開戦
ヨミが目を開けると、そこは見知った光景だった。
散乱する瓦礫。
燃え盛る業火。
そして炎の中に立つ、二つの人影。
「間に合った、のか?」
ヨミが目を凝らすと、人影の輪郭が少しづつはっきりと形を現していく。
まるで抱き合うように寄り添った二つの人影のうち片方が、糸の切れた人形のように力を失って倒れていった。
「フィン……!」
倒れた人影の正体はフィンだった。
二人を逃がし、たった今まで足止めを続けていたイリアス帝国最後の生き残り。
その命が、今まさに潰えていく。
「──今まで一人で、ずっと戦っていたのか」
それは、勝ち目など存在しない戦いだった。
男は死ぬ為に戦い、そして当然のように死んだ。
希望を残すため、被害を食い止めるために生贄となったのだ。
だがその瞳は満足だと告げていた。
これでいいと。
一切の悔いはないのだと。
「これで、イリアス帝国も完全に滅び去った」
フィンを見下ろすように立つもう一つの人影。
紅い姿が、鮮明に映る。
これこそが『英雄』の成れの果て。
打ち倒さなくてはならない、討伐対象。
「だが、楽しい戦だったぞ。これだけ心躍るとは、正直予想外だった」
『英雄』が剣を地面に突き立てると、フィンを包み込むように周囲の瓦礫が押し寄せる。
命無き亡骸は埋葬され、この地から姿を消した。
「天から見守っていろ、貴様の選択がどのような未来を生み出すのか」
心なしか、『英雄』の表情はなにかを惜しむような悲しさに覆われているように見える。
「……さあ、では始めようか」
だがそれも数瞬の間だった。
新たに剣を構えなおす『英雄』の瞳は燃え上がる炎のように紅く染まり、その口元は水に映る三日月のようにぐにゃりと歪んでいる。
臨戦態勢。
たった今までフィンと戦いを繰り広げていたはずなのに、その立ち姿には微塵の疲労も感じ取れない。
体力も、気力も規格外。
それこそが『英雄』なのだと、紅い彼女はただ立つだけで宣言している。
「あの勇ましい戦士の判断が間違いではなかったと、証明してくれ」
瞬間、ヨミたちの視界から『英雄』の姿が消えた。
それはなんの小細工も使用していない、純粋な高速移動。
ただ速く動くというだけで、この化け物は常識を書き換える。
「一撃必殺」
「ッ!」
カルラの背後に、不可視の刺突が迫り来る。
それは視界外から放たれた、回避不能の一撃必殺。
「っとぉ!」
だが、横合いからの衝撃に、必殺の一撃は防がれる。
ヨミが剣の腹へと放った回し蹴りで、カルラを守ったのだ。
「ごめんなさい、油断していた」
「気にするな、俺が狙われていたら立場は逆だった」
背中を合わせて、ヨミとカルラは戦闘態勢へと移行する。
その様子に、『英雄』は怪訝な顔で二人を睨みつけた。
「まるで別人のような変化だな、貴様ら」
かつての無力な人間ではなく、戦う者としてこの場に立つ二人。
興味が湧いたとでも言うように、『英雄』は二人を観察していた。
「では、確かめさせてもらうとするか」
ヨミの眼前に、『英雄』が迫り来る。
「っらぁ!」
飛び掛るように近づいてくる『英雄』へと、ヨミの短刀による首狙いの一撃が襲う。
異能によって反射神経や動体視力を強化して狙うは後の先。
相手の攻撃よりも先に一撃で仕留める、最速のカウンター。
「甘い」
だが、それは『英雄』の想定内だった。
短刀を右手の剣で受け止め、すぐさま左手で二振り目の剣を生成。
右手で攻撃を引き寄せるようにヨミの体勢を崩し、即座に繰り出される必滅の一撃。
「二撃決殺」
それは究極のカウンター。
前のめりに崩れた体勢では回避も防御も不可能。
「ッ、カルラ!」
だが、その叫びに答えるようにカルラの射撃が二発同時に放たれる。
一つは非殺傷の弾丸。
一つは貫通力を増した魔弾。
それら二つは、ヨミの腹部と『英雄』の頭蓋へと向かっていく。
「ッ!」
結果、ヨミの体は『英雄』から遠く離れるように吹き飛び、頭部への攻撃を防がねばならなかった『英雄』は追撃のための足を止められることとなる。
「……助かったが、次はもう少し痛くない方向で頼む」
「非殺傷の弾丸を使用したから問題ない」
腹部の痛みを訴えるヨミの元へと、カルラは走り出す。
その間も『英雄』へと絶え間なく射撃を行うものの、襲い掛かる全ての弾丸は両手の剣により細切れに切り払われる。
「ふむ、認めよう」
遅い来る弾丸を意にも介さず二人へと歩み寄る『英雄』の声色は、歓喜に満ちていた。
「貴様ら二人、少なくとも勝ち目の無い戦いに挑んだのではないようだ」
カルラによる弾丸の雨が止んだ。
この程度の攻撃は無意味だと理解した為だ。
そして、だからこそ異能の力を温存するために。
まだ、目の前の『英雄』は本気を出してはいない。
ここまでは序章にすぎない。
本番はこれからだというように、『英雄』の力は上昇を開始する。




