決意
いったいどのくらいの時間が経っただろうか。
目を開けたヨミを待っていたのは、なにも変わらない純白の景色だった。
扉も窓も存在しない、真っ白な世界。
白い壁と白い床と白い天井が、光源も無いというのに淡く光っている。
「……………………」
ヨミの目の前には、カルラがじっと床を見つめながら座り込んでいた。
微動だにしないその姿は精巧な人形かと見間違うほどだ。
静かに、ヨミはカルラの目の前に腰を下ろす。
「……………………」
無音。
二人の微かな息遣いの音以外は何も聞こえない。
こんなことをしている場合ではないのはヨミにもわかっている。
だが、どうすればいいのかがわからなかった。
出口は無いのでここから出ることもできない。
どれだけ攻撃を加えようと、壁も床も天井も罅一つ入らない。
窓も扉も壁の向こうなので、気が狂いそうな白一色の空間に閉じ込められている。
壁の向こうにいる少女の許しがなければ、二人は永遠にこの空間からは出られない。
それを理解して、ヨミは目を閉じていた。
そして、なにもしないことにはもう飽きた。
「カルラ」
いったいどれだけの時間が経過しただろうか。
ヨミは目の前のカルラへと呼びかける。
「…………なに?」
平坦な声で返答を返すカルラ。
その返事は、あらかじめ決められた行動を返す機械のようだ。
「呼べば、返事をするんだよな」
ヨミは改めて、目の前のカルラという女をじっと見つめる。
視覚的な意味でも、精神的な意味でも。
「どうしてそうなったのか、聞いてもいいのか?」
自立心の欠落。
傍から見たカルラを表現する最も簡潔な言葉だ。
誰かの意志がなければ行動を起こさない、究極の他人任せ。
「――それ、は」
目に見えて、カルラは動揺した。
それはヨミがずっと触れずにいたことだ。
「わかってる。きっと聞かれたくないことなんだって、十分に理解してる。もちろん俺だって、過去のことは話したくない。でも、これは聞かなきゃいけないことだと思うんだ」
カルラの目をじっと見つめて、ヨミはそう口にした。
これは、避けて通ってはいけないんだと。
「ああ、腹立たしいがあの腐れ姫の言う通りだ。お互いを理解しないままじゃあ、さっきの繰り返しだ。一人じゃ勝てないことは嫌というほどわかってるだろう?」
そんなヨミを見て、カルラは信じられないものを見るように目を見開いた。
「あなたは、二人ならあの『英雄』に勝てると思っているの?」
一人が二人になって、その程度で勝機が生まれるような相手ではないだろう。
「あれは、国一つを滅ぼす力を持っている。そんな相手に、どうしてそこまで……」
「楽観的でいられるのかって?」
カルラの疑問は当然のものだ。
数で勝てないことは自明の理。
なぜなら『英雄』は一騎当千を超える存在。
たとえ万の軍勢だろうと億の軍勢だろうと、奴はたった一人で薙ぎ払う。
そんな冗談のような行いを現実に成し遂げるのが、あの『英雄』だ。
「ああ、二人になったところで結果はほとんど変わらない。それはその通りだ。だけど、一人よりは二人のほうが確率は高いだろう」
だって数は多いほうが有利なんだから。
ヨミは冗談でもなく真剣に、そんな子供の理屈を口にする。
「あなたは」
カルラの表情が、ほんの僅かに歪む。
言葉を続けようとして、しかしそこで口が閉ざされる。
「…………」
無音。
お互いに口を閉ざして、ただ相手の目を見つめる。
時間の経過すら麻痺した世界で、ヨミは待ち続けた。
この言葉は、カルラ自身が口にしなくてはいけないのだと感じているから。
「……昔から、そうだった」
一瞬か、永遠か。
どれほどの時が経ったのかはわからない頃、か細い声がヨミの鼓膜を揺らした。
「昔から、自分で考えて行動すると裏目を引いた」
それは独白だった。
目の前にヨミがいることも忘れて、機械人形のように唇が動く。
「言われるがままに動けば誰にも迷惑を掛けなかったし、皆は良い子だと褒めてくれた」
ヨミはじっと黙って、その声に耳を傾ける。
「異能の力も、言われたままに使っていれば皆が笑って喜んでくれて。外からは聞き分けのいい賢い子供だと扱われて。不自由の無い生活と、幸福な光景が与えられて」
皆が幸せだった。
そんな過去を語るカルラの表情は外側からは読み取れない。
だが、幸せな過去を語るにしてはその空気は重苦しいものだった。
「だからわたしは、みんなに笑ってほしくて」
久しぶりに、自分の意志に従って。
「そうして、そうして、そうして――」
カルラの声が繰り返される。
まるで壊れた人形のように、その言葉が部屋の中に反響する。
なにがあったかなど語るまでもなく、その光景だけで全てを理解して。
「――もういい」
気づけばヨミは、カルラの肩を抱いていた。
「もういい、よく話してくれた」
ヨミの腕に、カルラの震えが伝わる。
それは恐怖ではなく、何者かに向けた懺悔のようだった。
「落ち着いたか?」
震えが止まったのを見て、ヨミはゆっくりと手を離す。
カルラは深呼吸を数回行い、なにかを振り払うように首を振ると再び向き直る。
「聞いてほしい。きちんと、全てを」
その目は今だに怯えの色に染まってはいるが、新たに決意の色が浮かびだしていた。
そして、カルラは己の過去を語りだした。
それは、とてもつまならくてありきたりな物語。




