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英雄殺しの英雄譚  作者: セイラム
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『英雄』の信念

 『英雄』の胸元から、大量の血液が流れ出る。

 それは誰がどう見ても致命傷であり、命の輝きが今まさに消えようとしていた。


「――まだだ!」


 なのに。

 心臓に刃が刺さった状態で、瀕死の『英雄』は立ち上がった。


「まだ死ねん、まだ終われん。走り続けるのだ、果てにたどり着くまで!」


 胸に刺さった刃を素手で抜き取り、『英雄』は立ち上がる。

 今も体内に残っている破壊の弾丸は、気合と根性で耐えているだけだ。


 言うに及ばず、この『英雄』最大の異常性はその意志の強さ。

 条理に真っ向から反発する、精神論の極致。


「いよいよもって、どうやったら死ぬんだよお前は……!」


 ヨミの足が、本人の意思とは無関係に後退する。

 満身創痍の『英雄』が、とても恐ろしくてたまらない。


「落ち着いて」


 ヨミの背中に、いつの間にか背後に立っていたカルラの両手が添えられる。

 体ではなく、心を支える為に。


「傷は深い。なら、あとは持久戦」


 そう、今も『英雄』の胸からは多量の血液が滴り落ちている。

 放っておけばいずれ死に至る、そのはずだ。


 そのはず、なのだが。


「気休めはよしてくれ。なあ、本当のことを言ってくれよ」

「……それ、は」


 目を伏せるカルラに、ヨミは悪かったと言って前に出る。


「あの化け物が心臓貫いた程度で死ぬわけがないよなぁ」


 そうだ、手負いがどうした。

 『英雄』とは、物語における主人公。

 ならば当然、盛り上げる為にギリギリの危機を乗り越えるだろう。


 常人ならば死に至る負傷?

 心を砕かれるであろう一撃?


 それがどうした、目の前に立つ化け物は『英雄』だ。

 その程度の試練など、当然乗り越えるに決まっている。


「――さあ、英雄譚を始めよう!」

 

 傷が回復したわけでも、特殊な力に目覚めたのでもない。

 『英雄』は、変わらず満身創痍のままだ。

 傷口は塞がらず、剣は地面に落ちたまま。


「なのに」


 そう、だというのにヨミはどうしてか震えが止まらない。

 無傷だった頃よりも、今の『英雄』の方が強いとでもいうように。


「感謝しよう」


 そう呟く『英雄』の表情は、先程までのような余裕を持った笑みではなくなっている。

 凛とした鋭い目は、あくまでも真摯にヨミとカルラを射抜いている。


「私は、強くなりすぎた」


 それは独白。

 永遠を走り続けた救世主の言葉。


「どこまでも走り続けた私に、もはや追いつけるものなど存在してはいなかった。各地を渡り歩いたが、ここまで追い詰められたのは本当に久方ぶりだったさ」


 だからこそと、『英雄』は拳を握り締める。


「これが私の全力だ」

「……どうして、そこまで」


 言葉で止まるとはヨミも思っていない。

 だからそれは、意識せず溢れた言葉だった。


「もうとっくに気づいているんだろう? ひたすらに走り続けて、結局その先にはなにも残らない。それに気づいて、どうしてそんなに走り続けられるんだ」

「決まっている。誰かのためだ」


 『英雄』は迷い無く宣言する。

 一切の虚飾無く、己の心を明かしていく。


「止まってしまえば、無駄になる。ここで止めてしまえば、私に救われてきた者が哀れな被害者に成り果ててしまう。彼らは『英雄』に救われた民草であるべきだ、断じて化け物の被害者などではない」


 そう、背負いすぎた。

 もはや己一人の判断で降りることなど許されないのだと、目の前の『英雄』は口にする。


「馬鹿野郎が……。お前は『英雄』なんかじゃない、ただの大馬鹿者だ」

「なにを今更、知っているさ。だが、今でも私は『英雄』だ」


 その自嘲が、開戦の合図だった。

 ヨミに向けて、『英雄』が走り出す。


 その速度は確かに速いが、あくまでも常人と比べればの話だ。

 負傷が響いているのか、かつての影は微塵も無い。


「ああ、こうなったら最後まで相手をしてやる」


 援護は頼むとカルラに目配せをし、ヨミが『英雄』に立ちふさがる。


 先制攻撃はヨミだった。

 短刀による首への横薙ぎ。

 相手が負傷していることなど関係ない、急所へと繰り出す最速の一撃。


「甘いッ!」


 だがその一撃を『英雄』は回避しない。

 左の裏拳で刃を跳ね上げ、流れる動きでヨミの顔面へと繰り出される右ストレート。


「甘い」


 意趣返しのように飛来する破壊の弾丸。

 再装填を完了したカルラの射撃が、ヨミの背後から飛来する。


「まだだぁ!」


 自身を鼓舞する叫びと共に、『英雄』の拳が加速する。

 あろうことか音速を超えて飛来する弾丸を拳で迎え撃ち、相殺する。

 当然の結果として、『英雄』の右拳は紙細工のようにぐしゃりと潰れる。


 その見返りに手にしたのはこの一瞬。

 回避の時間を攻撃に当てた、捨て身の先制攻撃。

 ひしゃげた拳をそのまま振るい、ヨミの顔面を殴り飛ばす。


「がァッ!」


 ヨミの体が大きく後ろに傾いた。

 だが、確実に大きな傷を負ったのは『英雄』の方だ。


 素早く立て直したヨミが反撃に短刀を振るう。

 円を描くように態勢を立て直し、その勢いを利用した回し蹴り。


「ッ!」


 メキリという音を立て、ヨミの蹴りは『英雄』の肋骨を粉砕する。


「──まだ、だ」


 呼吸もままならない負傷でも、その意志は微塵も揺るがない。

 今にも倒れそうな負傷であるというのに、なぜだか地に伏す姿が想像できない。


「……あんた、名前は」


 その姿に、ヨミはそう問いかける。

 目の前の存在をただの『英雄』ではなく、一人の人間として見たくなったから。


「忘れたさ。いや、そもそもそんなものがあったのかどうか……」


 空を見上げ、『英雄』はそう口にする。

 走り抜けた過去を思い返す様子は、ほんの一瞬で。


「今の私は、ただの『英雄』だ。そうであろうと努力し、走り抜けた」


 だからそれでいいのだと、拳を構える。


 折れた骨など痛いだけだ。

 潰れた拳など痛みを無視すればまだ使える。

 ならば気合と根性で乗り越えればいいだけのことだ。


「来い。私を否定するのなら、実力で排除してみせろ」

「――ああ」


 ヨミが武器を再形成。

 手にしたのは、強度を限界まで高めた身の丈ほどの長さを持つ直刀だ。


「再形成、開始」


 カルラもまた、新たな武器を作り上げる。

 周囲に無数の重火器が秒単位で生まれていく。


「名も無き『英雄』は、ここで終わりだ。あんたの信念や理想は素晴らしいが、今となってはただの怪物でしかない。走り続けて疲れただろう、休ませてやる」


 対話は終わり。

 ここからは、純粋な信念の衝突が言葉代わりだ。

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