8話 夜会から始まる騎士生活
夜会だかなんだかの宴会が始まった。
思っていたのとは違う立食形式だった。
オサムは
『立食パーティーなら何回か行ったことあるし大丈夫だな』
城の大きなホールには見た限り100名程度の貴族?のような人達が集まっている。
全員が貴族というわけではなく、クリューズのような城の騎士も混じっているのだろう。
そして、奥の最上段には伯爵が居るのが見てわかった。
オサムはクリューズと一緒に来たのでかなり安心できた。
しかしオサムが入ってきた時に
「紹介しましょう!私の命をその身を捨てて救った、エリトールです!」
と扉近くのオサムに
「では、こちらに来られよ、エリトール」と伯爵に呼ばれた。
拍手が響く中、気まずいオサムがクリューズに半ば引きずられて壇上に上がった。
そして
「あらためて紹介しましょう、今回の功績により名家であるエリトール騎士家を継ぐこととなった、アキバ・オサム・エリトールです」と伯爵が言うと
盛大な拍手がまた起きた。
『えぇ~こんなのにも慣れないといけないの?胃が持つかな俺』とオサムは泣きたくなってきた。
とりあえずは収まるまで居るしか無いのでキョロキョロと周囲を見たがやはり落ち着かない
形だけの挨拶を済ませ、壇上から降り、クリューズかロレーヌを探した。
クリューズはどこかの貴婦人と談笑中だったのでロレーヌを探すことにした。
広い部屋を真剣に探していると、テラスに女性の姿が見えた。
ロレーヌならこんな宴会は好かんだろう、という直感でオサムはテラスに出てその女性に近寄っていった。
「ロレーヌさんですか?」オサムが尋ねると、その女性が振り向き「オサム?」と言った
その瞬間オサムは安堵し、力が抜けた。
「私は昔からこういうのが苦手でな、しかし出ないわけにもいかんのでいつもこうやっている」
ロレーヌが言うと
「わかります、俺も苦手で・・・というか初めてですよこんなのは」とテラスの壁に寄りかかった。
「オサムはあちらの世界では貴族ではないのか?奇妙な宝物を持っていたり、あのように美味い菓子を食して居るのだろう?」
『いや、それ違うから、実用品だし、土産菓子だし・・・ま、いっか』と考え
「貴族とは違いますね、のんびりと好きなことをして暮らしてましたが」と答えた。
「日々のんびりと好きなことをして暮らすのは宮廷貴族の次男坊とやらではないのか?」
ロレーヌに訊かれたが、庶民だと言い通した。
しばらく話をしていると、突然ロレーヌが指を指して
「見えるか?オサム、あれが私の父の屋敷だ」見るととんでもない大きさの屋敷が建っていた。
3階建てで一体何部屋あるのかわからないほどの大きさがある。
「それとその横に森が有るだろう?城下ではなく城内になるが、あそこにオサムの屋敷が建つ。
その言葉を聞き、オサムは
『はぁ?なんですかその独身寮・・・屋敷ですと?そんなの維持できねーし俺』
と考えながら
「屋敷といっても俺は独り身だし、家族も居ないのに掃除もできませんよ。困ったな」オサムが言うと
「掃除?そんなものは召使のすることだ、主は務めに励めば良い。と言っても、今夜のような夜会や軍務などだがな」とロレーヌは言う
「エリトール家はフルグリフ伯爵家の筆頭騎士の家柄だからな、恐らく年間の税は私のマンセル子爵家と同じく銀貨15万枚は下らん領地を与えられるはずだ。心配するな。
それに、伯爵に献上した様々な品の褒美として銀貨30万枚が与えられるらしい」
そう言われてもオサムはピンとこなかった。そもそも銀貨1枚の価値がわからない。
「ロレーヌ様、お聞きしてもよろしいですか?」とオサムが言うと
「何だ?私が答えられることなら教えるが?」とロレーヌは言った
「銀貨1枚で庶民は何が買えますか?」との問いに、ロレーヌは首をかしげながら
「銀貨と言っても様々な物があるからな、一番流通しているのはシュレル銀貨だが」
と、1枚銀貨を見せてもらうと、前に見せられた銀貨だった。
オサムは
「ではその銀貨の価値で構いません、どの程度の価値でしょうか?」
と訊くと、ロレーヌは
「庶民が1ヶ月暮らせる額だな、住み込みの侍女の月の手当もそれくらいだ」
『げ!やっぱり円で言っちゃだめだったじゃんか・・・それであの侍女の子が驚いたのか』
と考えながら侍女を思い浮かべていた
『ロレーヌも綺麗だけどあの侍女の子可愛かったなぁ・・・』
「何をニヤニヤしておる、気持ちの悪い」とロレーヌに小突かれた。
「っていうか、シュレル銀貨30万枚に年間15万枚ですか!?」
何に使えって言うんだよ、とオサムは思った。
庶民が1ヶ月暮らせるだけの銀貨を一時金として30万枚と、毎年15万枚。それに屋敷。オサムは身震いした。
そしていきなりグイっと腕を捕まれ
「ちょっと付き合ってくれ、いつまでも此処にいるわけにもいかん、戻らねば」
その頃になると宴も終わりの様相であった。
ロレーヌがオサムを連れて帰ってきたので何人かがコソコソと話をしていた。
「俗物は放っておけ、好きなように言わせておけば良いわ」
相変わらずだなぁとオサムは思ったが、その言葉で助かった。
しばらくしてから伯爵の挨拶で夜会は終わった。
しかしオサムは思ったのだ
『晩飯食いそびれた』と。
オサムは当面の間は城暮らしということだった。屋敷が建つまでは。
その屋敷とやらが出来上がるまではだだっ広いが、一部屋というか広い2つのベッドルームに応接間、書斎のある部屋が与えられた。
広さで言うと80帖はあるだろう、調度品は少ないが、高貴な人物が宿泊するための客間だと想像できた。
『一部屋って言っても落ち着かねぇよぉ、それに腹減ったぁ』と部屋をこっそり抜け出して、先程の大広間に歩いていった。
そこでは片付けの真っ最中だった。
「すいません、ちょっと良いですか?」と近くの執事風の皆に指示をしている男性に声をかけると
「これはエリトール様、何か御用でしょうか?」と言われたので
オサムは
「すいませんが、何か食事余ってませんか?腹が減ってしまって・・・」
と言うと
「余り物などとんでもない、料理長に作らせますのでお部屋の方でお待ち下さい」
と部屋へ返された。そしてその執事風の男性が片付け中の侍女に話しかけるのが見えた。
『なんだか高級ホテルのルームサービスみたいだなぁ、行ったこと無いけど』
オサムは一旦自分の部屋に帰ることにした。
30分程度すると扉がノックされ「失礼致します」と着替えを手伝ってくれた侍女が料理を運んできた。
「あ、君は!あれ?名前なんだったっけ?」とオサムが言うと
「リムル・シャッセと申します。エリトール様の専属となっております。何なりと申し付け下さい」静かに返事が帰ってきた。
「そうか、名前聞いてなかったんだ、ごめんごめん」と頭を掻き「あのペンダント気に入ってくれた?」と尋ねた。
「私などには勿体無い品ですが、身につけさせていただいております」そう言って襟元から出してみせた。
「それはブルートパーズって言ってね、明るい希望をもたらしてくれるんだ」
それを見ながらオサムは『やっぱり可愛いなあ、この子』と考え
「あ、これは伯爵閣下に言わないといけないのかな?俺、今度屋敷を持つことになるらしくて、よければ住み込みの女中?侍女?になってくれないかなぁ?君、話しやすいし」
オサムはここに来てナンパの技術が上がったらしい。
「私などで良ければ喜んでお世話致しますが、伯爵様のお許しをいただかないと・・・」
と言うので
「うん、そうだね、俺から言っておくよ、それ。多分なんとかなるだろうし」とオサムらしく軽く流した。
『やったね!あっちの世界だったらこんな簡単には行かないよね、って言うか屋敷なんかゼッテー持てないよね、ほんと・・・すげーなぁ、ここは、俺モテ期だし』
と考えたが、別にオサムがモテないわけではない。
長身で程よく鍛えられた体と端正な顔立ちでモデルも出来るような男だったが、
残念なことに”極度のオタク”だったのだ。
食事をしながら今後のことや、今現在のことを考えながら、不安と戦っていたが
「じゃあ、ありがとう、食べ終わったら調理場に運んでおけば良いのかな?」
とオサムが言うと
「とんでもありません、エリトール様の食事が終わるまで待って居ります」
リムルが言ったが
「そうなの?じゃ、急いで食べるね。そこに座って待ってて」
と、椅子を指差した
「出来ません、エリトール様の椅子です」と言うので
「もう、かたいこと言いっこなし、誰も入ってこにゃいんはから、座れれいいろ」
食いながら喋るのは無理だったので言い直した。
「誰も入ってこないんだから、座ってていいよ、つか落ち着かないから座ってて」
リムル・シャッセという侍女は
「ご命令であれば、失礼します」と申し訳なさそうに座った。
オサムは気にせずに食事を平らげて
「ふぃー食った食った。ありがとね、えと、リムルちゃんでいいかな?」
呼び方をどうするか尋ねると
「どのようにでもお呼び下さい」とリムルは答えた。
「うん、じゃあリムルちゃんで」とオサムはテーブルからワゴンに食器を置いていった
「あ、そのようなこと私が致しますので」
リムルが言った時にはテーブルが片付いていた。
「じゃ、残業させてごめんね?リムルちゃん。あとよろしくお願いします」
「わ、わかりました、御用があればいつでもお呼び下さい。私は5番の侍女部屋にいますので」
リムルはいそいそとワゴンを押して出ていった。
『なんだかなぁ、やっぱり毅然としないとダメなのかな?俺エリトール卿だもんな』
イマイチ立ち位置のわからないままオサムの夜が更けていった。
この世界に来て数日だが、人生が一変した日々である
これは夢か?と毎朝思うが、どうやら違うらしい。
朝起きて、さて何をしようか、と考えていた時に扉がノックされた。
「どうぞー」と言うと
「おはようございます、エリトール様」
リムルが入ってきた。
「あれ?もうそんな時間?」と時計を見ると朝の9時であった。
「朝食ですが、食事部屋で、とのことで。伯爵閣下がお呼びです」
『えー?朝から伯爵と会うの?と言うか食事部屋ってあの多分長ーいテーブルのアレだな』
画面でしか見たことが無かったので少し興味を持つオサムが居た。
「時間前だが呼んでしまい、すまぬ。私も色々と時間が無いのでな」
伯爵は言うが、恐らく銀貨や屋敷の件だろう。
ここ数日は城に慣れるためということで、自室で何もかも済ましていた。
「実はな、屋敷を建ててそこに住んでもらおうと考えている。筆頭騎士となるオサムには相応の住居が必要でな。あとは礼金と言えば良いものか、銀貨30万枚と領地を与える」
オサムはそこまでは聞いていた。
「他に必要な物はあるか?」と訊かれ
待ってました!とばかりに
「今、専属のリムル・シャッセと言う侍女ですが、住み込みの侍女としたいのですが。他には何が必要かはわかりませんが、自分で揃えようと考えております」
『騎士と言うからには馬と甲冑、剣や楯とか色々必要なんだろうな一体幾らになるんだろう?』
とオサムが考えている時に
「馬と甲冑は与えるので武器やその他の防具を鍛冶師に発注すると良い。」
伯爵にそう言われ
「ありがとうございます、ではあとはクリューズ様の連絡先と街の地図をいただければ」
一番頼れる人間は今のところクリューズである。
「クリューズならもうすぐ来るだろう。マンセル子爵これは我が弟だが、ロレーヌとレインも来る、他にも名は知らぬだろうが、城付きの騎士も集まる。この際覚えておけば良いぞ」
と言われ
「あ、では一度部屋に戻って書くものを取ってきても良いでしょうか?」
ノートとボールペンを取ってこよう。書いておかないと忘れてしまう。
「うむ、かまわんよ、伝えるべきことは伝えた」
伯爵に一礼し
「では」と自分の部屋に戻りバッグを取り出しノートとボールペン、鉛筆それと万年筆も持っていくことにした。
オサムが戻ったときには全員が揃っていた。給仕の最中である。
『良いのかなぁこの中を歩いて伯爵のところに行って筆記具を渡したいんだけど、やっぱ食事後にしようっと』と考えて自分の席に座った。
見たところ20人が席に座り、それぞれに侍女が付いている。
「あ!」と気付きオサムは自分の後ろを見た。
そこにはやはりリムルが居た。そして次はクリューズを探した。
『この席順って何なんだろう?伯爵が真正面?その両横はレインと恐らくマンセル子爵だろう。マンセル子爵の娘と思われる長女と、その横にロレーヌが居るな。他は城付きの騎士達か』
オサムが見回しているとクリューズはレインの横に居た。その横にはレインと共に救出した3人の騎士が見える。
「昨日の夜会で会っておらぬ者も居よう、彼がアキバ・オサム・エリトールだ。
騎士としての腕はまだまだだが、不思議な物を持っておってな、私の命をその体を盾にして守った者でも有る。皆仲良うせよ」伯爵の口上が終わり
「それでは、食事にしよう」と食べ始めた。
静かに食事が終わり、皆が席を立った後オサムはまずクリューズに声を掛け、伯爵の下へと近寄った。
「あの、閣下、ダンジョンで地図を書記していたガースさんですか?羽ペンを使っていたようなのでこれを渡したくて」
万年筆と鉛筆を出した。
「ほう?これは?」と訊かれ「万年筆と鉛筆といいます。こちらが万年筆で、この木の棒が鉛筆と言ってどちらも筆記具です。使い方を教えたいのですが・・・」と答えた。
「ふむふむ」とクリューズがうなづき、廊下に出て
「誰か、ガース書記官を連れてまいれ」と言った。
しばらくしてガース書記官が来たが、急いでいたのか肩で息をしていた。
「閣下、お呼びでしょうか?」息を整えながら言うと
「うむ、エリトール卿がなにやらお主に渡したいものがあるそうだ、仔細はエリトール卿に聞くが良い」伯爵が言うと。
「何かの書記かと思い一式持って参りましたが」と言うと
「丁度良かった、インクはありますか?」とオサムが尋ねた。
「この万年筆をしばらくインクにつけておくと・・・インクを吸い取りいちいちペンにインクを付ける必要がなくなります。あと、この鉛筆ですが」と言いかけて
「しまった、ナイフがない」
と言うと「ん」とクリューズが短刀を差し出した。
「クリューズさん、ありがとう。この棒をこうやって削ると芯が出てきます。そしてこの紙に・・・」クルクルっと書き
「かなりの数を持ってきましたので使って下さい」と渡した。
ガースは「これは有り難いです、インクを出しておく必要がなくなります」
「オサムよ、良いのか?これも高価なものであろう?」と伯爵が聞いてきたが
「これは大したものではありません」と答えた
『また合わせて1万円とか言うと困ったことになるしな』と考えて金額は言わなかった。
「ではガースさん、これを使って下さい」と万年筆と鉛筆を全て渡した。
「感謝いたします、エリトール様」と言われ、ガースが喜んでいるのがわかり嬉しかった。
「しかしオサムは不思議なものを持っておるのう、どこにもない宝物ばかりようも持っているものだ」伯爵は感心した。
だが、万年筆や機械式の時計はともかく、他のものは日用品や実用品ばかりだ。
オサムはそう考えながら
「あ、そろそろ昼になりますね」とオサムは懐中時計を見ながら言った。
「そうそう、このトケイとやら、便利だのう。日を見ずとも時間がわかる」
伯爵が微笑んで腕時計と懐中時計を出した。
「そうですね閣下、これは非常に便利です」
クリューズも誇らしげに懐中時計を出した。
「クリューズもオサムにもらっておったか、さすが我が軍師よ、欲しいものは手に入れる」
伯爵が笑いながら言った
その時、城の外からドスンと大きな音がした。
「あの音は?」と伯爵に聞くと
「ああ、あれはオサムの屋敷を作っておる。街にある屋敷を移動させるので一月か二月程で完成するだろう」
オサムが考えていたよりも早く出来上がるようだ。
「あの、そんなに大きな屋敷は要らないのですが・・・」とオサムが言うと
「我が伯爵家の筆頭騎士の屋敷をつまらぬ小屋にするわけにはいかん。
それにオサムよ、騎士となれば従者も付けねばならぬぞ?エリトールの名を継いだからには3名は必要だ。
まぁそれはクリューズにまかせておけばよかろう、あとは侍女や召使いだがそれもクリューズに」
伯爵にそう言われた時に
「そう言えば、お願いが一つあります。俺についている侍女のリムル・シャッセをその、屋敷で雇いたいのですが」と言うと
「気に入ったか?良かろう、屋敷が出来れば侍女を移そう」と言ってくれた




