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第十六話 港の仕事

 

 大きな音が鳴り響く……早朝の鐘というやつだろう。

 久しぶりに酒を飲んだせいか、頭が重く感じる。

 懐かしい感覚だ。

 靴を履き、ベッドに腰掛けたまま軽く背伸びをする。


「ふぅ、ベッドは偉大だ」


 気がつくと、隣のベッドで誰かが眠っていた。

 そういや相部屋だったな。


 隣で寝ていたおっさんも、鐘の音で起こされたのだろう。

 少し俺と目があうが、またゆっくりと目を閉じた。


 ……おやすみ、知らないおっさん。


 おっと、時間がないんだった。

 部屋を出る前に、イン子がいる窓側に近づく。


【留守は任せよ】


 俺は親指たてて、部屋を出る。


 一階では、昨日も見た若い従業員が慌ただしく働いている。

 急いで店の外に出ようと扉に手をかけた所、女性の野太い声が呼び止めた。


「あーアンタ! ちょいと待ちな!」

 その視線の先には、横幅の異様に広い壮齢の女性が、包丁とオタマを持ったまま、巨大な割烹着姿で仁王立ちしていた。


 な、なんだ? ぽっちゃりを通り越した巨漢の女性は?


「白髪に……イカツイ顔と体つき。アンタが港の日雇いに行く子だね? 旦那から話は聞いてるよ。そこのカウンターに朝飯を包んでおいたから持っていきな」


 見ると、上を紐で軽く縛ってある白い袋が置いてあった。


「あ、ああ助かるよ、貰ってくぜ」


 俺は礼を言ってから店を出て、トイレを済ませてから港に向かって急ぐ。



 なんつーか、凄い存在感だったな。ダニオの嫁さんかな?

 ダニオの海獣亭か……ははっ、まさかな?



 養殖場の案内の看板を辿ると、それらしき場所に着いた。


 養殖は一大事業なのか、かなりの面積を占めている。

 お……人だかり。

 仕事を求める人々が大声で群がり、我先にと手を上げている。

 間違いない、あそこだ。


(あみ)移動! 二十名!」


 責任者らしき男の声に、複数の手が一斉に挙がる。

 選ばれた者に、紐の付いた番号札を手渡していく。

 その番号札を首にかけて、指定された場所に向かっていった。


「網移動の補助と雑用! 三名!」


 これにも何人か手が挙がり、やはり指定の場所に向かう。


 あっというまに埋まってしまう。

 見ているだけでは駄目だ。


「最後は、泥さらいと雑用、経験問わず十二名!」


 泥さらい――ってもう最後かよ!

 全員の手が一斉に挙がるが、負けじと大声を出して手を必死に伸ばす。




 無事ゲットした紐付きの番号札を首にかける。

 とりあえずは一安心だ。

 駄目でした! では、イン子に合わせる顔がないからな。


 俺達は、海沿いの広場へ移動し、責任者に準備が出来るまで暫く待つように言われた。


 暫くすると、大型の二頭の馬が大きな荷物を引いて現れた。


 荷物は、大きい縦長の袋状の物で、そこからは二本の長い管が伸びている。

 それを数名で降ろし、港に固定してから、一方の管を引っ張り伸ばしながら養殖場の真下の海へ、どんどん沈めていく。


 待っている間、近くから掛け声が聞こえてくる。

 ……先程の網移動の班だろうか?

 陸から馬と人力で、養殖の網ごと(・・・)声を揃えながら引っ張り、それを小舟に乗った人が上手く捌いて移動させている。


 ほう! 魚を入れた網ごと引っ張って、養殖の場所を変えるのか。

 うーむ、ダイナミック。


 物珍しそうに見ていたからだろうか?


「そこの白髪(はくはつ)のお兄さん、この仕事は始めてかい?」


 見ると、同じく泥さらいの仕事に選ばれた若い女だっだ。


 へその見える短いタンクトップに、短パン、サンダルの格好。

 まだ若そうだな……二十歳そこらといったところだろう。

 クセ毛の黒髪で短髪、ややキツめの目が印象的だ。

 小柄だが、体は引き締まっており、軽快そうな印象をうける。

 肌には少し、刀傷らしきものが見てとれた。


「……ああ、この町に昨日来たばかりでな」


「網ごと養殖場所を変えるなんて驚いたろ? 使える海が狭いからね。それよりもあの袋さ。後でもっと驚くよ」


 女はニヤリと笑った。

 クールそうに見えるが、意外と人懐っこいな。


「姉ちゃんー、そろそろだよぅ」


 若い女に、巨漢の男が声をかける。

 コイツは先程から目立っていた。

 俺と背は同じくらいだが、体の横幅が倍以上ある。

 筋肉質の関取といえば、わかるだろうか。

 俺の筋肉とは、また違った感じだな。

 その巨漢の男も、上半身のあちこちに傷がある。


「聞いてるのぅ? そろそろだよぅ」


 兄弟か? それに二人とも肌に刀傷……ただの日雇いには見えないが。


「あいよ! そうだ、仕事でわからない事があったら何でも聞きな」

「助かるよ」

 

 感謝の旨を告げて女に付いて行く。



 空気入れのようなものを個々に渡される。

 その空気入れは、細い管で巨大な袋に繋がっている。

 掛け声と同時に、一斉に上下に動かす。

 自転車に入れる空気入れを思い出すぜ。


 意外と重いのか、数人が顔を真っ赤にして、プルプル震えながら力を込めているが……俺は全然平気だった。


 俺の隣にいる、小柄なおっさんもかなり苦戦しているようだ。

 もっと俺に近づくように言い、俺は自分のを右手一本で、左手でおっさんのを手助けをしてやった。


 何度か繰り返しているうちに、縦長の袋が膨らんだり引っ込んだりしている。


 もう一方の蛇腹状の管を抱えた数人が、広場に先端を向けて固定し、力を籠めて待ち構えている。


 そして巨大袋の中に、責任者が光る石(・・・)を投入した。

 するとポンプが更に激しく動き、ついに海から泥を吸い出して広場に大量に吐き出した。


 あの光る石はあんなのか気になるが、それどころではないんだ。

 まさかと思ったが。

 突っ込みどころ満載の存在が目の前に。

 やっぱりこれは……!



「巨大な灯油ポンプじゃねぇか!!」



 灯油を入れ替えるやつを超巨大にしただけたっていう。

 ……色々と言いたいがこれが現実だ、超ダイナミック。


 勢い良く吹き出す泥が、広場に積み上がっていく。

 うお、泥が服にはねる……だから女性以外は、裸だったのか。

 俺も慌てて上を脱ぎ、仕事に取り掛かった。


 左胸に輝く火傷の傷。

 念のため、泥を塗って隠しながら作業を続けている。

 先程の若い女に見られたが、輝くタトゥーを入れていると言ったら簡単に信じてくれた。


 意外と騙されやすい人かもしれない。


 吸い出した泥が山にならないよう、黙々と広場に広げていく。


 作業には、支給された雪かき用の形をしたスコップや、手押し車を使う。

 魚の死骸や大量の魚の糞、それに港から出たゴミや海藻等が大量に混じり、泥は重く、そして凄まじい異臭を放つ。

 かなりの力仕事に加えてこの臭いだ、時より悲鳴をあげる者もいる。


 確かに重労働だが、俺はこの作業が殆ど苦にならない。

 身体能力が高まっているおかけだろう。

 疲れもまったくない。


 だが、問題はこの臭いだ。

 あまりにひどいのでシャツを口元に巻いてみたが、効果は薄い。

 やらないよりはマシ程度。


 その凄まじい悪臭に壁壁しているところに、町の中心部から鐘の音が、ゆっくりと三回鳴った。


 それを聞いた全員が一斉に歓喜の声と安堵の声を漏らす。

 なるほど、どうやら昼休憩のようだ。


 泥を落とすのと、熱くなった体を冷やすためか、皆が海に飛び込む。

 俺も汚れてるし、海に入るとするか。

 しかし、みんな実に楽しそうだな。

 ガキみたいに、はしゃいじまってよ。やれやれだぜ。


「ヤッふーい!」




 休憩時間は短いらしいので、朝に貰ったサンドイッチを袋から取り出し、急いで食べる。


 フランスパンのような硬めのパンに、ハムとチーズと半分に切ったプチトマトが挟んである。

 それを俺は夢中でかぶりついた。

 美味い、濃厚チーズとハムが絶妙のハーモニィを奏でている。

 この香ばしいパンが堪らん……プチトマトも実に良い仕事をしているな。


 そういえば海獣亭のメニューにプチトマトもあったな。

 夜にでも注文してイン子に食わせてやろう。


 俺の側には先程の若い女と、弟と思われる巨漢の男。

 そして先程、仕事を手伝ってあげた小柄なおっさんがいる。

 支給されたお茶入りのヤカンで喉を潤し、四人で喋りながら休憩していた。


 周りの皆は昼飯は取らない人が多い。

 聞くと、昼は飲み物やバナナのような果物で済ませるのが一般的らしい。

 だが巨漢の男は別だ。

 今も美味しそうに、大きめのパンを何個も平らげている。


 みんなにお茶を入れながら、おっさんが口を開く。


「今日は順調ですね。これなら、鐘の前に仕事が終わるでしょう。それにしても貴方、本当に凄い力ですね。レベッカさん達も凄いと思いましたが、貴方は……それ以上ですよ」


 小柄なオッサンの言葉に、若い女が賛同しながら笑っている。


「このおじさんとは、昨日知り合ってね、同じ宿屋なのさ。私は『レベッカ』で、こっちが弟の『マッテオ』」


 巨漢のマッテオが、口にパンを含んだまま何かを喋り、手を振る。


「先程は助かりました。私は『ハッシ』と言います。村から昨日、出稼ぎに来た所ですが……私じゃ力仕事は無理かもですね、あはは」


 苦笑いしながら、おっさんは俺に軽く会釈をしている。


 レベッカが俺を見つめている。

 ……ま、別に良いか。


「カジュウ、だ」



「レベッカさん。我々の番号札とは別の、その首に下げた『証』は、やはり?」


 ハッシが何かに気がついたようだ。


「流石にわかるかい? その通り、アタイ等は冒険者さ」


 レベッカは、鎖のついたブロンズ製と思われるカードを軽くつまむ。

 弟のマッテオも、首に下げた証を指で摘んで俺達に満面の笑顔をみせている。



 冒険者……。俺は大きく心を揺さぶられる。

 傭兵も悪くないが、やはり冒険者のが……良い。


「では、なぜ冒険者のお二人が日雇いなどしているので?」


 そのハッシの質問に、レベッカは答えたくないような言いたいような微妙な空気を醸し出している。

 だが、口を開いたのは弟の方だった。


「それはぁ、俺のミスで自分の荷物とパーティメンバーの荷物を無くしちゃってぇ、姉ちゃんのお金でそれを弁償したから、無一文になっちったんだぁ。装備も何もかも売ったのに……それでも足りずに商人から金を借りて……グスン」


「でっかい図体でメソメソするんじゃないよ。……金はまた貯めればいい」


 レベッカは弟の肩を叩き、励ましているようだ。


「まずは駅馬車に乗る金と、最低限の装備の金。後は、金を借りてる商人との問題を解決したら、王都に戻ってバリバリやるのさ……そうだろ?」


 弟のマッテオは少し笑顔になった。


「聞いた感じ、依頼中のトラブルですね。それで足りなくて商人にお金を? ……レベッカさん、ギルドには立て替えの連絡は?」


「オジサン、あんた詳しいね。灰旅鴉(はいたびがらす)を何日か前に、王都の冒険者ギルドに飛ばしてあるんだよ。その連絡待ちなのさ」


「それは一安心ですな……そうそう、実は私の娘も冒険者をしていましてな。これがまたお転婆で――」


 話が盛り上がってきたが、監督官と部下がバケツを叩く。どうやら休憩は終わりのようだ。


「よし、あと少し頑張りますか」

 ハッシの元気な声が響く。


 俺達は再びシャベルを手に取り、作業に戻った。


 また冒険者のことを聞きそびれた……。




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