英雄譚の終わり
「――勝ったぁ!」
仰向けに倒れたまま、ヨミは高らかに叫ぶ。
伸ばした右腕が、ぱたりと落ちた。
口を開くのも限界といった有様で、それでも喜びの声を上げる。
「あー、疲れた」
目を閉じると、ヨミの体は休息を求めだした。
意識が遠のきだす。
必死に覚醒させようとするも、限界を超えて動き続けた肉体は言うことを聞かない。
「……目を閉じていて」
そんなヨミの意識が保たれているのは、カルラの声が聞こえてきたからだ。
自力で歩ける程度に回復したカルラは、ヨミの元へと向かって座り込む。
それは、ヨミの体を回復させるため。
両の手で包み込むように、カルラはヨミの体へ優しく触れる。
「治療は苦手だから、時間が掛かる。完全治癒も不可能だから、歩ける程度にしかならない」
「悪いな、頼む」
それで十分だと、ヨミは笑う。
空を見上げて、右手をかざした。
「──強かったな」
ヨミの脳裏に浮かんだのは、『英雄』の姿だった。
一人だったからこそ、あの英雄はあれだけの強さを手にしたのだろう。
だが同時に、一人だったからこそ『英雄』は負けたのだと、ヨミは思った。
傍にいてくれる誰かがいる。
それだけのことがヨミと『英雄』を分けた最大の差。
誰かのために戦い続けた『英雄』は、最後まで誰かのためにしか戦えなかった。
名もなき誰かを救う。
それは素晴らしいことだし、万人に真似のできることじゃない。
だけど徹頭徹尾誰かを救い続ける『英雄』には、個人への感情が欠落していた。
名もなき誰かではなく、大切なただ一人の為に戦ったヨミにはわかる。
その原動力の差こそが、勝敗を分けたのだろうと。
「きっとあいつは、休みたかったんだ」
自分では止まれなくなったから、止めてくれる誰かを求めていた。
だからあんな『英雄』らしくない態度で、悪役を気取っていたのだろうとヨミは考える。
「馬鹿野郎だよ、あいつは」
名もなき『英雄』を想い、ヨミは目を細める。
「あいつの一番の理解者は、たぶん俺だったんだろうな。傍にいてやれたら、なにかが変わっていたのかもしれない」
だがそれはありえない空想だ。
傍に誰もいなかった存在に、誰かがいたとしたらなどという仮説は成立しない。
考えても仕方のないことだとヨミが自嘲すると、突然頭を締め上げられた。
「……浮気?」
訝しげな目を向けるカルラに、ヨミは慌てて首を振った。
回復する体とは裏腹に、その額からは冷や汗が流れ出す。
「冗談」
「洒落になってない冗談はやめろ」
そして、クスクスと二人は笑った。
枯れ木の山に包まれながら、二人の間には柔らかな世界が広がっていた。




