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英雄殺しの英雄譚  作者: セイラム
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決死

 作戦は単純明快。

 相手に唯一勝っている手数を生かした、三方からの同時攻撃。


 フィンが真正面から両手剣を振り下ろし。

 カルラが着弾のタイミングを合わせての発砲。

 ヨミが走りこんだ勢いと遠心力を加えて飛び掛る。

 

 異能を身体能力の強化に発揮したヨミの速度は、いとも簡単に音速の領域へと達していた。

 それがただの蹴りであったとしても、その威力は鉄塊をも砕く。


 そして威力だけなら、フィンの斬撃はヨミの数倍の力だ。

 一振りで竜をも両断する一撃が、今まさに人の身へ降りかかろうとしている。


 さらに二人に意識を向ければ、待っているのは理外の銃撃。

 それは最速の一撃。

 音速など比較にならない速さで、鉄の弾丸が迫りくる。


 相手が化け物であろうがそれが人の身であるのなら、別方向からの三撃を対処するのは物理的に不可能である。


「まあ、悪くない手ではあるが……」

 だがそのような常識も、この化け物には通じない。


 一瞬の後、ヨミの体は弾き飛ばされるように真後ろへ吹き飛んだ。


「な、にを」

 なにをされたのかすらわからない。

 攻撃の瞬間に気づけば吹き飛ばされていた。


 動揺に包まれた心を、必死に落ち着かせる。

 受身を取りヨミが女に目線を向けた瞬間、女はカルラのもとへと走り出していた。


「逃げろ!」

 ヨミが叫ぶと同時に走り出すも間に合わない。

 回避は不可能と判断し、とっさに手にした銃器で剣を受け止める。

 だが、衝撃で体制が崩れたところに腹部への蹴りが繰り出された。


「ッ!」

 カルラの体がくの字に折れ曲がる。

 膝をついたカルラへ、追撃の剣が振り下ろされる。


「させるかぁ!」

 だが、カルラの盾になるようにフィンが間へと割り込んだ。


「今だ、もう一度……!」

 フィンの剣が弾かれると同時、ようやく追いついたヨミと意識の回復したカルラを加えての三者による再攻撃。

 今度こそはと想いを込めた一撃は、先程よりも洗練されより隙のない連携と化している。


「なんだ、つまらん」

 だがそれでも通じない。


 その光景は先程の繰り返し。

 目の前の女には掠り傷一つとしてついてはいない。


「――どうして」

「貴様らは馬鹿か? その戦法は破綻している」

 なぜ一度で理解しないのかと女は呆れるように息を吐いた。


「単純なことだ。その戦法は三者が同時に攻撃することが前提だろう?」

 呆れた様子で、女は倒れ伏す三人へと語りかける。


「――どうして貴様ら、他人と完全に合わせて行動できると思ったのだ。完全に同時でないのなら、一つ一つ順番に対処すればいいだけだろうが」

 それは子供に言い聞かせるような口調だった。


「ああ確かに、三を相手にするのはこの身に余る。だがな、一を三度叩けばいいのなら赤子の手を捻るようなものだ」

 三人の攻撃には秒にも満たない時間差が存在する。

 ならば順番に迎え撃てばいいだけだ。


 たったそれだけの、単純明快な理屈。

 それはとんでもない暴論であるのに。

 違うと言い返すことは簡単なはずなのに。

 この女が目の前で実践してみせたせいで、誰も言い返すことができない。


「ああ、コレはどうしようもない。しまったな、予想以上だ」

 気づけばヨミは笑っていた。


「そうだよな、こいつは国一つをたった一人で落としたんだ。一人が三人になったところで、そんなのただの誤差でしかないか」

 クツクツと、楽しくもないのに笑いがこみ上げる。


 頭ではわかっていたはずの理屈、だがこうして口にすることでようやくそれが現実なのだと思い知らされた。

 文字通りの一騎当千。

 そんな化け物が実在するという事実を、ヨミはここにきてようやく実感する。


 どうしようもない、その言葉が脳内を埋め尽くしていく。



「――諦めるな、希望は確かに存在する」

 だが、フィンの言葉がヨミを現実へと引き戻した。

 希望があると、あの光景を見てそれでもそう言い放てるのかとヨミの心がかき乱される。


「ああ、我々ではあの化け物には太刀打ちできない。それはどうしようもない事実であり、絶対の真実だ。だからこそ、せめて一筋の希望は残さなければならない」

 フィンが己の両手剣を地面に突き立てると、ヨミとカルラの足元が淡く光りだす。


「おい、まさか――」

 フィンがなにをしようとしているのか、この場で最も早く気がついたのはヨミだった。


「希望は君たちだ。ああ、私では無理だ。だが君たちなら、新たな英雄として立ち上がれる君たちならば希望となれる」

 静かに笑うフィンを見て、ようやくこの場の全員が理解する。

 フィンはこの瞬間、命を捨てる覚悟を決めたのだと。


「即席の転移魔術だ。君たちは私がウラノスへと送り届けよう」

「……それしか、ないのか」

 ヨミの呟きに、フィンは優しく笑いかける。


「誰かが奴を足止めしなくてはな。そしてその役目は私が適任だ」

 これはただの適材適所。

 だから気に病むようなことじゃないと、フィンは一人死地へと立つ。


 光が全身を包んだ刹那、戦場に立つのはたった二人だけとなっていた。

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