決着
動き出したのは同時だった。
ヨミの拳が、『英雄』の顔面に。
『英雄』の蹴りが、ヨミの脇腹に。
防御を捨てた捨て身の一撃が、同時に命中する。
ひしゃげる体、軋む骨身。
だが両者共に防御を取る様子はなく、追撃の姿勢を整える。
そこからは、ただの殴り合いだ。
町で起こる喧嘩のように、相手を殴り蹴り叩く。
受けた攻撃は気合で耐えて、防御の暇があるなら攻撃に転じる。
「まだだぁ!」
「この程度かぁ!」
叫びで己を鼓舞し、ぐらつく体を支える。
意地と意地のぶつかり合いは、一進一退の攻防として続いていた。
「ああ、まだだ。まだ倒れんよ。この程度で歩みを止めてなるものか!」
「いい加減休めってんだよ、この馬鹿野郎がぁ!」
体中の骨が悲鳴を上げ、次々と折れていく。
全身には無数の傷から血液が飛び散り、周囲を赤く染めていく。
一撃ごとにぐらりと傾く体は、不思議と倒れず立ち続ける。
ヨミが『英雄』の首を掴み、自由を奪う。
『英雄』はカウンターで蹴りを叩き込み、くの字に折れた体へ両手を振り下ろす。
裏拳で相殺する。
頭突きを放つ。
膝を合わせて弾き返す。
首を締め上げ地面に叩きつける。
背筋で体を跳ね上げ、脱出する。
打ち込まれた拳を蹴り上げ、腕の骨を破壊する。
折れた腕を鞭のように振るう。
肘で受け止め、そのまま反撃に移る。
砕けた拳で迎撃する。
終わらない意地の張り合いは、永遠に続くかと思えるほどに拮抗している。
「お前、人間じゃねえよ。これだけボロボロで、どうして立ってるんだよ」
「はっ、そのまま貴様に返すさ。貴様を支えるその想いはいったいなんだ?」
ぜいぜいと息を荒げて、しかし言葉は止まらない。
両者は鏡写しでありながら正反対の存在だ。
だから相手のことが気になって仕方がない。
「愛の力ってやつだよ。お前にはわかんねえだろうけどな」
「認識はしているさ、理解できないだけだ」
「理解できてないなら意味がねえよ。好きな人の一人でも作ってから出直して来い!」
「不要だ。誰かのためにこの命は使い切ると決めている!」
打ち合う拳が潰れて砕ける。
立つために足への攻撃のみを防ぎ、それ以外を全力で使い捨てる。
もはや殺意は薄れ、戦う理由も希薄になっていく。
残っているのはただの意地。
目の前の相手にだけは負けられないという使命感のみが体を突き動かしている。
「まだ、だ!」
倒れる体を無理やりに持ち上げ、『英雄』は吼える。
負けるわけにはいかないのだと、最後の力を振り絞った。
「いいや、終わりだぁ!」
対するヨミも、ふらつく足で立ち向かう。
最後の一撃は、共に右の正拳だった。
両者の拳がお互いの頬に吸い込まれる。
衝撃はほとんどなく、お互いが限界であることを示していた。
「――いい、勝負だった」
『英雄』が力なく笑う。
ヨミの体が崩れていく。
もはや気力も体力も使い果たした。
糸の切れた人形のように、その場で崩れ落ちる。
右手を力なく伸ばすが、もう拳を握ることもできていない。
「ああ、疲れたな。これだけ戦ったのは、初めてだ」
うわごとのように、『英雄』の口が動く。
その表情はどこか満足げで、優しい笑みまで浮かんでいる。
「少し、休もうか。流石に、限界だ」
『英雄』の体が仰向けに倒れていく。
天を見上げ、満足そうに微笑むと『英雄』は目を閉じる。
そしてその目は、二度と開かれることはなかった。
傷だらけの英雄は、ようやく休むことを許されたのだ。




