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英雄殺しの英雄譚  作者: セイラム
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かつての英雄譚

 暗転した意識が回復したとき、ヨミの目に映ったのは白い壁だった。


「ここは、いや、これは……」

 そこは見覚えのある空間だ。

 どこまでも白い、純白の世界。


「そうだ、俺たちは」

 覚醒した意識を周囲に向けると、そこには二人の人影が存在した。


「ようやく目覚めましたか、おはようございます」

「………………」

 その姿に、ヨミは自分が転移魔術によってウラノスへと送り返されたのだと理解した。


 一人は仮面の笑みで、一人は無表情。

 だが両者共に、その心は表情と一致していない。


「話はカルラさんから聞きました。生き残りがいたのは嬉しい誤算ですが、色々と聞きたいこともあるでしょうし。どうぞご自由に、質問を受け付けます」

 なにか聞きたいことはあるのかと問う少女。

 対するヨミの質問はとても簡潔なものだった。


「アレは、なんだ」

 まるで炎のような、紅色に染まった謎の女。

 人とは思えない力を持った、化け物としか表現できない理外の存在。


「ああ、あれはかつての『英雄』ですよ。その成れの果てとでも呼べばいいでしょうか」

 そして少女も、その質問が来るとわかっていたのだろう。

 あらかじめ用意していたかのように滑らかな返答を返す。


「あれが『英雄』だと?」

 ヨミは納得がいかないという空気を隠しもしない。

 少女が口にした『英雄』という言葉と、頭に浮かべた魔人の姿が微塵も噛み合わないのだ。


「ええ。どうも納得のいかないご様子ですが、そうですね。少し昔話をするとしましょうか」

 少女が小さく指を鳴らす。

 すると少女が座っているのと同じ椅子が二つ、ヨミとカルラのそばに現れた。


「どうぞ、楽にしてください?」

 少女に促され、ヨミとカルラは無言でその椅子に腰掛ける。


「数年前の話です。この国に他国からの大規模な侵攻がありました」

 目を閉じて静かに語りはじめる少女。

 ヨミもカルラも、口を挟むことなくただ黙って聞いている。


「それはどちらにも利の無い戦争でした。お互いに兵士も資源もボロボロで、たとえ勝利したとしても疲弊した国力とはまるで釣り合わない。だけどそれでも侵攻は止まらない。さてヨミさん、いったいなぜだと思います?」

 そこで少女はいったん話を止めるものの、ヨミは口を開かない。

 さっさと続きを話せと、無言で催促をするだけだ。


「……答えは単純、くだらない意地ですよ」

 それはなにに対してだろうか、少女は軽くため息をついた。


「いまさら止められない。もしも今止めてしまえば自国だけが損をしてしまう。そんな子供のような理由で、この戦争は一年以上も続いたのです。町の中にまで攻め込まれることはなかったのは幸いでしたがね」

 本当にくだらないと、少女は珍しく困ったように眉をひそめた。


「だから、私は『英雄』を呼び寄せました。ウラノスの姫としての義務を果たし、この国と国民を守るために」

 その『英雄』こそが彼女。

 貴方たちが出会った化け物とやらの正体です、と彼女は語る。


「……本当に、そうなのか?」

 納得がいかないというように、ヨミが口を開く。


「あれは、そんな誰かを守ったりするような存在じゃなかった。むしろ正反対と言っていい」

 その言葉に、カルラも小さく頷くことで同意を示す。


「『英雄』っていうのは弱者を救う救世主だ。だが奴はむしろ弱者を滅ぼす存在だった」

 ヨミの脳裏に、滅び去ったイリアス帝国の光景が浮かぶ。

 炎と瓦礫に埋め尽くされた、かつて国であったもの。

 それをたった一人で作り出した存在が『英雄』であるはずがないと、ヨミは首を振る。


「ええ、その通り。だから言ったでしょう、成れの果てだと」

 だが、少女はそんなヨミの言葉を断ち切った。

 成れの果てと、あれだけの怪物を残骸として扱っている。


「かつての彼女はまさに『英雄』だったのですよ。死に向かう兵を守り、救い、その身一つで敵へと挑む姿は、まるで物語に出てくる救世主のようでした」

 彼女がいなければ、今頃この国は存在していないかもしれない程に。


「彼女の活躍で、永遠に終わらないとも錯覚した侵攻は止み、長く続いていたはずの戦争は瞬く間に終わりを告げました。この国に再び平穏が訪れたのです。この国の人々にとって、彼女はまさしく『英雄』と呼ぶにふさわしい人物でした」

 それだけ彼女が素晴らしい人間であったと話す少女。


 その光景は、まさに英雄譚を語る少女のようだ。

 この瞬間のみを切り取れば、という注釈が必要ではあるが。

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