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英雄殺しの英雄譚  作者: セイラム
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プロローグ 戦地にて

 圧倒的な物量。


 それは戦いに存在する唯一にして絶対の正義だ。

 戦いというものは極論、数に優れた者が勝つようにできている。


 一人で二人に勝つには数倍の実力差が必要とされ、三人になれば最善の策は逃走に変化する。

 それは戦争においても同じであり、多数の戦闘であるが故にその差は明確に表れる。


 兵の数、武器の数、戦術の数、兵糧の数……。

 それらに優れた側が勝つのが戦争であり、一騎当千などという言葉は絵空事。

 

 相手より多くの兵を揃え、相手より多くの武器を揃え。

 それらが相手よりも優れた質ならばもはや必勝。

 あとは大馬鹿者でもない限り、負ける要素などありはしない。

 

 それは一度でも戦地に立った者なら誰でも理解する、この世の現実だ。

 一人の人間がどれだけ優れていようと、取れる手には限りがある。

 十人分の働きをしたところで、戦争という枠組みの中では誤差の範疇だ。

 だが、その現実という理論が今まさにこの場で崩れようとしている。

 


 燃え盛る大地。倒れ伏す人々。

 草木は燃え尽き、鉄と肉の焼ける匂いが周囲を満たしている。


 それは、今まさに終わりを告げた戦争の跡地。

 一方の全滅により終結した戦争は、奇跡の番狂わせで幕を閉じた。


 圧倒的な数の差を覆しての勝利。

 ああ確かにこれが物語であったなら、この戦争の情景はとても素敵に盛り上がる名作として語り継がれていただろう。


 だがこれは現実だ。

 倒れ伏す死体の瞳は驚愕と絶望に染まったまま固定されている。


 勝てるはずの戦い。

 いや、それは戦いですらなかったはずなのだ。

 なぜなら、その数の差が比類無きほどに圧倒的であった。 


 兵力差、実に一対千。


 それは戦争などと呼べるものではない。

 ただ一人で国に戦いを挑む馬鹿を表現するには、どのような言葉も意味を成さない。


 なのに、その馬鹿は勝利したのだ。

 ただ一人で千人の兵士を相手取り、文字通りの一騎当千を成し遂げた。

 こんな冗談、吟遊詩人ですら語るのを躊躇ってしまうだろう。



 

 無数の屍によって築き上げられた山の頂上に、二つの影が映し出されていた。


 それは人間。

 今この場に存在するただ二つの命。


 向かい合う二人の表情は共に笑顔だが、その笑顔が与える印象は双方正反対のものだ。


 それは、どこまでも違う二人の組み合わせ。

 白銀と真紅の髪が混ざるように揺れ、凄惨な戦場には似合わない美しさが奇妙に生み出されている。


「凄まじい光景ですね、さすがは『英雄』と言うべきでしょうか」

 張り付いたような笑顔で少女は『英雄』に語る。


「運が良かっただけさ。もう一度同じことをやれと言われれば、流石の私も生きている自信はないだろう」

 英雄と呼ばれた女は困ったような笑顔を浮かべた。


 軍装に身を包み、後ろに束ねられた真紅の髪と強く見開かれた双眸からは強固な意志が周囲へと十全に伝わっている。

 両手に一刀ずつ握られた剣には新鮮な血液が付着し、足元の屍を作り上げた存在が自分自身であると強く主張していた。


「……怯えないのだな。頭で理解はしていたが、やはりお前は不気味だよ」

 英雄がその気になれば、目の前に立つ少女は瞬時にその生を終えるだろう。

 だが少女は張り付いたような笑顔を崩さず、くすくすと人形のように笑っている。


「いいえ、とても怖いですよ。このままでは私の世界は貴方に砕かれてしまいます。さてどうしましょうかと考えても、結局は一つしか解決策は存在しませんでしたがね」

「一つ、一つね。例えばここでお前を斬り殺せば、その解決策とやらは水泡に帰すのか?」

 女の持つ剣が、目の前の少女へと向けられる。


 このまま軽く剣を振るえば、少女の首は簡単に宙を舞うだろう。

 だが、少女の笑みは崩れない。


 確信しているのだ。己の命はこんなつまらないところでは潰えないと。

 目の前の『英雄』は、そのようなことをする人間ではないのだと。


「殺すなどと……思ってもいないことを口にするものではありませんよ。貴方がそんな無粋なことをするはずがないでしょうに」

 口元を隠し、クスクスと笑う少女の笑みは無邪気な童女のような可愛らしさに溢れている。

 だが、この状況で純粋な笑みを浮かべる人間が可愛らしい少女であるはずがない。


「約束しましょう。いや、契約や宣誓と思っていただいても構いませんが……」

 呟きは炎に消え、眼前の英雄にしか伝わらない。

 だがその言葉には、英雄の表情と方針を変える程度の力はあったようで。


「…………やはり、お前はイカレているよ。はは、本当に、面白い」

 クツクツと笑い声を上げる二人の笑みは薄く、深く、歪んでいった。

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