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英雄殺しの英雄譚  作者: セイラム
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運命の出会い

「国を、救う? なにを言っている、たった一人の人間にそんなことができるとでも?」

「なにを戯言めいたことを。貴方には十分、その力があるでしょう?」


 ヨミの疑問にも少女の調子は変わらない。

 この女は自分のなにを知っているのかと、ヨミがさらに警戒を強めた瞬間だった。


「それとご安心を、一人ではありませんから」

「あ? そりゃあどういう――」



 パンッ、という軽い音が部屋に響く。



 先ほどまで何も無かった空間に、一筋の煙が上がっていた。


 なにかで殴られたような衝撃がヨミの腕を襲う。

 とっさに突き出した短刀が弾かれ、宙を舞う。

 ヨミは椅子から崩れ落ちながら現在の状況を整理する。


 煙の上がった空間に突如現れた人影。

 そしてその人影の手に握られた物体。


 人影の足元には、この部屋と同じ真っ白な布がフワリと舞っている。

 ああそうか、自分はこの人影に襲われたのだ。

 混乱する頭でヨミがそう認識したと同時。


 ヨミは短刀を手に走り出していた。


 衝撃を受け崩れる体を脚力で強引に反転させ、極端な前傾姿勢で襲撃者へと向かう。


 ヨミの頭を狙い一切の迷い無く放たれる第二撃。

 それをヨミが当然のようにナイフで弾くと、襲撃者は即座に手に持つ物体を投擲。


 ヨミが咄嗟に避けると同時に、人影はヨミへと一直線に接近してくる。

 一瞬の隙。

 人影ではなく投げつけられた物体にヨミが意識を向けた瞬間、即座に間合いを詰めて近接戦へと移行。


 内心でヨミは舌打ちした。

 不意打ちで通用しなかったのだ、攻撃の手段を変更する判断は間違ってはいない。

 だがその結論に至るまでが異常なまでに早すぎる。

 

 とっさに距離を取ろうと後退しかけた足が止まる。

 それは直感。

 ヨミの心で告げられたそれに従った結果、右足首に掠めるように第三撃が放たれる。


「な、あぁ?!」

 襲撃者の手には投げ捨てたはずの武器が握られていた。

 それは足の傷以上に、ヨミの心を強く掻き乱す。


 その動揺を見逃す相手ではなかった。

 再び接近戦へと移行。


 瞬時に一直線の突撃、肉薄。

 動揺した状態では躱せるわけもなく、ヨミの心臓へ本命の拳が吸い込まれる。


 ズドン、と響く轟音。

 拳を振るっただけとは思えない音と軋む骨が、その一撃の威力を証明し。


「悪いが、隙だらけだ」

 しかし無傷。

 射手の拳では傷一つすら負わない存在だからこそ、ヨミはこの城に呼ばれたのだとその姿が雄弁に語っている。


 ヨミは突き出された腕を取り、流れるように相手を床へと組み伏せた。

「――ッ!」

 勢いをつけて地面と衝突した衝撃で、声にならない呻きが襲撃者の喉から漏れる。


 ここに勝負は決着した。

 完全制圧。

 それがヨミの作り出した結果である。


「さて、これはいったいなんの催しだお姫様?」

 無表情に、相手の意図を測りかねている様子でヨミは問いかける。


「素晴らしい。想像以上の動きです」

 その返答は一人で呟くようなもので。

「貴方も、これで納得していただけましたか?」

 そして続く言葉は、組み伏せられた相手へ向けたものだった。


「ええ」

 地面から聞こえたのは短い同意の言葉。

 意図的ではないのかと疑いたくなるほどに、その声からは感情と言うものが伝わってこなかった。


「こうなってしまっては信じるしかない」

 ヨミが声の主を見下ろすと、そこで初めて襲撃者の姿が目に入る。


 それはヨミと同年齢ほどの女性だった。


 肩まで伸ばされた白銀色の髪。

 光の少ない、泥のような色をした鋭い瞳。

 遊びの無い、傭兵のような事務的な服装。

 女性特有の可愛らしさというものを排除した、凛々しいという言葉の似合う外見。


「何者だ? 恨みを買った覚えなら数え切れないほどあるが、あんたみたいな初対面の女にいきなり襲撃されるような心当たりはさすがに無いんだが」

「カルラ」

 ヨミの質問にもたったの三文字しか帰ってこない。

 その言葉がこの女の名前だと認識できるまで、ヨミには数瞬の時間が必要だった。


「わたしと同じ人に会えると聞いたから。だから、試した」

 素人の芝居のように抑揚の無い言葉。

 だがその言葉からは確かに強い熱が伝わってくる。


「おな、じ? って、まさか」

「ええ、わたしと同じ。初めて出会った、わたしの同類」


 平坦な声。

 感情の無い声。

 百人が聞けば百人が匙を投げるであろう、意思疎通を目的としていないかのような言葉。


 だがヨミには、ヨミにだけは伝わった。

 カルラと名乗る女の心で沸き起こる歓喜が、希望が。

 それはヨミが感じたものと同じ、夢が現実へと変わるような希望の欠片だった。

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