第十八話 交流
昨日と同じカウンター席に腰をかける。
三人が来るまで、エールとミニトマトを注文して待つことにした。
イン子は早速、トマトを夢中で食べている。
店内は例のマダムではなく、ダニオが仕切っている。
すぐにハッシが合流し、その後にレベッカとマッテオが現れた。
レベッカが手を出してくるので軽くハイタッチをする。
空いているテーブル席へ移ろうとした時、誰かが声をかけてきた。
「おお、やはり貴方は同部屋の方ですな? いやいやどうも。昨日はすぐに寝てしまいましてな! やっと挨拶できてホッとしましたよ……おっと、これから皆さんも食事のようですな? 是非私もご一緒させてくれませんか?」
確か……商人のおっさんだったな。
「俺は別に構わねぇが、皆は良いか?」
全員が快く了承したので相席を認めた。
上手く行けば、ダイヤモンドの価値等聞き出せるかもしれない。
乾杯して料理を待つ間、軽く自己紹介をすることにした。
ヒゲの有無以外、某トル○コに似ている、商人の名前は『マルタポーレ』。
王都から来た行商人で、昨日遅くに町に到着したとの事。
明日にも北西にある、裕福な人々の別荘地『ハイパース』に、大手の商隊と共に出発する予定らしい。
個人の商人は、規模の大きな商隊に混ぜてもらう等、道中の安全を確保するんだそうだ。
この町に来ている商隊は、正門の近くに大きな野営地を張り、警備を雇って駐留しているとの事。
「野営地で寝ればお金もかからないのですが……どうも私はこの宿屋の雰囲気が好きでしてなぁ、ガハハハ」
皆で盛り上がる中、旨そうにエールを飲む『鷹』は、とても目立つ。
四人はイン子に驚き、目をパチクリさせていた。
仕方ない。真相は伏せつつ、皆に紹介することにした。
「コイツは俺の『大事な相棒』だ。ペット扱いせずに接してくれるとありがたい」
相棒と聞いたからなのか、ハッシはイン子に向かって軽く頭を下げる。
鳥相手に頭を下げるなんて、中々できるもんじゃない、良い人だ。
「猛禽類とは珍しいですな。最近は殆ど見かけなくなりましたが」
胸ポケットから片眼鏡を取り出して、マルタポーレがイン子を観察していた。
「おではペットだと思ったよ。それならカジュウのお友達なんだね。お名前は?」
「ああ、イン子って言うんだ」
「……相棒ねぇ。ま、いいけど。アタイはレベッカ、こっちが弟のマッテオさ」
レベッカは、律儀にも鷹であるイン子に自己紹介した。
……なにか、感じるものでもあるのだろうか。
改めて皆で乾杯する。
「なんて上質な野牛だい! ウチの宿屋の肉なんて、腐りかけてんのにねぇ」
レベッカは、興奮しながら肉にかぶりつき、感嘆の声を上げている。
マッテオは、ウマ! ウマ! を連呼して食べることに夢中になっている。
「さすが港町ですね。この魚のフライも美味しいですよ」
ハッシもホクホクと美味そうに食べていた。
「まぁ皆さん。肉も魚も最高ですが、やはり一番美味いのは、このブイヤベースですよ! このスープが飲みたいがため、ここに泊まるのです」
「確かに肉も美味いが、商人のおっさんの言う通りだ。このブイヤベースは実に絶品だ。この宿屋を選んで大正解だった」
俺の言葉がよほど嬉しかったのか、商人のおっさんが両手で握手してきた。
「アタイ等の宿の飯も、これ位のスープがあればねぇ」
愚痴を垂れながらスープを飲むレベッカの横で、弟のマッテオはスペアリブと大量のパンを大声で追加注文していた。
「レベッカ、お前たち兄弟は何処に泊まってるんだ?」
少し気になったので、聞いてみることにした。
「アタイ等かい? この町の正門近くにある、冒険者ギルドと提携している安宿さ。元々が安い上、そこから更に割引されるのさ。まぁ見ての通り、弟は大食いだろ? マズイが飯も付いてくるし、ベッドで眠れるだけ満足だよ」
そう答えながら、マッテオが頼んだパンの一つを奪い取り、ブイヤベースに浸しながら、ため息をついた。
冒険者か……少し聞いてみるか?
そう考えながらコップを口に運ぶが、空になっていることに気がついた。
もう一杯頼むとするか。
チラッとイン子に目線をやると、まだ飲みたそうな仕草を見せたので、エールを二杯追加することにした。
「私は行商として色々な国に行きますが、まさか鳥がエールを飲むなど聞いたこともありませんよ。これがまた実に美味しそうに……」
美味そうにエールを飲むイン子を見て、全員嬉しそうに騒いでいる。
「不思議な雰囲気を持ってるね……なぁ、お前は『使い魔』なのかい?」
酔っ払っているのか、レベッカがイン子に話しかけている。
使い魔……存在するから言っているのか、はたまた冗談の類なのか。
レベッカの顔からは、上手く読み取れない。
どうする?
曖昧に――いや、少しだけ意味ありげに、多少ぼかして答えておこう。
「……さてな。だがコイツは、人の言葉を完全に理解しているからな? 悪口だけは止めといたほうがいいぜ」
俺はエールを口に運びながら、ニヤリとしてみせる。
驚きなのか、半信半疑なのか、皆が静まり返った瞬間、実に良いタイミングで、イン子が短めに鳴き声を発した。
イン子が反応する間が絶妙だったからだろうか……かなり驚いたようだ。
俺以外の皆がエールを手に立ち上がり、イン子のいる方向へ突き出した後、同じタイミングで一気に飲み干した。
今のは恐らく、この世界の敬意の現し方の一つなのかもしれない。
彼等は俺の言葉を信じ、イン子のことを認めたのだ。
上辺の言葉だけでなく、態度で示したのだろう。
「レベッカ、ちょっと聞いても良いか? 冒険者のことなんだが」
怪しまれない程度に、冒険者のことを質問してみる。
少し空気を変えたかった、というのもあるが。
「冒険者ギルドは、王都に行けばあるのか」
「そ。ここから行くとなると『サロの町』を経由だね。『駅馬車』を使うなら二日で行けるよ。……カジュウは冒険者になりたいのかい? それだったら、アタイ等は大歓迎だけど」
レベッカに冒険者の事やギルドの事を少し教えてもらった結果、冒険者を目指すならば、ギルドのあるテレシス王国の首都に行かねばならない。
「アタイと弟はブロンズ級よ。最近は順調に依頼をこなしていて、もう少しで昇格って所まで来てたんだけど、今回の失敗がどう響くかだね……」
それまで勢い良く食べていた弟のマッテオがその言葉に反応し、食事の手が止まる。それを察したレベッカが、すぐに弟の肩を叩いて慰めていた。
「久々に飲みすぎたか……そろそろ宿に戻るよ。んじゃ、姉ちゃんは歩きたくないから宜しく」
「みんなぁまたねぇ」
飲みすぎて千鳥足のレベッカを、マッテオが背負って去っていった。
もう暫く、ハッシと商人のおっさんと飲むことにした。
「いやしかし楽しいですな。女神アリーナ様、今日も感謝致します」
マルタポーレは、鎖の付いた銀色のペンダントに口づけをしている。
「マルタポーレさんもアリーナ様の信徒ですか! 私もなんですよ」
ハッシもポケットから同じ物を取り出して、喜んでいる。
……ん? あの形は。
「すまないが、そのペンダントを見せてくれないか?」
どうぞと、ハッシが銀色のペンダントを手渡してくれた。
……やはりこの形は星型、五芒星だ。
「カジュウさん? どうかしましたか?」
ペンダントを黙って見つめる俺に、怪訝そうな表情で、マルタポーレが話しかけてきた。
「いや、ちょっと綺麗だなと思ったんでな」
上手く誤魔化せたかわからないが、礼を言ってハッシに返した。
「俺は田舎者で、世間世俗に疎くてね。衛生スライムも知らなかった位でな。だから失礼を承知で聞くが、その星型のマーク……形はその『女神アリーナ』……様に何か関係深いのか?」
宗教が絡むと、人によっては少々厄介になる。
慎重に言葉を選ばねばならない。
マルタポーレは、俺を少し残念な奴を見るような目に変化した。
軽く見下されてるのを肌で感じる。
……それだけ、女神アリーナってのは有名なんだろう。
「このような事を説明しなくてはならないことが、実に悲しく、そして嘆かわしいですが……いいでしょう。この星型の印のペンダントは、救世の女神アリーナ様の信徒が持つ、信仰の証なのです」
やはり……これはいけるかもしれない。
【……イン子、どう思う?】
隣で黙って聞いているイン子に、『念会話』で確認する。
【よい所に目をつけたの。上手くやるがよい】
俺は返事の代わりに黙って頷くと、無人島から持ってきていたスターフルーツの実を一つ取り出し、マルタポーレに見せてみた。
「……なんですこれは? 変な形ですな、木の実……え?」
スターフルーツの実を手に取り、マルタポーレは様々な角度で眺めたり、匂いを嗅いだりしている。横にいるハッシも興味津々だ。
次に、スターフルーツをスライスして作ったドライフルーツの一片を、テーブルに置いてみせた。
それを見つめる二人の驚きの表情と、そして息を呑む音が聞こえてきた。
「こ、こ……手にとっても?」
俺は手と首の動きだけで承認してやった。
スターフルーツを持つ、マルタポーレの手が震えている。
「この形……! 切ったものですか?」
やはり答えずに、ゆっくりと大きく頷くことで示した。
二人が低い驚きの声を上げる。
「俺はこれを星型果物と勝手に呼んでいるんだが……どうだ? どこかで同じ物を見たことがあるか?」
「このような形の果物があれば、私が知らないわけがないでしょう……か、カジュウさん! 一体これをどこで?」
マルタポーレは興奮しているのか、汗を垂らしながら聞いてきた。
「私は果樹園を営んでいますが、このような神聖な果物、見たことも聞いたこともありませんよ」
ハッシもかなり興奮しているようだ。
出稼ぎに来てると言ってたが、果樹園をやってるのか。
「確認する……本当に見たことがないんだな?」
二人は同時に大きく頷く……シンクロしたぞ。
やはり、あの無人島は大陸の人々には知られてないのだ。
錆びた海、生きる屍が蠢く海。
人はあの海を越えることはできないのだろう。
……上手くやれると良いが。
俺は密かに気合を入れる。
「これでほぼ確定したな……コイツはな、未開の地の果物だよ」
狐と狸の化かし合いの始まりだ。




