英雄譚とは試練の道であればこそ
そこにあるのは瓦礫の山だった。
見渡せばいくらでも似たような景色が見られるが、ここにしかないものもある。
それは声。とても弱弱しく今にも途切れそうだが、瓦礫の下から人の声が聞こえていたのだ。
ヨミとカルラは瓦礫の山にゆっくりと近づくと、その山を掘り起こしていく。
この国に来て初めての手がかり。
逸る気持ちを抑えて、冷静に対応する。
崩れないように丁寧に。
しかし手早く瓦礫を取り除いていくと、赤く濡れた人の腕が瓦礫の下から姿を現した。
「これは……」
ヨミは急いで周辺の瓦礫を持ち上げる。
そこには、一人の人間が瓦礫の下敷きになっていた。
「まだ息がある。おい、大丈夫か!」
二人が発見した生存者は、若い男だった。
短い金の髪は赤黒く汚れ、纏った重厚な鎧は無残に砕かれ、その四肢は全てがへし折れている。
全身には大量の切り傷が刻まれており、今も血液がその傷口からゆっくりと流れ落ちていた。
だがそれでも、この男は生きていた。
恐らく、この国唯一の生存者として。
「――きみた、ちは。いった、い」
意識が覚醒したのか、男は閉じていた目をゆっくりと開く。
喉が潰れかけているのか、声は途切れ途切れだ。
「俺たちはウラノスから来た。なあ、ここでなにがあった。なにがあれば、こんな光景が」
「ウラノス、から、か。ああ、逃げろ。全力で、逃げろ」
壁に身を預けながら立ち上がる男に、ヨミは慌てて手を差し伸べた。
「お、おい、大丈夫なのか?」
「ああ、この程度なら、もう大丈夫だ」
そこで初めて、ヨミは違和感に気づく。
いつの間にか、折れていたはずの男の手足が治っている。
全身に隙間無く刻まれていたはずの生傷も、目に見える速さで消えていく。
潰れた喉も、話せる程度には回復したらしい。
その光景には、見覚えがある。
奇跡の体現、人ならざる力。
「あんたも、その力を」
ヨミの呟きを聞き、男は全てを悟った。
「ああ……ウラノスから来たということは、君たちは新たな『英雄』か」
「そんなんじゃない。俺たちはただの化け物だ」
自嘲するようなヨミの言葉に、男は首を振った。
その口元には慈愛にも似た微笑を浮かべている。
「君たちは英雄さ。世界を救う、救世主だ」
そう言うと、男は事実のみを簡潔に言い放つ。
「逃げろ。君たちでは、奴に殺されて終わりだ」
この男は恐らく、この国で最も強い。
この男ならドラゴン程度、軽々と討伐してみせるだろう。
決して倒れぬという心の力。
それだけで高速の自己再生を成し遂げる桁違いの精神力。
それは同じ力を持つはずのヨミにもカルラにも不可能な、圧倒的な力の証明。
その男ですら勝てないなにかが、ここに来た。
それがこの光景の答え。
この惨状の答えだった。
「カルラ、逃げるぞ」
「わかった」
だから、即座に撤退を選んだヨミの判断は正しかった。
二人ではきっと、満身創痍となっている目の前の男にすら勝てないだろう。
ならばこの惨状を作り出した存在になど、出会った瞬間に人生が終わりかねない。
だから、この展開は必然だった。
「――生き残りか、ありがたい」
『英雄』あるところに物語あり。
強大な試練など、その身に降りかかって当然なのだから。