4話 騎士とダンジョン
『こんなの絶対わかるじゃんか、むしろ何故今まで誰も気づかなかったんだよ』
オサムはそう言いたい気持ちをぐっとこらえて
「ここですか?」と見知らぬ人に尋ねた
「ん?あぁ、建造物自体は昔から有ったのだが最近入り口が見つかってな。それで調査がはじまった」
『何かのイベントが始まったかフラグが立ったんだろうか?』
またゲーム脳が判断を下した
「これって俺がこっちに来たから始まったイベントかな?時期が合わないか」
声に出して言ってしまったが、やはり誰も聞いていなかった。
「オサム、オサム、閣下がお呼びだ」とかなりの美女が甲冑姿でやって来た。
『何だこの女騎士、モデルか何かか?あ、この時代背景だとモデルは無いか、貴族か騎士階級だな』
「あ、はい今行きます!」とフルグリフ伯爵が椅子に腰掛け、テーブルに置かれた恐らく酒を飲んでいるところに向かった。
「えっと、何でしょうか?伯爵」と言ったとたんげんこつで後ろから殴られた。
鋼鉄のガントレットで殴られるとかなり痛い。
振り向くとそこには先程の美女が立っていた。
「閣下とお呼びしろ、閣下と」
『あれ?この声、あの最初の甲冑の暴力女じゃんかよ!』
オサムは気がついて
「もったいないなぁ・・・」と聞こえないように呟いた
「それで閣下、御用でしょうか?」
オサムが言うと
「うむ、地図を作りながら動かねばならぬのだが、オサムは何か持っていないか?異世界の道具などだが」
フルグリフ伯爵が紙とペンを取り出していた。
『マッピングですかー、やりこみ系の俺にはうってつけじゃん』と考え
「少し待って下さい、確か荷物の中に・・・」とゴソゴソして
「これを使えば方角がわかります。と本格的なコンパスを取り出した」
バックパッカーの必須アイテムだぜ。
「ほう、どう使う?」と伯爵に尋ねられ
「閣下は今南がどちらかわかりますか?これを使えばすぐわかります」
オサムが説明すると
「そうだな、大体あの馬車の方向が南だ」
と答えた。
オサムはコンパスをテーブルに置き、針の向きを見ると
「大体そうですね、馬車から少し離れたあの今立てているテントが真南です。コンパスといいます」
「ほほぅ、それは便利な道具だな?どうやって作った?」と伯爵に訊かれ
「作ったのではなく買いました。これはかなり高価で1万円近くしました」
『しまった、1万円なんてわかるわけねーよ』と慌ててたが時既に遅く
「1万円?銀1万ということか?この精巧な作りはかなり高価なものであろう?」と訊かれた。
オサムは
『どうでもいいや、この世界には無いものだろうし銀貨の価値もわかんねーし』
確か金1グラムが4000円で銀1グラムはかなり安かったはずだ。銀1万てどのくらいだ?オサムは単位がわからなかった。
「恐らくそれくらいかと思います。」
伯爵はかなり気に入ったらしく
「他には何か無いのか?オサムの世界の物で使えそうな物は」
と言われたので
「これなんかはこの世界で一番役立つと思います、これもかなり高級なものです」
と双眼鏡を取り出した。
「小さな割に性能の良いものです、確か3万円位です。双眼鏡といいます」
『もう何でもかんでも円で言えばいいや』とオサムは考えていた。
「これを両目に当てて遠くを見て下さい」
伯爵に首にストラップを掛け、レンズ保護用のキャップを上げた。
「ん?これはあのような遠くがすぐ近くに見えるではないか!」
伯爵はかなり気に入ったようだ。
オサムは、伯爵のところで世話になるんだろうし、どうせどちらも使うことはない。と考え
「よろしければ差し上げます。俺はこの世界で使うことも無いでしょうし、閣下の方が必要でしょう」
「何?コンパスとソウガンキョウの2つともか!?」
と訊かれ
「はい、命の恩人ですから、閣下にお礼をと考えていました」
と答えると
伯爵に
「この世界にはこれしかないのであろう?銀4万、今は持って来て居らんが、帰ったら渡そう」
そう言われ
「いえいえいえいえ、お気持ちだけで結構です。閣下が居なければ俺は多分死んでますし」
『銀4万ってどんだけだよ、怖いよ怖いよ・・・』とオサムは考えた。
「そうか、では我が領地にて騎士に取り上げよう。私の従者であり、城の騎士だ。問題なかろう?色々と聞きたいこともあるしな」
そう伯爵に言われ
『上級職転職来たよこれ!なんですか、騎士ですか?剣士になる前に騎士ですか?!』
オサムは嬉しさを顔に出さないようにして
「有り難い扱いに感謝の言葉もございません」
出来るだけ真面目な顔で答えた。
「あと、地図の作成には自信がありますが、ダンジョンは初めてなので補佐ということでお願いしたいのですが」
と言うと
「安心せい、書記は居るのでそいつと共に作業せよ」と言われ、安心した
伯爵とオサムのやり取りを聞いていた暴力女は
「閣下、得体の知れぬ者にそれは待遇がよすぎるかと」
と言ってきたが
伯爵は
「もう決めたことだ、つべこべ言うな」と言うと
「承知致しました」と女はオサムを睨んだ。
『なぜ俺が睨まれなきゃならねーんだよぉ、もう怖すぎるんですけど』
勝手に話が進められた挙句に美女に嫌われてもうオサムは凹んでいた。怒りを露わにしながら歩いて行く美女を見ながら
「俺が何をしたっていうんだよ、もう」とボヤくと
「すまんな、あれは弟の娘で名をロレーヌと言う。あの通り男勝りで困っておるのだ」
と伯爵が説明してくれた。
『えーと、伯爵の弟の娘・・・やっぱり貴族じゃん!』とオサムは驚いた。
「すごく綺麗な方ですね、俺にとっては雲の上の存在です」
と言うと
「そうか?あれの上の娘の方が器量は良いぞ?おぉ、それならロレーヌを娶るか?あのような勝ち気な娘を引き受けてくれる者は居らんのだ。オサムも騎士になることだ、問題無い」
伯爵は笑いながら言ったが、なんとなく本気のように聞こえた。
オサムは二度と会えないような美女に興味を持っていたが、尻に敷かれるだろうな、と考えている自分に気付き
『いや、俺なんかが好きになっていい相手じゃないし、あまり期待しないでおこう』
「それも有り難い言葉ですが、俺なんかと釣り合う方では無いですよ」
諦め半分に伯爵に答えた。
キャンプの用意が出来た、今晩はダンジョン前で露営するようだ。この人数なら何が来ようと安心できる。改めて放り出されなかった事を幸運に感じていた。
「オサムは閣下の近くのテントに入れ、クリューズと同じテントで5人用だ」
ロレーヌが指示をくれた。
そして
「私は反対側のテントで眠る。何かわからぬ事があれば聞きに来い、クリューズはあまり喋らんからな」
通常の対応に戻っていた。
『何?この子ツンデレ?』と同時に
『伯爵が言ってた護衛10人がこっちのテントとあっちのテントか』と考えているときに
「オサム!日が落ちる前に水を汲みに行くぞ!」とロレーヌが言ってきた。
20名ほどの男を連れている。
「剣は忘れるなよ?何が起きるかわからんからな。この辺境、いつモンスターが出るかわからん」
と言われ
『なにそれ、20人の武装した剣士でもヤバい何かが出るの?こえぇよ』と思いつつ
「分かりました」と岩から流れ出しているという水場へと向かっていった。
台車に樽を4つ積み込み、バケツ代わりの小さめの樽をもう1台の台車に積み込んだ。
10分程歩くとその水場が見えた。泉のようになっているが、岩から湧き出す水を汲み台車の樽に移していった。
満タンになった頃に
「この辺りにモンスターは居らぬようだな、ではお前らは陣に戻ってよし。オサムは残れ」と言われた。
『二人っきりになって何するつもりですか?事故で俺死亡ってことになるの?もうやだよぉ』
と考えているとロレーヌとオサムを残して皆が帰っていった。
ロレーヌが剣に手をかけたときに
『やっぱり?』とオサムは考えたが
鞘ごと剣を外し着ているものを脱いでいった。
「オサム、何をしている?お前は水浴びせぬのか?」と言われ
『そっちかよ!意味深な事言うなよなもう!ってえええ?素っ裸!?』と考えてる時に
「水浴びするのならお前も脱がんか、心地よいぞ」と誘われた
『えーと、こんな美女の裸を見て、いや、見るだけのほうが失礼か、わからん!』と
「入ります」とさっさと脱いで泉に飛び込んだ。
「こら、ゆっくり入らんか、武骨者が」怒られたが
「心地よいだろう?今日は暑かったので汗を流したくてな、水汲みのついでだがこれが目的だ」
ロレーヌは言った
『よく見ると色々な場所に傷があるな、昔から戦っていたのか?しかしスタイルも良いな』オサムはじっとロレーヌを見ていると
「ん?傷か?姉上と違い男として育てられたからな、小さな古傷は多い。珍しいのか?」
と訊いてきた
オサムは焦り
「いや、その、綺麗で見とれてました。」と本音を言ってしまった
『何を言ってんだよ俺、そこは・・・いや俺には良いコメントは無理だ!』と諦めた。
「ほう、初めて言われたが、悪い気はせんな。私も女ということか」と笑ってみせた。
『そういうことじゃないでしょーが!』オサムは思ったが雰囲気が良かったので
「俺が初めてですか、正直美しいと思いますよ」と微笑み返した。
驚いたことに、一切の下心が失せていた。