強制的な小休止
「そうして生まれたのが、今の彼女」
それが、『英雄』の成れの果て。
目的も信念も忘れただ走る、かつての救世主。
「これで、話は終わりです」
少女はじっと、ヨミとカルラの目を見つめる。
「この話を聞いた上での質問ですが」
手に持ったカップをゆっくりと置き、少女は問いかける。
「貴方たちはこれからどうしたいですか?」
「それ、は」
その言葉に一瞬、ヨミもカルラも思考が止まった。
「倒すんだろ? あの『英雄』を。そのために俺たちを呼んだんじゃないのかよ」
「では問いましょう、貴方たちに『英雄』が倒せますか?」
ヨミの疑問に、少女は当然のように問いを投げる。
それはあまりにも当然の疑問。
あれは打ち倒せる相手なのかと、少女は問う。
「三人がかりで挑んで、一切の勝機が無いと理解しませんでしたか?」
脳裏に浮かぶのは絶対的なまでの力の証明。
強さという概念が形を成したかのような、その姿。
たとえ異能を使える者が千人いたところで、奴はその全てを薙ぎ払うだろうという確信。
そしてそれは、恐らくどうしようもない真実だ。
「無理、だろう」
ヨミは小さく、そう呟いた。
チラリと視線を横に向ける。
カルラもまた、同意するように頷いた。
その表情に揺らぎはなく、淡々と事実のみを確認するように。
アレはどうしようもない。
それが二人の共通する認識だった。
「だけど、それでも」
固く握られたヨミの手から、軋む音が響く。
「あの『英雄』は止めなければならない。だからあんたも俺たちを呼び寄せたんだろうが」
勝てるとか勝てないとかじゃなく、勝たなければいけない。
そうではないのかと問うヨミに、少女は笑顔で頷いた。
「ええ、その通り。ですが自分を偽ってはいけません。自分自身には正直になるべきです」
少女がそう口にすると同時、部屋全体から地響きのような振動が鳴り響いた。
突然のことに、ヨミもカルラも混乱の渦から逃れられない。
「己の願いと本心。それを理解しない限り、『英雄』を打倒することは不可能です」
振動の正体は、少女の異能によるものだった。
部屋全体の構造を作り変え、捻じ曲げる。
超大規模な異能の行使を、この少女は息をするように成し遂げたのだ。
空間が歪む。
立っていられないほどの揺れが部屋全体を襲う。
ヨミが気づいたときにはもう遅く、ヨミと少女の間には分厚い壁が一枚作り出されていた。
丁度、部屋全体を二等分するかのように壁が立っている。
それは、外界との接続を完全に断ち切っていた。
「本心って、なにを言って――」
壁に手を当てながらヨミはそう呟き、背後に視線を移す。
「……………………」
そこには無言で地面に座り込む、カルラの姿があった。
その表情はヨミから見ることはできない。
真っ白な地面を覗き込むように下を向いたカルラの姿に、ヨミは無言で距離を置く。
なにをしていいのか、なにか話すべきなのか。
脳内が混乱に包まれ続け、思考がうまく纏まらない。
ヨミはため息をつき、地面に座り込むと静かに目を閉じた。
これが夢であってくれればどんなに楽かと、現実から目を背けながら。




