残酷な懇願
「わざわざ他国から引き抜いてまで貴方たちのような能力者を雇う、とはまた違いますが。そうする理由は大まかに三つ存在します」
指を立てて、少女は二人に説明を始める。
「まず一つ。前提として、能力者は優秀な人材です。一騎当千とまではいかなくても、その力は一人で一軍に匹敵するといってもいいでしょう。なぜならその力は人ならざるもの、相手が人であるかぎり、早々敗れることなどありません」
それは貴方たち二人が証明しているでしょうと笑う少女に、ヨミは何も言い返さない。
ヨミ自身も、恐らくはカルラも。
いざ戦いとなれば自分が負けることなどそうはないだろうと自覚している。
それは強い自信と、純然たる事実。
自分たちは他人とは違い、人ではないのだという思い。
ヨミが隣に目線を向けると、カルラは黙って目を閉じていた。
「では、次に二つ。貴方たち個人が相手なら、弱みを握られようと関係がないから」
少女は二本目の指を立て、そう口にした。
「軍隊や国家などの集団とは違い、個人相手に弱みを握られようとその損失は微々たるもの。貴方たちに頼らなければいけないほどの大きな問題が解決できるのなら、その程度は甘んじて受け入れましょう」
つまりはリスクとリターンの問題だと少女は語る。
問題を放置するリスクに比べれば、一人や二人の無理難題程度いくらでも聞いてやると少女は言っているのだ。
「それに、これは三つめの理由なのですが……」
三本目の指を立てた少女の笑みが、深くなる。
「貴方たちは、必ずこの誘いに乗ってくれるから」
笑みが深くなる。
深く、邪悪に。
可愛らしい少女の笑顔から、汚泥のように黒い内面が隠し切れずに漏れ出ている。
「ええ、この誘いは別に強制ではありません。ふざけるなと怒って帰っていただいても全く構いませんよ? ここに来るまでの費用や時間のお詫びとして、少しなら金や宝石を差し上げてもいい。私はただ、貴方たちに提案をしているだけですから」
その言葉に、ヨミは心を鷲掴みにされたような錯覚を覚えた。
カルラもまた、両手で胸を押さえて立ち尽くしている。
「……なにを知っている」
ヨミの口調が険しいものへと変わる。
敵意を隠しもせず。
冷静さを失った口調へと変化していく。
「お前は、俺のなにを。いや、俺たちのなにを知っている」
「なにを、ですか。また随分と抽象的な質問ですね。ならばこう答えましょう、私は貴方たちの全てを知っている。だからこそ手紙を送ったのですからね。貴方たちなら決してこの誘いを断らない、いえ、断れないと知ったから」
今ここに上下関係は決定した。
この少女にはどうあっても優位に立てない。
ヨミもカルラも、すでにそう理解してしまった。
少女の笑みは、どんどん嗜虐的なものへと変貌していく。
「じゃあ、その誘いに乗ったら? あんたは俺たちになにを与えるんだよ。ここで奴隷のようにあなたに尽くしますとでも答えれば、あんたはその代わりになにをくれるって言うんだ」
震える体。
震える声。
だが精一杯の虚勢を張って、ヨミは少女に立ち向かう。
「ええ、そうですね。私は貴方たちに魅力ある報酬を見せなければならない。ああ、しかし困りましたねぇ、この国に存在する魅力ある報酬なんて、いったいどこにあったでしょうか」
顎に指を当て、嘯くように少女は答えをはぐらかす。
既に言葉は決まっているのに。
ゆっくりと時間を掛けて、相手の反応を楽しんで。
小動物を虐める子供のような、純粋な悪意がそこにはあった。
「ああ、そうです」
少女はわざとらしく、パンッと音を立てて両手を合わせた。
「貴方たちのこれからの生活を保障しましょう。この国で、一生分の衣食住を与えます」
それは、この場の誰しもが分かりきっていた言葉だった。
困ったような表情で、少女は物語の台本を読むように言葉を紡ぐ。
「ああすみません、もちろん命を掛ける仕事に対しては安すぎる報酬だとは思っています。ですが私が貴方たちに渡せるものなど、これくらいしかないのです。この国を助けるため、どうかお願いできないでしょうか」
その言葉に、ヨミもカルラも言葉を失った。
「この国に、永住しろと?」
「ええ、決して不自由はさせません」
「故郷を捨てて? 友にも家族にも、二度と会えないようになるっていうのに?」
「ええ、嫌だと言うのなら別に断ってくれてもいいんですよ?」
何度も言いますが、決して強制はしていません。
そう楽しそうに話す少女に、ヨミは精一杯の舌打ちで返す。
「クソッ、あんた、将来絶対に碌な目にあわねえぞ」
「ああ、それは楽しみですね。人生には彩りがなくてはいけません」
薄布に吹くそよ風のように、少女は悪態を受け流す。
この女は……とヨミは呟き、そして先ほどから一言も話さないもう一人の被害者へと視線を移した。
「聞くまでもないとは思ってるが……カルラ、あんたはどうする?」
聞くまでもない。ヨミには既に、カルラがどう答えるのかは分かっていた。
だがそれでも、この言葉は本人から聞かなければいけないと思ったからこそ聞いたのだ。
カルラはその言葉に、強い意志を込めて答える。
「あなたと同じ。多分、その理由も」
苦虫を噛み潰すような顔で、だがせめてその意思だけは強く。
ヨミと同じ、了承を意味する言葉を口にした。
「そういうわけだ、その話に乗った。最大最高最悪に不本意だし、あんたのことは世界で一番憎い存在に代わったが、その報酬と引き換えにこの国を助けてやる。傭兵でも小間使いでも、好きなように使えよこの外道姫」
「ええ、私の国にようこそ。そしてどうか、この国をお救いください」
そして契約は完了した。
二人の英雄譚は、ここから新たに始まることになる。