無情な現実
フィンの戦法は、ただの特攻と呼ぶしかないものだった。
全力で剣を正面から叩きつける。
それに対し、回避も迎撃も、女が選べる戦法はそれこそ無数にあったはずだ。
「その殺意、気に入ったぞ」
だというのに、女は正面から迎え撃った。
淡い光に包まれると同時、女の両手に武器が生まれている。
細身の片手剣を両手に持った二刀流。
フィンの大剣に比べれば子供の玩具のような武器を交差させ、二刀でフィンの振り下ろしを受け止める。
「はぁッ!」
両者の武器が重なり合った瞬間、爆発のような衝撃が周囲へと広がった。
女の体が地面に沈み込み、足首までが地中に埋まるほどの衝撃。
人であれば、いいや目の前の相手がドラゴンであったとしても一撃で葬りかねない威力。
「──化け物め……」
だが、苦しげに相手を睨んでいるのはフィンであり、女は口元を吊り上げて笑っていた。
無傷。
あれだけの衝撃を受けとめて、この女は一切の手傷を負っていない。
それどころか、一撃を受け止めた両手の剣さえも傷一つ無く新品のように輝いている。
「いや、いい一撃だった。実に素晴らしいよ」
傍観者のように語る女の姿は、少なくともただの剣士とは呼べないものだ。
「異能の力で衝撃を消し去ったのか。いや、それにしては……」
「なんだ、理由が欲しいのか。異能の応用で威力を相殺したと言えば納得するのか? この剣は伝説の鉱石から作り上げた古の魔剣だと言えば満足か?」
相手の力を読み取ろうとするフィンの呟きに、女はニヤリと笑う。
相手を見下した、格下へと向けた嘲笑。
「残念だが理由はたった一つ、単純な実力差だよ」
貴様が弱いだけだと言い放たれたフィンの目は、それでも輝きを失わない。
「ならば良し、絶対に勝てないわけではないということだな」
不可思議な異能の力でないのなら問題はないと言い放つ。
その言葉に後押しされるように、秒単位でフィンの力は増していく。
ギャリギャリと音を立てて鍔迫り合いを行う二人から離れた位置で、ヨミとカルラは一歩も動かずに立ち尽くしていた。
「はっ、いい啖呵だ褒めてやるさ。だがいいのか、残る二人の英雄は無力な民草のように立ち尽くしたままだがなぁ?」
「ああ、これでいいのさ。彼らはこの帝国とは無関係だ。断じて貴様に手出しはさせんよ!」
彼らは私が守るのだと、フィンはさらに剣を握る両手に力を込める。
その反動で全身からは血が滲みだしているが、全く気にもしていない。
「素晴らしい自己犠牲だ」
それでも、女は笑いを崩さない。
この状況が愉快で仕方が無いと、笑みを深めていく。
「だが、弱い」
ピシリ、と。フィンの大剣に亀裂が走る。
全霊の思いを込めた剣が、いとも簡単に打ち壊される。
「――ばか、な」
フィンは動けない。
己の全力が、命を賭けた特攻がまるで通用していない事実に、心の底から打ち砕かれるような感覚に襲われる。
「これが、貴様の全力か。命を賭して、この程度か」
折れる。
フィンの大剣が、心が。
根元から全てをへし折られていく。
「つまらん、ならば死ねよ」
失望したと、女は剣を振り下ろす。
声も出せないフィンの胸に、十字の斬撃が刻まれる。