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異世界に鷹、さんだぁバード!  作者: 赤塚ハシラ
一章 無人島編
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第十一話 飛行


 しがみついたまま、失礼。

 あれから……小一時間程経ったろうか。


 顔が胸の谷間に埋まる中……俺は鉄の精神力を発動し、平常心を保ち続けることに成功。

 なんとか、雷力をイン子に供給出来ていた。


「……血潮は鉄で心は硝子だ」

 ――そう、これが俺の精神強化呪文(こゆうけっかい)


「「先程から何をブツブツ言うておる?」」


「う、頼むから動くな……集中させてくれ」

 なんという脆さよ、俺の固有結界。



 イン子の方も、雷力を受け入れることに馴れたのか多少は集中しやすくなった。

 だが、油断は禁物だ。

 

 心を乱して供給を(おこ)たれば、俺等は真っ赤な海……死の海に落ちることになる。

 それは避けねばならない。

 これが噂の精神戦というやつか。

 

 緊張の中、嬉しい誤算もあった。

 肉体面の心配は、殆どないってことだ。

 長時間、イン子にしがみついていても、手足の疲れを感じない。

 

 イン子がさり気なく、俺の背中に手を回して支えてくれているのもあるが、間違いなく、持久力が向上しているおかげだろう。



 俺はしがみつきながら、首を捻って赤い海に目を落とす。


 真っ赤……まるで血の海。

 海面からは赤黒い『瘴気』が立ち込め、辺り一面の視界を奪っている。

 

 

 瘴気で、はっきりとは見えないが、海の下に何かが(うごめ)いているのを感じる。


「なぁイン子、海の中に緑色の影が沢山見えるが……あれが例の生きる屍(グール)か?」


「「そうじゃ……少し見ていくか」」


 スピートを落とし停止すると、イン子は体の向きを変え、空中に留まる。

 俺は、手をイン子の首に回し体制を整えた。


「「来るぞ、よう見ておれ」」

 

 イン子はそう呟くと、海面を見つめた。

 俺もそれに習って海面を見つめる。


 暫くして、水面下に沢山の影が群がる。

 グール共が海面から勢いよく飛び跳ねる。

 

 十、二十どころじゃない……なんつー数だ。

 

 グールは俺とイン子に襲いかかろうと、海面から必死に飛びかかってくる。

 当然、空にいる俺達には届かないが、奴等は決して諦めない。

 ドロドロの生物は、苦しそうに俺達に向かって必死に手を伸ばすのだ。


「「考える頭もあるまい、まさに生きる屍よ」」

  イン子はじっと見つめた後、冷淡に言い放った。


 部分部分、朽ちた体を必死に伸ばす、その大量のグール。

 大量に集まり、密集したこの場から、生臭い臭気が立ち込める。

 

 腐った、生臭い臭い。

 それが俺の鼻を刺激し、酷く気分を悪くさせる。

 諦められないのだろうか。グール達はお互いの体を梯子にしてまで、俺とイン子を海に引きこもうと必死に這い上がってくる。


 緑の肌でドロドロだが……大半は人形。

 俺はどうしても気になり、聞いてみた。


「コイツら、やっぱり元は人間か?」

 イン子は小さな声で「おそらくな」と言った後、ゆっくり目を閉じる。


「「こやつらは世界の異変で亡くなった人間と動物達であろう。成仏出来ぬのか、呪いなのか。この謎も解かねばならぬの」」


 これが全部……人間や動物達の成れの果てなのか。

 俺もいずれは、このグール達と同じように、朽ち果ててしまうのだろうか。

 などと考えていると――海に異変。


 奇襲、海面からの襲撃。

 巨大な緑の生物が、俺達に襲いかかってくる。

 

 なんだあの大きさは!

 あれは……鯨か?

 緑の……巨大鯨のグールか!

 

 巨大鯨が、口を開けて襲いかかってくる。

 口の中にグール共が飲み込まれる……共食いもお構いなしかよ!

 

 避けられない――。

 あっ食われる――その刹那――。



「「()れ者が!!」」

 

 

 イン子の手から放たれる――雷撃。

 バケツの水を引っくり返した様な音が響く!


 ――ガクン

 跳び上がった筈の巨大鯨の体が沈む。

 ――バリバリッと音が響き渡る……余韻のように。


 巨大鯨は一瞬で力尽き、力なく海面に落ちていく。

 衝撃で、赤い海より水しぶきが大量に舞った。

 

 ……そうか。俺は、助かったのか。

 ブワッと顔に、一気に汗が吹き出す。

 

 巨大鯨の生きた屍(グール)は文字通り、海の藻屑と消えた。

 天狗の雷撃で、駆逐したのだ。

 俺の雷撃など、比べ物にならない威力だった。

 正に桁違い。


「……た、助かった」

 

 想定外の一撃で、イン子の『雷力』が大分減ったのを感じた俺は、お礼を言ったた後に雷力の供給を再開した。


「「ウム。じゃが、この世界で楽しい船旅は到底無理じゃの」」

 

「ああ、まったくだ」


 平和で安全から程遠い世界。

 俺は片手で瓢箪を手元に引き寄せ、フタをとって水を口に運ぶ。

 イン子にも飲ませてやる。

 少し水を流し込んだ後、腰に戻した。


 俺はイン子に多めに雷力を流しながら、敢えて陽気に話すことにする。


「さて、楽しい空の旅の再開としようぜ」

 

 イン子は、俺の言葉に笑みを軽く浮かべると、体の向きを変えて気を放ち、飛行を再開した。


「「思ったよりも力を消費したの。少し速度を抑えるぞ」」 

 

 その言葉に俺は黙って頷き、目を閉じて雷力を流すことだけに集中する。




 二時間か三時間か、それくらい経った頃、イン子が声をかけてきた。


「「加重、陸が見えてきたぞ」」


「本当か!」

 俺は首を九十度上に上げる。


「「陸地が近いからか瘴気が多くて視界が悪いがの……見えるか」」

 

 かなりの上空を飛んでいるにも関わらず、立ち昇る赤黒い霧の瘴気のおかげで、先が殆ど見えないが、俺は目を凝らす。

 すると、陸地が霧の隙間から微かに顔を出した。


「お……見える! 陸だぞ!」


「「御主にも見えたか……ふむ、あちらの方角に人の気配を感じるの……近くに集落がありそうじゃ」」


「集落? 街があるってことは、やっぱり人はいるんだな?」

 

 俺の疑問にイン子が答える。


「「ああ間違いない、この気配は人間じゃ。どうやら絶滅しているわけではなさそうじゃの――フフ、安心したか?」」


「ああ、生き残ってるのが俺達だけじゃ楽しくねぇもんな。文明があるってのはいいもんだぜ? ……それによ」


「「それになんじゃ? 美味い飯でも食べたくなったかの」」

 イン子が軽く笑う。

 

 仮面の下から覗く整った顔立ちが浮かべる笑顔は、思わず見とれてしまうほど美しかった。

 照れ隠しもあったろう、俺はわざと咳払いをしてみせる。


「そうだな……確かに美味い飯も楽しみだが、それより酒が飲みてえ」


「「同感じゃ」」


「「直接、集落に向かわず、少し離れた場所に降りて様子を見るぞ」」

 異存はない。


「なぁ……どうする? その女天狗の姿のままで行くのか?」

 答えは解っているが、一応確認だ。 


 当然、イン子は首を横に振る。

「「まさか。この姿を維持するのは大変じゃしの……それに暫くは鷹ということにしておいたほうが良かろう」」

「妥当だな」


 俺はもう一つの考えもイン子に伝えてみることにした。


「俺とお前の雷能力のことだが」


「「暫くは、人前では使わぬほうがよいの」」

 俺は黙って頷くと、街の方向に目をやった。


「「理解してからじゃな。この世界の事、生活含めての」」


「金もないしな。ダイヤが高値で売れると良いんだが。一つなら売っても問題ないだろ?」

 俺は背中に縛って下げてある、ダイヤの原石の入った袋をポンポンと叩く。


「「ウム。だが暫くは売らぬほうがよいかもしれん。価値のわからぬまま、騙されては叶わぬ。まずは地理を把握し、落ち着き先を見つけてからじゃ」」


 成る程な。騙されたり襲われたりする可能性もあるのか。

 ここはもう、平和な日本じゃねぇんだ。


「じゃあまずは仕事か? それに服も欲しいな……下着も」

 毎日夕方に洗って、夜はノーパンで寝る生活。

 

 あの開放感は捨てがたい……三ヶ月、裸で寝てたのだ。

 まさか癖になってないよな?


「後は武器だな……雷能力をむやみに使えない以上、最低限身を守る得物がいる」


「「確かにの。武装は必要じゃろうが――そう心配するでない」」

 そう言った後、イン子が俺に顔を向け、ゆっくりと口を開いた。



「「吾と一緒なのじゃ。なんとかなろう」」


 言葉が一瞬詰まる。

 なんていうイケメンの台詞!

 ドキッとしてしまいました。 


「天狗様だからな、頼りにさせてもらうさ」


「「普段は鷹ゆえ過度の期待はするでないぞ」」

 

 そう言いつつ、豪快に笑うイン子を見て、期待して良いのか悪いのか、どっちなんだよと軽く突っ込むと、お互い笑みもれた。



 どうやら楽しい空の旅も終わりのようだ。

 赤く錆びた血の色の海が終わり。

 綺麗な青い海と、巨大な大陸のお出迎え。


「「着いたぞ……そうじゃな、あの辺りがよかろう」」



 俺達は、新しい大地に足を踏み入れた。

 

ここまでお読みくださりありがとうございます。

一章 無人島編はこれで終了です。

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