とても混雑していた。
並んで待つか? いや、下山した際、もう一度覗いてみるか。
今日は、あの店の『とろろそば』を食べる口になってしまっていた。
ああ、駄目だ。絶対に帰りは食べていこう。
登った後のご褒美だ! と自分に言い聞かせ、気を取り直して登りはじめた。
道中、新年明け特有の清々しい空気にも触れ、俺はとても満足していた。
ああ、やはり来てよかったと、俺の気分は最高だった。
そう思っていた、矢先の出来事。
雲ひとつない青空に……傷? いや穴か?
その穴から這い出る、不自然な雷。
聞こえてくる、女性のような謎の声。
雷の衝撃、激しい痛み……今、こうして思い出すだけで全身が震える。
長い苦しみを耐えぬき、楽になったと思った瞬間、俺は穴に吸い込まれる。
まるでダイソ○のように、驚く吸引力で吸い込まれてしまう俺。
そこから先は……記憶がない。
気がつけば、真夏の気候の砂浜で倒れている異常事態だ。
周りを見渡せば海、青く透き通った……ん? 澄んだ海――ではなかった!
「嘘だろ? ……なんだあの色は」
砂浜付近の海水は青く澄んでいるのだが、陸から少し離れた先の海は、見渡す限り、どこまでも『赤く』濁っている。
この景色を一言で例えるに、『不気味』とか『異世界』という表現になる。
まるで海全体が腐り、そして錆びているかのようだ……いや、これは血の色か。
赤い海、血の海だ。
景色は人を感動させるが、時に景色は人を絶望にもさせる……これは後者。
「赤潮か? いや、ありえねぇ色だ……まさか、ここは異世界なんじゃ? ……そんなわけねぇか、ははは」
目に見える明らかな世界の異常事態に、思わず乾いた笑いがでてしまう。
「惜しいの。正確に言うと、ここは半分だけ地球じゃぞ」
「!?」
声がした方向へ反射的に振り返るが、木々があるだけで誰もいない。
「だ、誰ですか?」
……怖くて敬語になってしまった。
この声、聞き覚えがある……知り合いか?
「上よ、その木の上じゃ」
その声の主を見つけた瞬間――一思考が停止する。
そこにいるのは『白い鳥』。
まるで俺を見下すように……その白い鳥が、見つめていたのだった。
お読みくださりありがとうございます。
無人島などつまらない! という方は、九話の「三ヶ月」から是非お読み下さい。
全部ではありませんが、まとめてみました。
作品がお気に召したら、暇な時にでも戻って読んでくれると嬉しいです。