望んだ出会いと望まぬ思い
扉の先、そこは一人の少女しか存在しない部屋だった。
空虚な部屋に、少女が一人で立っている。
「ようこそ私の国へ。私の世界へ。私は貴方を歓迎します。とっても可愛い旅人さん?」
そう笑顔で言い放った少女は、はたして天使か、悪魔か。
「悪いな、まずは質問だ」
ヒクヒクと動く唇を押さえ込みながら、ヨミは扉の先へと歩を進める。
「あんたは、人間か?」
そう口にしたヨミの心に浮かんだのは、戸惑いでも安堵でもなく、ただ単純な恐怖だった。
天使や悪魔など生易しい。
目の前の存在に最大限の注意を払い、ヨミは少女をじっと見つめる。
「そうですね、あなたのその疑問に答えるためにも、まずは話をしましょう。初対面だからといって遠慮なんて必要ありません。どうぞ気楽にしてください」
ヨミが瞬きをする一瞬の間に、立っていたはずの少女はいつの間にか椅子に座って紅茶を飲んでいた。
驚愕に包まれるヨミを意にも介さず、少女はあたりまえのように微笑んでいる。
その場所にはつい先ほどまで何も無かったはずなのだが。
しかし少女は一切気にすることなくヨミへと視線を向けていた。
「あんた、魔術師か? それとも手品師?」
少なくとも表面上は平静を装って正面の椅子に座ったヨミは、目の前の光景に瞬きを忘れていた。
テーブルにはティーセットが湯気を立てて置かれている。
隣に置かれた焼き菓子を口に入れると、優しい甘さがヨミの口へと広がった。
ヨミはひとまず深呼吸をして周りを見回すと、そこでようやく部屋の全貌が見て取れた。
ここは、白い部屋だった。
床も壁も天井も全てが白く塗り潰された部屋。
たった一つの大きな窓から入ってくる光が全面に反射して、眩しいくらいに部屋全体が輝いている。
石でできていたはずの外観とは違い、この部屋だけは謎の材質で覆われていた。
極限まで滑らかで、継ぎ目すら存在しない。
それどころか傷一つついていない材質など、ヨミは一度たりとも見たことがなかった。
そしてその他には何も無い。
目の前にある家具以外は何も無い、不自然に広い部屋。
「さて、貴方にはとても多くの疑問があるはずです。私はその全てに嘘偽り無く答えようと思っていますが、まずはどの疑問から解消したいですか?」
にこりと笑うそんな少女の問いには答えず、ヨミはまず目の前の少女をじっと見つめる。
軽く睨みつけるような視線にも一切怯むことなく、少女は穏やかな笑みを崩さない。
白く清楚なドレス。
金色の長く絹糸のような髪。
薄い色の、それでいて強い力を感じる瞳。
人形のような女だとヨミは思った。
人形のように美しく、そして人形のように生気がない。
人と相対しているという実感が湧かないのだ。
「あんたは、この国の姫様か?」
「ええ、私がこの国の姫です。まあ正確には少し違うのですが、この国の皆さんは私をそう呼びますね。ああ、別に呼び名にはこだわらないので自由に呼んで下さい」
その答えに、ヨミは瞬時に考えを改めた。
目の前の女に回り道は意味が無い。
早急に核心を突く問いこそを、この女は望んでいると感じたのだ。
「あんたは、なんの目的があって俺を呼んだんだ?」
「この国を、救ってほしいから」
少女の表情は変わらない。
少なくとも、冗談を言っている様子ではない。
「この国は、まもなく滅びます。貴方にはこの国を救ってほしい」
そう言い放った時も、少女の表情は少しも変わらなかった。