二流の悲劇は無用なり
物語のような奇跡は起きず、現実を彩るのはただのありふれた死という悲劇。
──そう、そのはずだった。
斬撃が届く直前、女の剣が見当違いの方向に弾かれる。
「これ、は」
横合いからの衝撃。
正面から弾き返すのではなく、受け流すための一撃。
自然と、女の目線は衝撃の正体を突き止めるために真横へと動く。
「カルラ、お前だけでも逃げてよかったんだぞ?」
一方は短刀で、一方は見慣れぬ飛び道具で。
「じゃあどうしてあなたは残ったの?」
その正体は、二人の英雄による一撃だった。
「あれは、放っておいてはいけないものだ。なら、味方は多いほうがいい。三人で叩けるこの機会を逃すものかよ」
それは暴論だ。
最善手は逃げることだと、ヨミもカルラも理解している。
だからそれは、ただ逃げたくないという本能を正当化するための強引な理論武装。
それを理解しているからこそ、フィンは叫んだ。
「駄目だ、逃げてくれ。君たちでは奴には勝てない、殺されるぞ!」
そんな叫びも、二人の心には届かない。
「嫌だ。そんなことよりもさっさと立ってくれ。あれは正真正銘の化け物だ、三人で挑んでも厳しい相手なのはあんたもわかっているだろうが」
フィンには、目の前の二人が無理をして立っているのが十全に伝わっていた。
足も声も小刻みに震えている。
本心では今すぐにこの場から逃げ出したいのだろうと、その姿がなによりも雄弁に語っていた。
「――どうして」
どうして、逃げ出さないのか。
逃げろと言っただろう。
勝てないと一目で理解しただろう。
フィンにはわからない。理解ができない。
「君たちが『英雄』だからか? 『英雄』が逃げ出すわけにはいかないという、そんなばかげた使命感なのだとしたら――」
「違う」
振り向きもせず、ヨミは宣言する。
「ああ、逃げ出したいさ。十中八九、俺たちはここで死ぬ。だってあんな化け物、どう考えたって勝てるわけが無いだろう。三人だろうが千人だろうがきっとあいつには敵わない」
「なら、どうして!」
「どうしようもなく伝わってくるんだよ、理屈じゃなく本能で。アレを見逃せば、誇張抜きに世界が滅びかねないって!」
その言葉に、誰も否定を返せない。
たった今出会ったばかりだというのに、その言葉には絶対の説得力が備わっている。
「……話は終わったか? まったく、黙って聞いていれば随分と酷い言われようだ」
そう愚痴る女の姿には一切の油断がない。
口調こそ軽いものだが、その立ち姿は一切ぶれることなく臨戦態勢を貫いている。
「待ってくれるとは思ってなかったよ、随分と気が長いんだな」
「言葉一つで敵が強くなるなら願ってもないさ、好きなだけ絆を深めてくれ」
そんなヨミの軽口にも、女は余裕を崩さない。
存分に歯ごたえのある敵になってくれと、笑いながら答える。
この場の絶対的強者は自分であると、強く確信しているからこその余裕。
そしてそれは、決して根拠のない思い上がりなどではない。
「せめて一撃、などと甘えた考えは止めてくれよ? 初撃から殺しにこい」
その言葉と同時に、女は三人の下へゆっくりと歩き出す。
両手に握られた剣を逆手に持ち、一歩一歩近づく姿は処刑人のようだ。
その威圧に震える心を無理やりに押さえつけ、ヨミは目の前の女を睨みつける。
「三方から行くぞ。俺は右、カルラは左だ」
「わかった」
ヨミとカルラが小さく円を描くように走り出す。
その姿に、フィンも諦めたという風に一歩踏み出した。
「わかったよ。せめて、君たちの命は守ろう」
死に向かう特攻だけはやめてくれよと、軽く息を吐いて。
フィンが砕けた両手剣を異能で再生させ、跳ねるように女へと突撃する。
始まるのは序曲にじて前哨戦。
ただし、それは死をもって盛り上げる序曲である。




