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英雄殺しの英雄譚  作者: セイラム
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ある少女の過去

 カルラの生まれた故郷は、北方の小さな村だった。


 決して裕福ではないが、村の皆はその暮らしに満足していた。

 毎日を平穏無事に暮らし、皆で笑いあう。

 そんな平凡な世界の平凡な家庭の一人娘として、カルラはこの世に生を受けた。


 幼少期のカルラは、とても大人しい子だった。

 同年代の子たちと遊ぶときも誰かの陰に隠れ、よく男の子に泣かされていた。


 母親はそんなカルラを慰め、あなたは優しい子だからと頭を撫でてくれていた。

 父親は困ったようにその様子を眺めては、二人を優しく抱きしめていた。

 そうしてカルラは両親の愛情を一心に受け、素直で優しい娘へと育つ。


 頼みごとは進んで引き受けた。

 大人たちからはいい子だと褒められた。

 それが嬉しくて、ますます皆の役に立とうと努力した。


 媚を売っていると一部の子供たちに嫌われもしたが、裏表の無いカルラの行動に文句を言う者もしだいに減っていく。


 異能の力が目覚めた際にも、両親は不安に怯えるカルラを笑顔で抱きしめた。

 なにがあろうと、あなたは私たちの娘だと。


 周囲の理解を得る為に両親は走り回り、カルラ自身もその恩に答えるようにその力を人々のために使っていく。

 その結果、人の身を超えた力を手にした少女は無事人々に受け入れられた。


 カルラは周囲の人々に感謝し、その力を礼にと振るう。

 清らかな心に育まれ、純真無垢に育てられた。


 それがカルラの幼少期。

 幸せな人生を送るはずだった、かつての過去。



 しかしカルラが十五歳の誕生日に、人生は一変する。

 カルラの力を聞きつけた隣国の兵士が、村へと押し寄せたのだ。


 異能の力を軍事利用する為に、その身柄を差し出せと要求してきた。


 「心配しないで、ここで待っていなさい」

 そう嘘をつき、両親は慌ててカルラを物置の中へ隠した。


 平和な村へ初めて訪れた、戦争という暴力。

 対抗するすべなどあるはずがなく、理不尽に奪われる未来。

 そんな未来は嫌だと、カルラは初めて自分の考えで行動した。


「──連れて行け」

 己が身を差し出して、村を守る為に。


 皆が涙を流した。

 少女一人を生贄にしなければいけない自分たちの無力さに。

 そして、立ち向かう勇気が持てない臆病な自分自身の弱さに。

 なによりも、自分から己が身を差し出した少女を見て安心しきってしまっている自分たちの卑劣さに。


 だが、カルラの両親だけは抵抗した。

 大切な娘を渡すわけにはいかないと、無謀にも立ち向かったのだ。


 それは完全に無意味な行為だった。

 ただの一般人が二人抵抗したところで、なにが変わるわけでもない。


 相手は武装した軍人だ。

 無謀を通り越して哀れともいえる行動に、しかしカルラの目からは涙が溢れ出る。


 この両親に愛を貰った。

 この両親に温もりを貰った。

 それはこれほどまでに大きく、重いものだったのかと。


 そして、少女は抵抗を決意する。

 そうだ、完全な幸せを求めてなにが悪い。

 平凡で平穏な毎日を夢見ることのなにが悪いのだ。


 いいや、悪いはずがない。

 だって、皆が笑ってくれる光景を願うのはとても当たり前のことだから。

 そんなささやかな望みさえ打ち壊すというのなら、いいだろう。


「――私の夢を、邪魔するな!」


 そして村は戦火に包まれた。

 その勇気を切っ掛けとして、村中の人間が抵抗を開始したのだ。


 その後のことは、カルラもよく覚えていない。

 みんなを守り、戦ったことだけが記憶の中にこびりついている。


 戦い、戦い、戦い続けて。

 そして、カルラが正気に戻ったとき。

 周りには、誰もいなくなっていた。


「──あぁ」

 あれだけいた村の人々も、軍人も。

 カルラの視界にあるのは、炎に包まれた村の景色だけ。


 呆然と、カルラは膝を付く。

 周囲には、人の形を保っていないなにかが転がっている。


 大人しく連れて行かれていれば。

 抵抗なんてしなければ。

 そもそも、異能の力に目覚めなければ。

 こんな力を使わなければ。

 異能に目覚めた瞬間に、この村を出て行っていれば。

 平和な未来なんて夢見ず、現実を見ていれば。


 カルラの脳内に、無数の後悔が浮かんでは消えていく。

 それはありえないもしもの話。

 考えたところで現実はなにも変わらない。


 なのに、なのに、なのに。

 自分で考えて行動なんてしなければと、後悔ばかりがヨミの胸を締め付ける。


 涙も喉も枯れ果てるまで泣き続けた。

 もう誰も頭を撫でではくれない。

 もう誰も抱きしめてはくれない。

 もう誰も慰めてはくれない。

 もう誰も愛を与えてはくれない。

 もう誰も傍にはいない。


 少女は孤独になり、一人になった。

 一人になったカルラには、なにをすれば良いのかわからない。


 もう、彼女を導いてくれる存在はいなくなった。

 共に笑って、喜んでくれる人も存在しない。


 途方にくれた彼女は、ただ生き続けた。

 理由もなく。

 信念もなく。


 死ぬ理由が思いつかないから、惰性で生きていた。

 それは生きているとはいえない、ただ死んでいないだけの状態だった。


 だけど、彼女の異能はそんな状況でも生きることを可能にする。

 無意識に、そして無意味に異能の力を振るい生きていく。

 どうして生きているのか、カルラ自身にもわからない。


 そんな彼女の元に、一通の手紙が届いたのはそれからしばらくしてからだ。


 そして、彼女は動き出した。

 手紙に書かれた通りに。

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