会遇
足を踏み入れたヨミを待っていたのは完全な無音。
外の喧騒も、物音も。
こことは世界が違うのだと宣言されているように、城の中ではなに一つとして聞こえてこない。
権力を誇示する銅像や絵画は見当たらず、必要最低限の飾りしか存在しない。
灰色の石は光を跳ね返し、柔らかな白にその色を変えている。
ここに人が住んでいるのかも疑わしいほどの静寂が広がっており、内部が塵一つ無い綺麗な空間でなかったら百年前に打ち捨てられた廃城とでも間違えてしまいそうな世界。
だが、確実にこの城には誰かがいる。
そんな確信を感じたヨミは、警戒心を高めながら一歩ずつゆっくりと城の中を歩いていった。
「……誰かいないのか?」
試しに声を出してみても何の反応も無い。
ただその声が何度か反響して響き、やがてゆっくりと無音に戻るだけ。
音が消え去ったのを確認し、ヨミは再び歩き出した。
城内でヨミが道に迷うことは無かった。
まるで来客を案内するかのようにひとりでに扉が開き、こちらに来るようにと誘導してくるからだ。
初めはなにかの罠かとも疑ったが、ヨミはどうせ従うしかないのだと途中からは開き直って指示通りに歩いている。
階段を上がる。
永遠に続いているような廊下を歩く。
階段を下りる。
廊下を歩く。
無数の扉を通り過ぎる。
廊下を歩く。
階段を上がる。
廊下を歩く。
簡素な外見とは裏腹に内部はまるで迷宮のように入り組んでいた。
そう広くないはずの城の中を、ヨミはかなりの時間歩き回っている。
目印となるような飾りもなく、油断すれば道に迷ってしまいそうだ。
これではたとえ兵士がいなくても侵入者は目的を果たせまいとヨミは心中で毒づいた。
どれほど歩いたのかも忘れそうになった頃、たどり着いた終着点はちょうど城の中心に位置する場所だった。
眼前には一際大きな扉がこちらを歓迎するように僅かな隙間を空けており、その隙間からは一筋の光が漏れ出ている。
ゆっくりとヨミはその扉へ向かって歩を進める。
目の前に立つと、その存在感は扉を一際大きく見せるだけの力があった。
硝子細工を扱うようにゆっくりと扉に触れると、冷たい感触が指先から全身に伝わる。
押し出すように軽く力を入れると、扉は何の抵抗もなくゆっくりと開いていった。
徐々に広がっていく光の隙間からは何も見えない。
輝きに視界が塗りつぶされ、色という概念が消えていく。
「ああ、この先に何が待ってるのか、何がいるのか。天使だろうと悪魔だろうと構わないさ」
なんだって構わない。
それが己を変えてくれるのならと、誰にも向けていない呟きがヨミの口からは無意識に漏れ出ている。
一瞬か、永遠か。
感覚の麻痺した時間が過ぎて、光に塗りつぶされた視界が回復する。
「――あ?」
だが、その先に映る光景はヨミの予想を裏切った。
開ききった扉の先で、ヨミの目に映ったのはたった一人の少女だったのだ。