9話 人と装備と恋心
日中何もすることのないオサムは暇を持て余していた。
クリューズとは仲良くなり、お互いを「クリューズ」「オサム」と呼び合う仲になった。
オサムは既に伯爵から金貨2000枚と銀貨10万枚を貰っていた。
どちらも宝石箱の様なものに入れられているがどう考えてもそんな箱に入るような枚数ではない。
オサムは革袋も貰い、金貨や銀貨を小分けにして書斎に置いていた。
その日も暇だったので整理ついでに持ってきたものの内自分用のものを並べて見ることにした。
防刃の手袋、スリーブ、ベスト。いずれも薄手のものだがナイフでも切れない。
全て装備してみた。
本が少し。これはおいおい読むことにしよう。余ったアクセサリ、はまだ要らない。
とやっている時にドアがノックされ、いきなり扉が開きクリューズが入ってきた。
「暇をしているだろう?まずは閣下から預かった物を持ってきた。」
と、甲冑をガラガラと引いてきた。
「どうだ?エリトール家の紋章が入った甲冑だ、城の騎士の物を打ち直ししたものだが着てみるか?サイズはオサムに合わせている」
とえらく重装で豪奢な甲冑を見せられた。だが、映像や絵で見たものより実用的なようだ。
やはりRPGの世界のものに近い。元の世界の中世の動きにくそうなフルプレートとは違う。
『一体何キロ有るんだぁ?これに剣と楯か・・・力仕事苦手なのに』
オサムがぼーっと鎧を見て考えていた。
その時に、外に出ることを思い出した。街へ行きたい。
「あ、そうか、剣と楯を発注しに行きたいんだけど」
オサムは自然な誘いで巻き込もうとした。地図でも課してもらえれば助かる。
「あと、こちらに来てくれるか?」ノートを広げクリューズに見せた。
クリューズがそれを見ると
「これは文字なのか?ん?何となく読めるぞ?」とじっと見ていた。
「え?言葉は通じるのに文字は違うのか?考えてみれば当たり前か」
オサムはそう言い
「今相関図を作成しているところで、まずここが伯爵で、ちょっと手伝ってくれ」
整理すると
最上位がルーハン・フルグリフ伯爵
辺境伯と言われる前線に領地を持つ伯爵で、侯爵と同等の爵位とされる
そして、シュルツ・マンセル子爵。伯爵の実弟で王から領地を与えられた宮廷貴族。
レイン・フルグリフ伯爵弟。伯爵の腹違いの末弟で成人後に爵位を与えられる予定。
ローラシア・マンセル子爵令嬢。マンセル子爵の長女で別の貴族と結婚予定
ロレーヌ・マンセル子爵令嬢。騎士位を持つマンセル子爵の次女
というところまでクリューズに説明した。「合っているか?」
「そうだな、合っている。で?伯爵閣下の家臣の序列か?」に「そうだ」とオサムは答えた。
「では、教えるので書き留めていってくれ。
まずは、知らないだろうが、閣下にはご子息とご息女がおられる。
齢はまだ10歳と7歳だが、いずれ会うことになるだろう。
そして騎士ではアキバ・オサム・エリトール。筆頭騎士であり伯爵家の分家で名門だ。
この私、ペイトン・クリューズ、騎士であり将軍、軍師を兼ねている。
そして、ガストン・レンデルフ、騎士であり副将、軍師でもある。
テッセン・トマフ、ハーム・トラウド、カイン・ヨウレンデルの3名は閣下の弟君の騎士で従者だ。
主なところではこれで良いと思うが。城内外には100名以上の騎士が居る」
「気がついたと思うが、伯爵家と子爵家以外ではエリトール家が最上位となる、本来はこのような言葉遣いは貴族と同列のエリトール家当主様相手には無礼なのだが、オサムと私の仲ということで許してくれ。どうもしっくり来ないんだ、エリトール卿と呼ぶのはな」
クリューズは頭を掻いた。
「俺はオサムでかまわないけど?エリトールと呼ばれることにまだ慣れてなくてな。俺はクリューズと呼んで良いのか?」
オサムが訊くと
「勿論、身分上はオサムの方が上だから問題ない」
クリューズはやはり安心出来る話し相手だ。はじめに関わっていて良かった、とオサムは思った。
オサムはこの際なので他に気にかかることも聞いておくことにした。
「魔法団の扱いは?あとガースのような事務官は?あとはリムルのような侍女や他の人達のことは?」
オサムが尋ねると
「魔法団は殆どが庶民出身だ、貴族や騎士は殆どが剣士だからな。一部魔法が使える者も居るが私も会ったことは無い。
あと、ガースのような庶民出身の文官は大勢居る、家令や執事や厩舎長等で名を覚える必要はない。覚えたければ覚えれば良い、という程度だ。
それと、侍女も庶民ばかりだな。庭師や大工等は城付きの者も居るがそれも庶民だ」
クリューズは大体の説明をしてくれた。
「で?他に用は?あるのだろう?」
クリューズの洞察力は鋭い
「そうなんだ、俺の武器と楯に他の装備を早目に買っておこうと思ってね、けど街のことも全くわからんし、困ったもんなんだよなぁ」
オサムはクリューズに頼むつもりではなかったが、場所を知りたかった。
「そうだなぁ、まずエリトール家当主に相応しい服を20着程。これは洋裁店の者を呼びつければ問題無い。
次に武器と楯だが、まずは街の武器屋に行こうか。少し待っていてくれ、用意してくる」
30分ほどしてクリューズが戻ってきた。
『まさに貴族という格好だな、そこまで装飾が必要か?ってくらいだぜ、こいつ』
「今日案内してくれるのか?それなら助かる」
オサムはそれだけ言った。
「んじゃ、早いほうがいいな、今からでいいか?」とクリューズに訊くと
「そうだな、買うか作るか決めに行こうか」
クリューズは懐から革袋を出し「これだけあれば十分だろう。あ、帯剣を忘れるなよ?騎士が街に出るなら必要だ」
と言い、2人で街へと向かった。
「なあクリューズ、その財布、いや革袋の中身を見せてくれるか?」
オサムは気になっていた。
「いいぞ」と手渡された革袋の中にはシュレル銀貨以外に小さな銀貨も入っていた。それに金貨や青銅貨、黄銅貨も有った。
オサムは小さな銀貨を摘んでクリューズに見せ
「こっちの小さい銀貨は?」と訊くと、シュレル銀貨の他のタイン銀貨というものでシュレル銀貨の10分の1になる、グリーシア帝国の通貨ということだ。
これは大きな青銅貨や黄銅貨の10倍の価値だという。
同じく金貨はシュレル銀貨の50倍の価値が有ると言うが、シュレル銀貨よりは少し小型だ。
つまりは青銅貨や黄銅貨10枚でタイン銀貨1枚、それが10枚でシュレル銀貨1枚、そして金貨はシュレル銀貨50枚の価値となる。
持ち歩くには金貨が楽だが、街での生活ならば基本的にシュレル銀貨だけを知っていれば買い物には事欠かないだろうというのがクリューズの意見だった。
ただし、地方や村々ではシュレル銀貨は納税にしか使われず、より少額のタイン銀貨や青銅貨が主流になっているらしい。
街に降りてしばらく歩くと武器屋に到着した。
「とりあえずここで武器の種類を確認しよう、その後隣の鍛冶屋に発注すれば良い」
オサムが店内を見渡すと、剣と言っても色んな種類が有った。
『レイピア、ロングソード、クレイモア、マインゴーシュ・・・全部欲しい!』
となってしまった。
しかし、時代的にも地域的にも元の世界のものがごった煮になっている。
「戦場で使うロングソードやバスタードソード、街の中で持ち歩くレイピアやサーベルが必要だな」
クリューズは説明を始めた。
「今持っているソードは街中では無骨過ぎるので軽装に合わせて佩刀出来る剣が必要だな。
それと、戦場や冒険時に使う大型の剣、これは楯を持つかどうかで変わってくるが何振か必要だ。
楯もエリトール家となるとそれ相応の装飾を入れねばならんので注文となるな」
クリューズの説明を半分聞き流しながらオサムは店内をくまなく見ていた。
見たことのあるもの、ないもの、かなりの数が揃っている。
『銀貨30万枚有るんだし、少し位贅沢してもいいよな、うん、するべきだ』
じっとりと剣を見たり手にしているオサムに
「聞いているのか?」
クリューズがオサムを現実に引き戻した。
オサムは
「決めた、このサーベルとレイピア、それにあのブロードソードを買う。他の戦闘用の剣は特注で俺がデザインして発注だ」
オサムの持っている2本の剣は豪奢な作りとなっていた。ブロードソードは無骨だが。
クリューズはオサムの選んだ剣をじっと見て
「その3本なら問題ないな、後で城に届けさせよう。で、楯はどうする?」と訊いてきたので
「楯はこの長目のカイトシールドに紋章や装飾を入れてもらう。鍛冶屋で頼めるな?
他は、ここには無いがソードストッパーを作ってもらって、兜や鎧も特注にする。
サーベルとレイピアも今はこれを買うが、俺がデザインする」
オサムの目はキラキラ輝いていた。待ちきれないという感じだ。
「街を歩くための装備も作ってもらおう。次は何が必要だ?鎧か?」
クリューズに訊くと
「いや、冒険をするまでは要らない、それくらいで良いだろう。城に戻るとするか。街の案内はまた違う日に」
クリューズは答えた。
それから暇を見つけてはオサムは自分で考えてデザインを行っていた。
元々がアマチュアのイラストレーターであり、プログラマーであり、ゲーマーだ。
「アイテムデザインなんか簡単だっつーの、俺専用の武器や防具を作る!」
気合を入れてオサムは書き続けた。
会食をせずに済む日は部屋に食事を運んできてもらっていた。
「エリトール様、よろしいでしょうか?」
いつもどおりの時間にリムルが来た。
「いいよーん、入って~リムルちゃん」
一心にデザインをしている中、リムルが夕食を運んできた。
「冷めないうちに召し上がってくださいね」
そう言っていつものように扉近くに立って待っていた。
それについてはもはやオサムも諦めていた。
何度座れと言っても「そのようなこと、させて頂くわけには参りません」と言うのだ。
「うん、美味いな、うんうん、もう少しなんだ」
と言いながらも書き続けた。
「出来たー!」
オサムの考えたデザインの刀剣類や防具、他の武器や装備全てを書き終えた。
「っと、メシメシ・・」
オサムが食事を終わらせる前にドアがノックされた。
「クリューズか?入っていいぞー」
しかし入ってきたのはロレーヌだった。
入ってくるなり
「このところ会食の時にしか会ってなかったな、話もできず我が家にも来ない。聞けば絵を描いてばかりいるらしいではないか」
オサムは
「あれ?怒ってますか?」とロレーヌに尋ねた
「怒ってはおらん、用事のついでにその絵を見に来た」
ロレーヌは答え、オサムのノートを取り上げた。
「見るのは構いませんが、ロレーヌ様には似合わないものばかりですよ?」
と食事をしながら話を続けた。
「話しながらものを口に入れるのをやめろ」
そう言われたが、オサムは聞かなかったことにした。
「はぁ~今日も旨かった。ごちそうさま。リムルちゃん、後片付けよろしくね」
とオサムが言うと
「オサムは侍女に対してそのように話しているのか?身分をわきまえろ」
また叱られた。
「俺の侍女だから良いじゃないですか?元々俺も名門の出じゃないですし」
オサムは話を平行線に持っていくのが得意だった。
「まぁ良い。用というのはな、従者3名を手配した。召使い6名と侍女1名もだ。
屋敷が出来次第我が家から移すので会っておけ。」
「合計10人、リムルと俺を入れると12人か、大所帯ですね。そうでしたか、ありがとうございます」
あまり良くわからずオサムが言うと
「ところでな」ロレーヌが話しだした
「あの侍女、リムルとか言ったか、夜伽の相手はさせて居るのか?随分と気に入っているようだしオサムは独り身だしな」
わけが分からず
「へ?」とオサムが答えた
「夜伽ってつまり、夜の相手ですか?そんなことしても良いものなんですか?」
『多分元の世界も含めて、俺の初恋はあの子だけど・・・』とは考えたが
全く意味がわからずオサムが答えた。
ロレーヌは
「殿方付きの侍女の場合は望めば奉仕するのも務めの内だぞ?知らなかったのか?愛妾ということになるが」
と訊いてきた
『そ、そうなの?・・・そんなことしちゃっていいの?と言うか愛妾ってなんだ?恋人のことか?』と考えながら
「い、いやぁ、忙しかったし、やることがありすぎて、夜は疲れていたので寝てました」
冷や汗を流しながら答えた
そして
「あ、忘れてた。風呂のことを大工の人に言わなきゃ」と話をそらした。
実際水浴びしか出来ない状況で、日本人であるオサムは困っていた。
屋敷にはきちんとした風呂がほしい。出来れば大浴場が良い。
あと、水洗トイレも必要だ。古代ローマに有ったのに何故この時代に無いんだと不満だった。
ロレーヌが
「フロ?それは何だ?」ときいてくるので
「屋敷が出来たらお見せします、それまでのお楽しみということで」
オサムが言うと
「そうか、では楽しみに待つとしよう。」
「あと、姉上が今度閣下の遠縁の子爵との婚姻が決まった。宴を催すので誘いに来た」
ロレーヌがノートをオサムに返して言った。
「宴ですか・・・・」
オサムの脳裏にダンジョンから戻ってきたときの様子が蘇った。
「ちょっと苦手と言うかですね、その・・・」と言おうとしたとき
「まだ先の話だ。考えておいてくれ」ロレーヌが話を終わらせた。
その夜、オサムはロレーヌに言われた言葉をずっと考えていた
「夜伽かぁ、リムルちゃん可愛いよなぁ、けど命令ってダメダメだよね、男として。つーか愛妾ってほんとに何なんだよ?」
しかし、どういうものかは確認してみたくなった。
オサムは早速部屋を出て侍女達の部屋へと向かった。
『確か5番って言ってたな、5番5番・・・と』オサムは探し当て
ドアをノックした。
「はい」と声がして、ドアが開いた。
出てきたのはリムルではなかった。どうやら数人で1部屋になっているらしい。
「あら、エリトール様ですね?リムルに御用でしょうか、呼んでまいります」
と言われ、しばらくして
「申し訳ございません、寝間着に着替えてしまっていたのでお待たせしてしまいました」
リムルが侍女服に着替えて出てきた。
「少し聞きたいことが有ってね、俺の部屋まで来てくれる?」
オサムははやる気持ちを抑えて話したつもりだが、少々のぎこちなさは有った。
「聞きたいことですか?わかりました、お伺いします」
リムルが答えた
『こんな純粋そうな子に聞いて良いもんかな?』オサムは少し罪悪感を感じていた。
オサムの部屋へ戻り、時計を見ると夜の10時になっていた。
すぐにリムルが部屋へやって来てドアをノックしたので部屋に入れて話しだした。
「えっとね、リムルちゃんは何歳だっけ?」
「今年で18になりました」リムルはわけが分からずに答えた。
「好きな人は居るの?」オサムにはもうこの程度の会話は簡単だった。
以前の世界の秋葉オサムには不可能だったに違いない。
「えと・・・えーっと・・・」リムルが言葉を詰まらせた
「居ないのかな?」とオサムが言うと
「お屋敷務めですので、その・・・出会える方が少なくて・・・」
それはそうだろう、侍女や執事は殆ど城の外には出ない。出会いが少ないのはよく分かる。
「つまり、まだ居ないってことだね?」リムルの顔が赤く染まるのが見えた。
「います・・・エリトール様です」小声だったがオサムには聞き取れた。
『え!?え!?ええええええ??なんですと!』まさかの言葉にオサムは驚いた
『いっつも俺から離れて居たのに?なんでなんでなんでなんで??ツンデレ?いや、ツンは無かった!』
言葉に困ったオサムは
「俺!?」と自分を指差した。
「申し訳ありません!身分違いは承知しております、ずっと胸に収めておくつもりでした、お許し下さい」
リムルは半ば混乱していた。
「ちょ、えっと、落ち着いてね、リムルちゃん?」
オサムは自分にも言い聞かせた。
「あのね、今日ロレーヌ様が来たでしょ?その時に言われた言葉が気になって、確かめたくて」
リムルは
「はい」と答えた
「えっと、単刀直入に言うと、夜伽って知ってる?愛妾とか言ってたけど意味がわからなくて。恋人ってことなのかな?」
オサムが言うとリムルは真っ赤になり
「はい、存じ上げております。」と答え
「ですがその、恋人というものではなく側室候補のようなものでしょうか」と続けた。
「例えば、リムルちゃんにそれをお願いすると、その・・・どうなるのかな?と、確認だけしたかったんだ・・・けど。側室?お嫁さん?」
「殿方付きの侍女はそのご要望にお応えすべきと言い聞かされております。ですのでエリトール様がお望みであれば、私はお応えします」
リムルはうつむきながら顔を見せないまま言った。
「いや、違うんだ。ごめんね、そういう事があるのか確認したかっただけで、嫌々だとアレだし」と言いかけた時に
「私は、嬉しいです・・・」とリムルに言われた
「そ、そうなの?今晩でも?恋人として?」とオサムが訊くと
こくりと一つ頷いた。
『さっき俺のこと好きだっていったよなぁ、こんな可愛い子が?あ、止まれるのか俺』
オサムは必死に堪えていた。
『ダメだダメダメ、こんな形で・・・けど嬉しいって言ったよなぁ・・・どうする?俺』
オサムも女性を意識するのは初めてだったのでたじろいでいたが
「じゃあさ、あの、今晩一緒に寝ようか?」
どうやらオサムは堪えきれなかったようだ。
するとリムルは
「はい」と小さく返事をしてオサムの手を握った。
「お連れ下さいエリトール様」
『近くで見るとものすげぇ可愛いし、良い香りがする』オサムは自分の心臓の音が聞こえてきた。
二人でベッドに入ると、リムルはゴソゴソと何かをしだした。
服を脱いでいるようだった。
そしてオサムのシャツのボタンを外していき、最終的に二人は裸になっていた。
「このようなことは初めてなので、粗相をしましたらお許し下さい」とリムルが言い、オサムの肩に自分の頭を置いた。
「ごめんね?」とオサムが言うと
「何故ですか?私は今、幸せです。エリトール様の傍で・・・」
とリムルはオサムの手を取り、自分の背中に回した。
『すべすべしてる、柔らかい。女の子の体ってこうなんだなぁ』とオサムはリムルを抱きしめた。
「今日はこの部屋で寝ていいからね、朝まで」と放心状態のオサムが言うと
オサムの左肩に頭を載せてこっちを向いているリムルが
「はい、ありがとうございます」と答え
二人は眠りに落ちていった。