7話 異世界への帰還
オサムは相変わらず買い物を続けていた。
何故か絶対に戻れると言う確信がオサムにはあったのだ。
あの飛行機に乗れば必ず同じことが起きるはずだ。
機械式の懐中時計と腕時計も買っておこう、自動巻きがいいな。伯爵がよろこぶだろう。
宝石や銀貨は向こうにあるだろうが、もしもの時のためにこちらの世界にしか無いアクセサリーを買っておこう。向こうの世界で売れるだろう。
シルバーやゴールドは必要ない、タングステンやステンレスがいい。
あとは・・・ネットで確認し、パラコードや簡易浄水器等オサムの人生におよそ関わりのないものを買い集めた。
ベルトや靴も実用性重視の軍用品を選んだ。バッグも今回は防水加工されたバリスティックナイロンとか言う防刃素材の物を用意した。
飛行機の事故に耐える装備が必要であり、丈夫なトランクも用意した。
「こんなところかな?」と部屋に並べ、トランクに詰めていった。
「あ、そうだ!」オサムはロレーヌの事を思い出した。「彼女にも何か・・・」
「スイーツだな、チョコが良いか。当日に買おう」
そして1ヶ月の準備期間が整い、とうとうその日がやって来た。
服が破れる事を考えて、季節的にも厚着の部類で行くことにし、バイク用の丈夫なコートを着た。
オサムは搭乗手続きを済ませ、あの日と同じ便に乗った。
幸い通関で引っかかるものは一切なかった。
南国行きの飛行機に乗り、しばらくしてから
「あの、すみません、何か食事と飲み物を下さい」とキャビンアテンダントに言った。
少し待つと、食事とお茶を持ってきてくれた。
どうせ落ちるのであれば、その前に食事は済ませておくべきだという考えだ。
そして、あの日と同じようにリュックをしっかりと膝の上に置いたまま食事を済ませた。
その時だったふと右を見るとエンジンから煙が出て火を吹いた。
皆が慌て叫ぶ中、オサムは「来たな」とリュックを背負って「その時」を待つことにした。
「んー・・・」と目を覚ますと目の前に見慣れたピラミッドが見えた。
オサムは「よし!戻った!」と叫んだ。
周囲に治癒魔法士が並ぶ中、見慣れたが見えた。
「閣下・・・秋葉オサム、只今戻りました」と言うと
「よくぞその身を盾にして閣下をお救いしたな、オサム」
ロレーヌが安堵して手を握ってくれた。
「クリューズも私も、護衛団全てが感謝しておるぞ」
そう言われ、良い気分になった。
『あ、そうだ、荷物も届いてるのかな?』と辺りを見てもあのトランクは見当たらない。
「あの、黒いトランクを知りませんか?」とキョロキョロと辺りを見回した。
それはクリューズの足元に転がっていた。
「クリューズさん、その足元のトランクを下さい」と言うと
「ん?何だこれは?見かけぬものだな?エリトール卿のものか?」と渡された。
オサムはそれを開け、中身を確認した。「全部ある」
「あの、伯爵・・・閣下に渡したいものが」
急ぐ必要は無いのだが、説明するためにもまず見てもらうことにした。
「なんと!?一度元の世界に戻ったというのか?」
伯爵は驚いた。
「なんと言いますか、恐らく俺は死んだのでしょう」とオサムが言うと
クリューズが
「うむ、なんとかダンジョンから運び出したが、虫の息でな、間違いなく死んだのだが、すぐに息を吹き返した」
訝るクリューズに対し
「恐らくですが、俺が死ぬと異世界を行き来出来るのです、今回も同じ方法で死んできました」
言い方がおかしいがとにかくそういうことだ。
しかも胸の傷は跡もなくなっている。これは死ぬ直前に戻ったということだろう。
時間的な矛盾があるが、時間を移動出来るのであれば可能なのかもしれない。
そして
「信用してもらうために、今回は色々と用意してきました」
テントの中、伯爵の目の前のテーブルに様々な物を差し出していった。
伯爵は
「これは、例のコンパスとソウガンキョウとやらだな?で、これは?」と質問され
オサムは
「これは時計と言うものです。1日の長さがわかります、そしてこれが・・・・」
と説明していき最後に
「あれ?シャツがボロボロになってないな、コートはなくなっている。ジーンズは?2重履きになっている。ブーツは無いな、基準は何だ?」
ともあれ、まずは説明をしなくてはならない。
鎧を脱ぎ、防刃ベストをみせた。
「随分と分厚いな」と言われたので
「クリューズさ・・・卿。短剣で俺を刺して下さい」と言うと
「は!?どういうことだ?エリトール卿?刺せとは?」と答えるので
「こういうことです」と自分の短剣を革鎧から抜き、自分の胸を刺した。
「何をする!」と伯爵に言われたが
「見てください、刃物を通しません。クリューズ卿、お願いします、殺すつもりで」
オサムは事前に調べてあるので安心しているが、クリューズの手は震えていた。
「良いのですな?刺しますぞ?」と力を込めてオサムを刺した
しかし、刃は通らなかった。
「今回一番高価なものでしたが、これを閣下に。剣も矢も通しません」
とそれを脱ぎ、伯爵の前に置いた。
「これは素晴らしい・・・高価と言うといくらであった?」
早速伯爵はベストを手に取り眺めながらオサムに尋ねた
「2枚重ねてありますが、合わせて10万円程度でした。」オサムは答えた
「ふむ、銀10万か、しかしその価値は十分にある、刃を通さぬ布とはな・・・魔法でもなさそうだ」
伯爵は頷きながら
「これをくれると言うのか?オサムにも必要であろう?」と言われたが
「今回のようなことや軍務の時に閣下を守る最後の楯となります、閣下のために探して来ました」
オサムは笑顔で「お納めください」と言った。
相席していたクリューズとロレーヌも驚嘆しつつ
「エリトール卿、これはとんでもない代物だぞ?」と言われ
「実は、ロレーヌ様にもと考えたのですが金銭が尽きまして・・・」と答えると
「いや、これは閣下の分だけで十分だ、閣下の命は銀貨何百万枚であろうと買えぬ」
ロレーヌは率直な意見を述べた。
「銀貨?銀と言われてましたが銀貨のことですか?」
オサムは驚いた。銀貨で何万枚と計算されていたのであれば価値が全く違ってくる。
確か、中世の銀貨は1グラム弱から30グラム超まで多様な物があったはずだ、確認しないといけない。
「そうだが?この布の鎧やソウガンキョウなどはそれほど価値のあるものであろう?」
伯爵は当たり前のように答えた。
「そ、そうですか?俺にはこちらでの価値はわかりかねましたので、銀貨とはどのようなものでしょうか?」
オサムは少し慌てながらも見せてもらうことにした。
「これだが?」と見せられた銀貨は直径4センチはあった。確かターレル銀貨と同じ様な大きさだ。
1ターレルもしくは1グルデンで現行価値にして10万円を越えたはずである。職人の半月の収入に等しい。
しかし、まずは説明しなければならない。銀貨のことは帰ってから考えて話すことにした。
「ああ、あとですね、ロレーヌ様にはこれを。俺の世界の菓子です」
と高級チョコの詰め合わせを渡した。
「お口に合えば良いのですが」
「オサム、お前というやつは・・・」と言いつつ一つ口に入れた。
「美味い!」とロレーヌが言い
どれどれ、とクリューズが手をのばすのを見てロレーヌはその手を叩いた。
「これはオサムが私にと贈ったものだ」と怒ったのだが
表情と言葉が全く合っていなかった。
「クリューズ卿にはこの時計と手袋を。この手袋も刃物では切れません。ガントレットの下履きとしてでも上部で擦り切れないと思います」と言って渡した。
クリューズは
「良いのですか?」と言ったが、その手にすぐ手袋を履き短剣の刃を握っていた。
「ふむ、切れぬな・・・素晴らしい。しかしこれは閣下にお持ちいただいたほうが」と言いかけたが
「閣下にも同じものをお渡しします。ご安心を」とオサムが遮った。
「そうか、では頂こう。トケイとやらも聞くところ便利そうではある」と嬉しそうに眺めていた。
オサムは今回の件についての一通りの報告を済ませ、伯爵を含め皆が夕食を取ることにした。
朝になり、食事を摂った後に城へと戻る行軍が始まった
無事、レイン・フルグリフ伯爵弟とその一行を救助し、治癒魔法士により部隊にはもう怪我人も居なくなっていた。
フルグリフ伯爵の騎乗する馬に侍るオサムをレインは見ていたが、身を挺して伯爵を守ったということで、名門騎士家であるエリトール家を継ぐことに異存はなかった。
オサムは騎士の後ろに乗せてもらっていた。帰ってから騎乗訓練もすると聞かされていた。
レインはまだ若く16~7歳に見える、伯爵弟は自分より明らかに年下である。
にも関わらず、あれだけの場所に行くのだ。
この世界は厳しい、自分が思っているよりもずっと厳しい世界なのだろう。
RPGの世界だと考えていたが、オサムが直視したものはそんな生易しいものではなかった。
しかしそれが良かった。オサムは安穏とした世界に飽きていた。
「アキバ・オサム・エリトールよ、お前は異世界から来たと言うが本当なのか?」
レインが好奇心で訊いてきた
「精霊界か?どの世界からやってきた?」
オサムはそれに答えて
「それがよくわからないのです。この世界とよく似ていますが、魔法は無く戦士の持つ武器も違います」と返した
レインは
「そうか、今度話しを聞かせてくれ、私は異世界や冒険に興味があるのだ、不可思議なことには特にな」
やはり子供の好奇心だが、それでもあんな危険なダンジョンに6人で調査に入っている。
『一番好奇心の激しい年頃だけど、それにしても危険すぎるよなあ』オサムは考え
「かまいませんよ、伯爵閣下からも色々と聞かせろといわれておりますので」
『なんか敬語の使い方がおかしいな?そのうち粗相するかも?ヤバいなーこれ』
とオサムは考えた。
行軍が始まったが、やはりモンスターが出るという。
ゆっくりとした進軍で帰路へついた。
道中では周囲で少数のモンスターが現れたようだが、人数で押し切ったようだ。
オサムにとっては見るものすべてが新しく、4日の時間はすぐに過ぎていった。
そろそろ日が落ちるという頃に城塞らしき街に到着した。
『すっげー・・・まんまゲームの世界じゃんかよぉ、あ、鍛冶屋と武器屋だ、薬草店もある』
とにかく賑やかな街であった。人々は笑顔で過ごしており、伯爵の統治が民に優しいものだと理解出来た。
『それにしても、俺はどこに帰れば良いんだ?』と考えている間に城壁の門から大通りを通り、城内へ到着した。
馬から降ろされ、城の中にある部屋へ入れられたがオサムは慌てなかった。
夜会が有るというので侍女がひらひらした服をオサムに着せた。
「中世っぽいなぁ~全然似合わん」と独り言を呟いた時にクリューズがノックして入ってきた。
「今回の英雄にしてはきらびやかさが足りませぬな、エリトール卿」
と言うが、当のクリューズと比較してだろう、と考えて
「初めてなんですよ、こういうのは・・・庶民でしたから」とオサムは答えた。
「あ、そうそう、自分のために少々アクセサリーを持ってきたのですが選んでもらっても?」
クリューズに言うと
「異世界のものか?見せてもらえますか」と乗ってきた
『無愛想だと思ってたけど、この人は人見知りするだけだな?しかしこうやって見ると美男子だ』
そんなことを考えながらリュックからネックレス、ブレスレット、指輪、バングル等を取り出した。
「こんなにあるのですか?全て向こうの世界の物なのか?ん?これはかなり精巧に作られている・・・」と色々見ていった。
オサムは
「どれか使えるものはありますか?恐らくこの世界に無い金属で出来ています」と答えた。
「え!?」と侍女が驚き覗き込んだ。
クリューズは
「こら、見るでない」と言ったが
オサムは
「まぁまぁ、良いじゃないですか、それにこの子可愛いし俺の好みだし、一つくらいプレゼントしてもいいです」
笑いながら言ったが、その娘はオサムの好みのど真ん中だった。
しかしクリューズは
「この侍女は町娘ですぞ?エリトール卿。高価な品を贈るとは、正室も持たずにこのような侍女でよろしいのか?」と訊かれた
『えぇぇ?こんなプレゼント1つでそんなことになるの?こんな可愛い子が?なんて素敵なんだ!』
と思わずガッツポーズをした。
「腕周りが合わぬのか?」とクリューズに真顔で訊かれて
「いや、ちょっとした運動です・・・」と答えて、リュックからどんどん出していった。
「プレゼントしただけで、その、なんというか侍女の子と何かあるんでしょうか?」
オサムは知りたかったが、クリューズの耳には届かなかったようだ。
クリューズは
「それはともかく、これらはこの世界に無い金属なのですか?この黒い指輪は・・・」と持ち上げ
「重いな?黒い黄金ということか?それに堅い。それに様々なこの精巧なチェーンはどうだ、素晴らしい仕上がりだ!そしてこれは・・・軽い!何で出来ているんだ一体!?・・・申し訳ない、少し興奮してしまいました」と目をキラキラさせていた。
『どうやらクリューズは伊達男の系列だな、賄賂を送っておくか』とオサムは思い
「これだけの数を自分で持つ気は有りませんので、よろしければお好きなものをいくらでもどうぞ」
とクリューズに言うと、途端に目が輝き
「どれでもよいのですか?いくらでも??」子供のようにはしゃぎだした。
「気に入った物があればどうぞ、あと、このペンダントは君に」と侍女に渡した。
「そ、そんな、いただけません!」と侍女は慌てたが
「この石は幸運の石でね、君の瞳の色とよく似合うと思うんだけど?はい」と侍女の手を取り手のひらの上に置いた。
「これで君のものになったね」と笑顔を作ってみせた。
『くっっさー・・・どこの王子様ごっこだよ俺、けどやってみたかったんだよな~』
オサムは人生でやりたいことの一つを今消化した。
「よろしいのですか?本当によろしいのですか?」と侍女の喜ぶ顔を見て
『俺もやれば出来るんじゃん、もう元の世界に戻るのいやだ~!やっとモテ期来ました!』
とますますこの世界が好きになった。
一方クリューズの方に目をやると、いくつか気に入ったようなものを並べ迷っているようだった。
触ってはうんうん、と言い、2つを見比べては首を傾げている。
「クリューズさん、迷ってるのならそれ全部でいいですよ」
とオサムが言うと
「なんですと!?この世に二つと無い宝物ですぞ?」
「んー・・・けどこれ全部で5万円くらいなんですよ、実は」とぶっちゃけた
「銀貨5万枚ですか!?やはり宝物ではないですか!」
と言いながら嬉しそうに選んだ全てを身に着け始めていた。
それを見ながらオサムは
「えーとですね、銀貨5万枚もしないと思うんですよ、こっちでの銀貨の価値がわからないんですけど」
と言ったが、またクリューズは聞いていなかった。
しかし、その言葉を聞いたのか、侍女が「あの、ではこのペンダントは?」と訊かれ
「えーとそれは確か安かったかな、そんなに高価なものではないよ、小さいし」
とオサムが言うと
「けれど、お話を聞く限り手に入らない物なのでは?いただけません」と返そうとしたので
「だーめ、それはもう君の物。俺がプレゼントしたくなる位君が可愛いから上げたんだよ?だから気にせず持ってなよ」
『ダメだ、クサ過ぎて鳥肌が立ってきた、映画とかよくこんなこと言えるよな』
オサムは自分が嫌になってきていた
そうこうしているうちに別の侍女が呼びに来た。
どうやら、城の宴席で自分が紹介されるらしい。
『浮かれてる場合じゃねーじゃんよ俺、作法とか全く知らねーぞ』
今更慌てたところで仕方がない
腹を決めて、宴席だか夜会だかの会場へとオサムは向かっていった。