5話 魔法とダンジョン
水浴びから帰ってきたが結局剣なんて要らなかった。荷物がなければ5分の距離だ。
帰ってくると食事の用意が出来ていた。質素ではあったが味はなかなかいい、豆のスープは絶品だった。それにパンもスープとよく合う。
食事の用意はヨーン魔法団が行っているようだった。被っていたフードは全員降ろし、顔がよく見える。老若男女が揃っているが、15~6歳程度の少女達が給仕を行い、他の者が調理をしていた。
「魔法も使いようだな」と目の前の机のものを平らげた。
「おかわりは要りますか?」と魔法団の少女に訊かれたので「えっと、半分くらいで」とオサムは答えた。
「分かりました」とててててっと走って行ったが、ローブを踏んでその子がコケた。
『ドジっ子ですか、萌系かよ!』とツッコミたかったが、オサムは走り寄り「大丈夫か?」と引き起こした。
「あ、ありがとうございます」と言われまたその子は走っていった。
オサムは自分のテーブルに戻り、待って居ると
「お待たせしました」と先ほどの子が走ってきた。
『両手塞がってまたコケるんじゃねーか?』と考えていると、やっぱりコケた。
しかもオサムにスープがドバっとかかった。
「あっちぃ!あっち、あっつい!」と服を脱ぐと
「す、すみません!」とその子は謝ったが、伯爵のテーブルの一人が立ち上がりフードを掴んで持ち上げた。
「オサムはもう騎士だ。粗相は許されん、来い!」と連れて行こうとした。
オサムは
「ちょ、ちょっと待って下さい、その子をどうするのですか?」嫌な気がして訊くと
「平民と騎士の身分の違いを教えるために鞭打ちだ」と言われた。
『スープぶっかけただけで鞭打ちって、しかも女の子じゃん』
「俺は良いですよ、その子が平民出身だろうと服にかかっただけですし、鞭打ちなんてやめて下さい」と言うと
オサムの周りや、その子、フードを掴んで居る男が一斉に「ん?」と言う顔をした。
「罰を与えずとも良いのか?」とその男が尋ねてきたので
「罰なんて必要ありません。俺も昨日までは平民でした。この服を洗ってもらうということで、それで良いです」
『身分の違いとか、ちょっとしたヘマだけでいちいち鞭打ちなんてひどい仕組みだなぁ』と考えつつ
「じゃ、このシャツね、洗って来て?」とオサムが言うと
「ありがとうございます!申し訳ありませんでした!すぐに洗って来ます」と走っていった。
そして、それを見ているとまた転んだ。
『あの子、天然だな、多分』と考えつつ裸の上にとりあえず革鎧を着て待っていた。
しばらくして「洗ってきました!」とまた走ってきた。
オサムは思わず
「そこで止まって!」と叫び「ゆっくり歩いて来て?」と言うと
周囲の人が一斉に笑った。
焚き火で乾かして、革鎧を脱いで着替えた。
さて、腹もいっぱいだし寝るか。と思っていたときに
「あの、これ・・・」と先程の子が青く揺らめく光を出す石を渡してきた。
「ん?これはなに?」と訊くと
「魔法石です。私が魔力を込めました、効果は弱いですがお守りになります。水の魔法に対してだけですが」
そう言われ
「いいの?大事なものなんじゃ?」オサムは石を受け取り目の前で色んな角度から眺めてみた。
「きれいだね、これ」というと
「私用のはありますので持ってて下さい」と言われた
「そうなの?んじゃあ遠慮なくいただくよ、ありがとう」オサムは腰の革ポーチに入れた。
「あと、君は走らないほうがいいよ?ドジっ子属性有るみたいだからね?」と笑った。
その子は
「わかりました、なんだかわかりませんが慌てないようにします」といって笑った。
この1日色々あったが朝が来た。
どうやらこの世界は朝食と夕食の1日2食のようだ。
その代わりに行動開始の時間は遅い。午前の10時くらいだろうか、パンとジャムが配られた。
『ブランチってやつかな?これ食ったらいよいよダンジョンか』
「んー、このジャムも美味いな」オサムは目の前のパンを平らげてしまった。
「全軍集合!」昼前にクリューズが号令をかけた。
「馬車及び装備の見張りとして剣士50名、魔法士10名を残してダンジョン捜索に入る」
少し間をおいて伯爵が
「恐らく1日以上になると思うが、これだけの人数が居れば最下層まで行けるだろう。多すぎるくらいだがこの規模のダンジョンは危険だ」と続けた。
クリューズはダンジョン前に残る組とダンジョン捜索組に手早く分けた。
立場的に伯爵の軍の将軍はこの人だな?とオサムは考えた。
ダンジョンに入る前にオサムは伯爵に呼ばれた。
「オサムよ、騎士の儀式は城に帰るまで出来ぬが、本日よりエリトール家を継げ。夢でそのようにせよと神から告げられた。
男子が生まれず当主不在となり断絶した騎士の家だ。我が領内でも屈指の家柄ゆえ貴族階級扱いとなる。
あと、エリトール家の紋章の腕輪は帰ってから渡すので、身分を証明するために左手につけておけ」
『ちょっともうわけわかんない、エリート騎士の家を継ぐんですか?貴族ですか?』
流石にオサムといえども1日の間にイベントが多すぎてパニック寸前だった。
しかしパニックにはならないのだが。
「わかりました、閣下のおおせのままに」これであってたかな?アニメだとこんな感じだったはず。
高さ50m程度のピラミッドダンジョンだが、どうやら最上階あたりから入るらしい。
『エジプトではなくマヤのピラミッドに似てるな、階段で上るのか・・・』
250名に及ぶ集団が頂上付近に集合した。
「前衛隊100名入れ。続いて閣下と護衛団、後衛隊100名は護衛団に続け。」
クリューズが命令すると、まず重装備の集団が50名程と軽装の弓兵、それに魔法士20名が入った。
「続いて護衛団」と言うと
比較的装飾の多い甲冑を着た者達と伯爵、クリューズ等が10名程度の魔法士と共に入る。
「後衛は我々に続け!」
全部隊がピラミッドに入っていった。
しばらく螺旋階段が続きその後大広間のような場所に出た。
「エターナルライト!」と数人の魔法士が明るい球体を出し、大広間の全体が見渡せた。
「どうやら階段が四隅に有るようです」前衛隊の隊長らしき大男が伯爵に報告した。
「マップを作成しつつ1つ1つ階段を降りて行くぞ」
伯爵の近くでマッピングをしている軽装兵が大広間を歩き出した、どうやら歩数で距離を計測しているようだ。
「30メルト四方ですね。昨晩閣下からお借りしたこのコンパスとやらを見る限り、各辺が正確に東西南北を向いています。地上の4辺も正確に東西南北で80メルト四方でしたのでまだ地上部分かと。」
「どの階段を降りますか?」クリューズが伯爵に尋ねたが逆に「どの階段がよかろう?」と聞き返された。
クリューズは
「デイライトの使える魔法士1名と重装兵5名付いてこい」と言い、4隅の階段を確認に向かった。
帰ってくると
「あちらの階段に何者かが降りた形跡が、恐らくレイン様達だと思われます」と報告した
それを聞いて伯爵は
「ではまずそこからだな」と指示した。
前衛がまず階段を降りていった。
その時、カキン!と階段から音がして
「出ました、モンスターです!」前衛組から大声で報告が入った。
『げ、安全地帯はここまでか』オサムは思った
縦列隊形に近いが人数が人数である、どこから攻撃されようと伯爵にまでは届かないだろう。
最初の戦闘は何の被害もなく終わった。
オサム達が続いて降りていったが、スケルトンらしき影が消えていき緑に光る石がカツンと音を立てて落ちた。
よく見ると7つ程落ちている。
クリューズがそれを集めて紋章の描かれた袋に入れていった。
オサムが不思議そうな顔をしていると
「一定時間が過ぎるとあの石がまたモンスターに戻るんだよ、だからこのグランパープルの袋に入れる」
そして
「持ってないのか?」と訊かれて「はい」とオサムは答えた。
クリューズが
「予備が有るから使え」と、そのグランパープルの袋をオサムに放り投げた。
「閣下、どうやら死霊の迷宮らしいですね。となると、剣士を全面に押し立てて神聖魔法の使える魔法士を前衛に組み入れましょう。レイスが出てくると厄介です」
クリューズが進言した
伯爵は
「スケルトン、グール、レイス、ファントム、リッチーあたりか、ドラゴンの迷宮よりはマシだが危険だな、スケルトンドラゴンが主であろうな」
クリューズは
「はい、レイン様のパーティーには強力な神聖魔法士が居りますし、前衛もパラディンでした。恐らくどこかの階で足止めされているのではないでしょうか」
一連の話をオサムが聞いており
『モンスターとか神聖魔法とかパラディンとか、もうヨダレが出そうでたまらん』状態であった。
すると前方でまた戦闘音と怒号が響き、魔法らしき閃光も見えた。
伯爵はマッピングの担当者に
「ガースよ問題無いか?」と聞き「今のところ正確に計測出来ております。このコンパスというものは至極便利で助かります」そう言ってオサムを見
「良いものを持っていらっしゃったな、エリトール卿」と言った
『え?は?俺オサムじゃなくもう既にエリトール卿なの??』
オサムは少し偉くなった気がしたが
「役立つのでしたら持ってきた甲斐があります、ガース殿」と答えた
どうやら前方で分かれ道に当たったようだ。前衛は二手に分かれて捜索を行うことにしたようだった。
「少々お待ちを、レンデルフ、来い」と二手に分かれた前衛に一人ずつ付いて行った。
10分もしないうちにクリューズは前衛と共に帰ってきた。
「モンスターは数匹居ましたが、行き止まりでした。レンデルフの方へ向かいましょう」
そう言うと護衛団と後衛に命令し、もう一つの道へ進みだした。
しばらくして先行していた前衛から斥候兵が伯爵の下へやって来た。
「前方に左右の分かれ道があり、レイン様の隊の足跡らしきものは右へと続いていました。
このまま足跡を追い続けますが、足跡のない方は無視してよろしいでしょうか?」
と伯爵に訊くと
「無駄な時間を掛けて全体を調べるより確実な方を選んで進め」と命じられた。
斥候兵は
「はっ!」と言うなり走って戻って行った。
前衛から20mくらい離れているだろうか、魔法士のデイライトが少し遠くに見える。
オサムが
『モンスターを直接見る事は無いのかな?』と思いながら進んでいくと
幾つ目かの階段を降りたときに急に景色が開けた。