終わらない英雄譚
「行くぞぉ!」
先に動いたのは『英雄』だ。
愚直な正面突破は、しかしその目標が先程とは違う。
進行方向の先にいるのは、後衛のカルラだった。
「行かせるか、よぉ!」
両者の間に割り込むヨミ。
助走の勢いを利用し、直刀を横薙ぎに振るう。
人体を両断する切れ味の一撃が、『英雄』の腹部へと向かっていく。
「――取った」
だが、その一撃は通らない。
『英雄』はヨミの直刀を肘と膝で挟み込み、その勢いを殺す。
平然と繰り出された極限の神技。
ただそれだけの行為で、限界近くまで強化したはずの刃に深い亀裂が走る。
「カルラ、俺ごと撃てぇ!」
「了解」
即座の判断。
ヨミの背後から、一発の銃弾が放たれる。
その弾丸は空中で分裂を繰り返し、擬似的な散弾としてヨミの背へと降りかかった。
「逃げると思ったか?」
だが『英雄』は下がらない。
距離を取るための捨て身の射撃に、正面から突貫する。
「しまっ――」
武器を捨て回避行動を取ったヨミ。
捨て身の突貫で空白の時間を掴み取った『英雄』。
二人の差が示す事実はただ一つ。
カルラの元へと走り出す『英雄』に、ヨミは追いつけない。
「――発射!」
一瞬の間を空け、カルラは眼前の脅威を打ち払おうと行動した。
接近戦では勝ち目はないと判断し、持てる全ての弾丸を『英雄』へと叩き込む。
「温い、甘い!」
『英雄』は飛来する弾丸を掻い潜る。
回避しきれない弾丸は拳で弾く。
致命傷の一撃のみを防ぎ、残りは強行突破で接近する。
「そして、終焉だ」
カルラの目の前に『英雄』がたどり着く。
もはや打てる手は何も無い。
カルラの体と心が、硬直する。
「──まず、一人」
『英雄』の拳が、カルラの心臓を打ち抜いた。
爆発のような衝撃が響く。
まるで紙細工のように吹き飛んだカルラの体は地で跳ね回りながら転がり、そしてそのまま動かなくなった。
その姿を、『英雄』は悲しげに見つめている。
「お前の命も、背負って生きよう。その心、彼方の果てまで連れて行く」
「――殺す」
そして、ヨミのなにかがこの瞬間に壊れた。
『英雄』の視界から、ヨミの姿が一瞬にして消える。
「これ、は」
『英雄』の心に生じたのは動揺。
予想外の速度に精神が追いつかない。
「アアァァァ!」
その姿は獣のようだった。
先程までの洗練された体術は見る影も無く、ただ異能の力によって限界まで高めた身体能力を振り回すように四肢を振るう。
だが、その力は桁外れに上昇していた。
「獣と墜ちたか。来るがいい、仲間を失ったお前には復讐の権利がある」
ただ正面から、獣の一撃を受け止める『英雄』。
その目には失望と後悔の色が滲み出ている。
「ここからは、ただの獣狩りだ」
全盛期の自分すら凌駕しかねない力を前に、『英雄』は凛と立つ。
振るわれる無数の拳を払い、受け止める。
受け流そうとも骨身が軋む力を前にしても、その姿に一切の恐れはない。
右手の裏拳を首の動きだけで回避し、返しに膝蹴りを叩き込む。
左足の足刀を掻い潜り、脳天に拳を振り下ろす。
怯んだヨミの首を掴み強引に引き寄せ、拳撃の乱打を浴びせ続ける。
「固く、雄雄しいがそれだけだ。なにがあったのかは知らんが、今の貴様にはなにも感じんよ」
『英雄』には理解ができない。
なぜヨミが怒りに狂ったのかがわからない。
それは『英雄』の持つ歪みの源泉に近いもの。
彼女は全てを救うために『英雄』になった。
だから特別な人という概念がそもそも存在しない。
愛する者を殺された怒りを、決して理解できないのだ。
いつの間にか、ヨミの体は『英雄』以上にボロボロになっている。
だがそれでも止まらない。
怒りという感情のみで動いているがために、目の前の相手が死ぬまでこの無意味な突撃は終わらない。
しかしそれは、精神だけの話。
「限界、か。いや、よく持ったと言うべきかな」
それは、何度目の突撃を終えた頃だっただろうか。
ヨミの体は、ついに限界を迎えた。
単純な理屈として、へし折れた両足では立つことは不可能というだけのこと。
砕けた両手では、体を支えることもできないということ。
「――さらばだ」
とどめの一撃がヨミへと放たれる。
心臓を打ち抜く右ストレート。
凄まじい勢いでヨミの体は吹き飛び、瓦礫の山に当たって倒れ伏す。
獣では、『英雄』は倒せない。
なぜなら『英雄』とは、化け物を打ち倒す存在だから。




