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英雄殺しの英雄譚  作者: セイラム
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もしもの可能性

「──ああ、そうか」


 過去を思い返し、ヨミはようやく思い至る。

 どうして『英雄』を見ると、こんなに心を掻き毟られるのか。


 あれは、鏡写しの自分だ。

 後ろを振り返らなかった自分。

 ただ前だけを見て走り続けていた、ありえたかもしれない自分の未来。

 あのまま走り続ければ、ヨミは第二の『英雄』になっていたかもしれない。


「だけど、俺はお前に出会った」


 一緒に歩んでくれる、誰かに出会えた。

 辛苦や苦悩を共有できる、相手にめぐり合えた。


 それがヨミと『英雄』の違い。

 立ち止まったからこそ出会えた、最愛の存在。


「カルラが生きていて、俺は本当に嬉しい」

「ヨミが生きていて、わたしは本当に嬉しい」


 二人は強く、お互いを抱きしめあう。

 軋んだ骨の痛みなど気にもならない。


「背を、押してくれ。最後にもう少し、頑張ってくるから」


 ふらつく足取りで、ヨミは立ち上がる。

 形だけの治癒は最低限の回復しか行えておらず、その体は依然満身創痍。

 普通の人間なら、いつ死んでもおかしくない負傷だ。


「わたしは、背を押すことしかできない」

「後は見守って、応援でもしてくれれば十分すぎるさ」


 どちらともなく笑い、背を押されてヨミが『英雄』へと歩き出す。

 ふらついた足取りが、不思議と誇らしい。



 『英雄』はただ、二人を黙って見ていた。


「待たせたな」

「気にするな、獣狩りの趣味はない。――いい目だ。ようやく人に戻ったか」


 二人の会話はとても短く、簡潔なものだ。

 言葉ではなく、その瞳と立ち姿がお互いの意志を十全に伝えているが故に。


 両者が一歩一歩、歩みを進める。

 どちらも既に傷だらけで、異能の力も満足に発揮できない。


 待ち受ける結果は泥仕合。

 美しさや華麗な技能のぶつかり合いとはかけ離れた、醜く無様な足掻き合いだ。


 だが、これこそが最後の決戦。

 命運を掛けた英雄譚の締めくくりに他ならないのだ。

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