第九話 三ヶ月
読み飛ばして来られた方にも、ある程度把握できるようにしてみました。
暑い日差しの中。
既に日課となっている、ダイヤモンドの原石に雷力を溜める作業を終えて、それをカーゴパンツのポケットにしまいこむ。
普段は白い鷹だが、女天狗を名乗る通称・『イン子』。
そいつに、異世界の無人島に連れて来られてから、およそ三ヶ月経過していた。
西暦三〇〇〇年以上経った、地球と異世界の入り混じった世界らしいが。
真相はまだ解からない。
島を一周見て回ったり、新たな食料を探したりする毎日。
この炎天下の中、カーゴパンツ、上はTシャツ一枚を着たり脱いだりで過ごしてきた。
足は蒸れるので、普段は裸足だ。
林の中や、島の裏側にある岩山等に行く時だけ、トレッキングシューズを使う。
最近は荒れてない地面で裸足で過ごしても平気な程、足の裏が硬くなっている。
足の裏が固くなる、それは馴れと順応と云えるだろう。
しかし、物事には馴れや順応で説明できないことがある。
それは、俺が一切『日焼けをしない』ということだ。
この、日差しの強い南国のような気候にもかかわらずだ。
普通は、日焼けをするはず。
それが一切変わらず、元々の色白のままだった。
小麦色の肌ならぬ、小麦粉の状態だ。
イン子がいうには、太陽の日差しを糧に、霊力と雷を作り出しているらしい。
太陽光発電までしていたのか。
ちょっとした永久機関状態らしい。
現代に戻れば電気を売って暮らしていけるかもな。
しかし雷か。
この左胸の心臓の輝きが、力を作り出している証なのかもしれない。
だんだん人外離れしていく自分に、もはや掛ける言葉がない。
この世界で生きていくためには、喜ばしいことなのだろうが……複雑な気分だ。
体が作り変えれてしまった喪失感か?
そして、ふたつめ。
自分の体を見てみる。
……おわかりいただけただろうか。
キャンプや山登りが好きだったので、日頃から軽い筋トレはしていた。
しかし、今の体は明らかに以前とは違う。
三角筋に上腕二頭筋やら広背筋、俺は筋肉博士ではないので、これ以上の説明は出来ないが、要は全ての筋肉が以前よりも発達している。
太ももやふくらはぎもパンパンだし腹筋は無論、みんな大好きな六パックだ。
こんな体だ。
身体能力も、えらいことになっている。
単純に重い物を持つ力は勿論のこと、島を探索する時やランニングをしても殆ど息があがらない……持久力もかなりあるようだ。
跳躍力も、以前の数倍以上はあり、五メートル程の段差であれば、余裕で越えられてしまった。
走る、飛ぶといった単純な競技なら、オリンピックで金メダルは余裕だろうな。
それに加え、雷の力。
霊力を持って、扱う『雷能力』。
俺が元々、持っていた力らしい。
血は薄いが、雷の何かの子孫とも言っていた……仰々しい話だ。
異常な肉体の強さも、雷の血の影響ではないか?
イン子も最初はそう思っていたらしいが、どうもそれだけでは説明できない成長の速さと予想以上の強化らしい。
怪しいのは、生きているイエローダイヤモンドの原石。
通称、『ダイヤ虫』だ。
あの虫を倒して食べた後くらいから、俺の体が変わっていった実感がある。
よくよく考えたら、あれほど不思議な生物はいないだろう。
……金銭的にも価値が高いだろうし、加えて、霊力を溜めることも可能。
超高速で動き、気では捉えられず……俺は難なく雷の力で倒すことが出来たが、他の方法で倒すとなると、それは非常に難しいかもしれない。
考えたくはないが、アレがはぐれ○タル的な、超絶経験値を持っていた可能性はないだろうか?
あくまでも仮定の話だ。そんな都合のいい生物がいるとは思いたくない。
ここはゲームの世界ではないのだ……いや、気がついていないだけの可能性もあるが……当然、俺には自分のステータスなど見えていない。
ステータスどころか、鏡もないから自分の顔も見られない状態なんだぞ。
白髪にも気が付かなかったしな……。
要は、雷能力を含め、強力な肉体をも手に入れたということだ。
三ヶ月経って思うこと。
一刻も早く、この島から脱出すること。
見て回った感じだと、この島には人間を襲うような動物はいないし、綺麗な水もある。
食料も果物が主体だが、海岸沿いにはヤシの実を食べに来る、大きなカニも捕れたりするなど食料には困っていない。
食料には困っていないが……。
「冷たいビールが飲みてぇ、コーラ……しゅわしゅわが欲しい」
思わず口に出てしまう程、炭酸が恋しい。
そういう不満はあるが、この島なら餓死することはない……が正直キツイ、島には娯楽が一切ないのだ。
これは思っていた以上に苦痛である。
キャンプや山登り、休みに息抜きでやっていたことが今や、毎日が野宿。
都会の喧騒から離れて、夜空を見上げ――川のせせらぎを感じながら、虫の声を楽しむ……それはたまの息抜きだから楽しかったんだな、と実感する。
キャンプの楽しみ方は人それぞれだが、どうやら俺のキャンプの楽しみ方というのは、都会の喧騒から離れて、たまの不便を楽しむものだったのかもしれない。
まだ話し相手として、イン子がいるからいいが……もし、ここで俺一人きりだと思うと、ゾッとするものがある。
人は一人では暮らしていけない……楽しくないのだ。
手段、形態問わず、コミュニケーションって大事なんだな、とつくづくと思う。
……イン子はここで一人で少なくとも二百年ほど暮らしていたと言っていた。
二百年の孤独。正直、想像もつかない。
人間は……そんな長期間の孤独に耐えられるのだろうか?
とにかく。
この世界で生きていくと決めたなら、まずはここから脱出しなければ。
向かった先に人がいる保証はないし、妖怪や魔獣のだらけの可能性もある。
恐怖心がないとは言わない、だがそれを冒険心が上回る……冒険がしたい!
イン子も無人島から出たいと、ハッキリ言った。
出ていく理由は、それで十分だ。
島を脱出する方法。
最初に思い浮かべるのは船。
しかし船は無理。
無理な理由は……あの赤い海だ。
錆びた色に血の匂い、そして死の香りと絶望の味がする……あの地獄の海だ。
あの海からは、瘴気が立ち籠めており、生命を奪う程のものらしい。
しかも赤い海の下は、動物や人の生きる屍だらけなのだそうだ。
島の周囲は綺麗な青い海なのだが、陸から二、三百メートル離れた途端、絶望の真っ赤な死の海が広がっているのだ。
この島の先にある大陸は無事なのか? そんな保証などない。
それでもこの島を出たい、そのために必要なのはイン子の力。
そう、天狗の力が必要だ。
鷹の姿では俺を長い時間、長距離は運べないらしい。
それに、あの瘴気から俺を守るにも鷹の姿だと無理との事。
まだ俺も見たことがない、天狗の姿。
女天狗本来の姿で、この島を脱出する。
その為には霊力が必要というわけで、ダイヤの原石に毎日コツコツと霊力と雷の力を合わせた力……すなわち雷力を溜め続けているわけだ。
既に天狗の姿になれる程、力の溜まった石が二つある
最初の頃はこの作業の後、暫くすると疲労感に見舞われて一日に数回程度が限度だったのだが、最近ではそういうこともなく、単純に集中するのに飽きて作業をやめるといった形に変わってきている。
続けようと思えばいつまでも出来そうだが……体が疲れはしないが、集中力の持続と、それに腹が異様に減ってくるので程々にしている。
あと数日で出ていく為、俺達はその準備も日々整えている所。
出ていく不安は確かにあるが、今は期待の方が不安を大きい。
まぁ、なんとかなるだろう。
この島を出る日は近い。
俺は軽く背伸びをしてから、体をほぐす。
「よし! じゃあ、今日もやるとすっか」
そして、これも日課となっている、雷能力の試行錯誤に勤しむのであった。
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