15話 苦悩と希望と絶望と
戦いは終わり、オサムは3人の従者と共に帰ることにした。
ガーミング伯爵が礼を言いたいと言ってきたらしいが、クリューズに任せることにした。
宴は苦手だ、それに早く風呂に入りたい。
面倒なことはクリューズにやらせれば良い。
無礼だとは思うが、自分は大将ではなく只の一騎士である。その立場を最大限利用させてもらおう。
クリューズの小言は後日聞けば良い。
4人は騎馬での移動なので急げば3日もかからず帰れるだろう。
何よりオサムは戦場から離れたかった。激情に駆られた虐殺、どう言い繕おうと人を殺したことに変わりはない。
それが極悪非道を尽くした敵軍であろうとも。
「ご主人様」
オサムの横で馬を流すクイードが言った。
「何だ?どうかしたか?」とオサムは正面を見たまま答えた。
「あの戦いのときご主人様は怒っていましたよね?モンスターとの戦い方では無かったような」
とクイードに尋ねられ
「そうだな、怒りで狂っていた。あのウジムシ共は罪もない人々を殺して女を襲ったらしい」
とオサムは答えた。まだ怒りは鎮まっていない。いや、これは自分に対する嫌悪かも知れない。
「リムルが言っていた。いきなり村が襲われて両親を殺された。と」
「それは許されることなのか?誰かが罰を下さねばならん。必ずだ」
オサムはその理由にすがるしか無かった。だがそれがオサムの真実であり、おそらく全てなのだろう。
極めて個人的な感情である。自分の中に潜む悪鬼羅刹の類のものを受け入れるべきか?
「しかし、これでまた黒騎士の名に箔が付きましたね」
タキトスは言ったが
「箔などいらん、奴らの首が転がればそれでいい」
オサムはそう言ってから
「すまぬな、まだ怒りが静まっておらぬらしい、十数騎逃した。」
通常、戦は全兵力の3割を失えば全滅と呼ばれ敗北となる。殲滅に近い戦など殆ど無い。
だが逃げることを許さなかったのはオサム自身である。
あれは戦争ではない、虐殺だ。それがオサムの胸を刺す。
「しかし敵1500のほとんどを討ち取りました」
ハンビィが言うと
「そうだな、村を襲った連中はほとんど斬り伏せたということだな」
オサムの口調が変わったのを3人は気がついた。
「結局は俺も400の命を奪った。敵とは言え奴らにも家族が居る。息子であり、夫であり、父親だ。俺が殺した数は襲われた村人の数倍だろう。俺も殺人鬼か、それとも悪魔か」
神でもない者が人を裁くのは間違っている。だが、オサムは抑えきれない激情のまま悪鬼のごとく殺した。それは許されることなのだろうか?
「俺は戦を無くしてやる。どこまで上り詰めれば良いのか分からないが、戦を無くしてやる」
オサムは唇を噛んで決意した。
しばらく森の中を行くと、田園風景が広がった。
「この辺りはエリトールの領地だな?寝床を借りるついでに領民の生活を見ていくか。お前達も庶民の生活を見ておけ。自分達が守るべき者の姿をな」
オサムはエリトール騎士領の視察を兼ねて帰路に着くことにした。
「丁度良い、この道の先に村があるようだな、村長と話して泊めてもらおう」
そう言って納屋に泊めてもらうことにした。
「エリトール様を納屋に泊めるなど出来ませぬ、母屋でお過ごしください」
村長はそう言ったが、村の暮らしを見るためである、寝る場所はどこでも良い。いつも野宿かダンジョン内で寝起きしていた。野宿よりはマシだ。
「寝床はともかく税は重くないか?言いたいことがあるならば城のエリトールの屋敷まで来ると良い。話はできるだけ聞くから。それが難しいなら書状でも構わぬので知らせよ」
そんな風に村や小さな町で話を聞きながら帰ったので、3日の予定が4日になった。
しかしオサムは領民の重要な意見を聞け、人々の暮らしも見ることが出来たので満足していた。
クイード達3人も何の不平も言わずに自分と同じように過ごした。彼等はオサムの行いをずっと見ているようだった。
きっかり4日で城まで戻って来ることが出来た。
クイード達とは城門前で別れたので一人での帰還になる。
「よし、これで風呂に入れるな、1週間以上ぶりだ」
とオサムは喜んだ。
オサムは馬をケンテルに預け、屋敷に戻っていった。
鎧の返り血は帰り道の間に全て拭き取ったので問題はないだろう。
しかし念のため洗おう、と考えた。
「帰ったよ」と屋敷に入ると
「おかえりなさいませ、お館様」とハロルドに迎えられた。
「おかえりなさい、ご主人様」とリムルが近寄ってきた。
オサムは
「ハロルド、風呂の用意をしてくれないか?今回は往復で疲れた、もう汗で気持ちが悪い」
「リムルは鎧を脱ぐのを手伝ってくれ」
と言って自分の部屋に上がっていった。
ベッドルームに着くと、リムルが鎧を脱がせていった。
鎧を脱ぎながらオサムが
「リムル、後でいいからケンテルを呼んでくれるかな?」と言った。
リムルは
「はい?」と不思議そうな顔をしたが「わかりました」と返答した。
オサムが部屋着に着替えてベッドに横になっていると、リムルに連れられてケンテルが来た。
「お呼びでしょうか、ご主人様」とケンテルが言うと
「俺の鎧なんだが、洗ってくれないか?今回の戦でだいぶ汚れたのでな」
とオサムが起き上がり
「こっちまで来い、この甲冑だ。磨く必要はない、洗うだけだ」と指差して教えた。
「あと、クイード達の甲冑も本人たちに訊いてみてくれ、今回の戦は激しかったからな」
オサムが続けた。
「わかりました、まずはご主人様の甲冑を」とケンテルは言い、重そうに持っていった。
リムルはその会話を聞いていて
「激しかったのですか?お怪我は無さそうで安心しました」
オサムの強さを知っているリムルはもう心配はしていなかった。
ドラゴンですら一人で倒せる騎士であり、防御力、攻撃力は常人とは比べ物にならない。
オサムが書斎で料理本の翻訳をしていると、リムルがやって来て
「ケンテルが戻ってまいりました」と言うので
「そうか」と立ち上がり居間に出た。
「早かったな、甲冑は元のクローゼットに戻しておいてくれ。あと、クイード達は?」
とオサムが訊くと
「御三方は一旦帰ってきましたが、また城外へ出たようです。鍛錬に行くのだとか」
とケンテルが言った。
「そうか、あいつら・・・」オサムは嬉しくなった。
「では、もういいぞ、ケンテル」と言うと
ケンテルは「失礼します」と言って部屋から出ていった。
馬係であるケンテルとはオサムはあまり関わらない。主に従者であるクイード達がケンテルと関わっている。
オサムは6頭の戦馬を持っていた。これは大枚をはたいて買った素晴らしい駿馬ばかりだ。
他にも馬車用の馬が居るが、今のところ出番はないだろう。
ケンテルとも食事の時間以外に交流を持とうとオサムは考えた。
一通り落ち着くとオサムは
『さて、今回の戦闘で俺の正体がバレたな。新しい甲冑をビーツに作ってもらうか』と考え
「リムル、ちょっとビーツのところに行ってくる」と着替え始めた。
ビーツの鍛冶屋に着き
「ビーツ、居るか?」と呼んだ
「はい、エリトール様、何か打ちますか?」と訊かれて
「黒い甲冑が思っていたより目立ってしまってな、悪いが野戦用の白銀と金の縁取りで同じ物を作ってくれるか?一軍の将に見えるような物を頼む」
オサムは今後、戦がある時は大将か副将になるだろう。今回の戦闘でそうなるであろうことが想像された。
「普通の甲冑ですか?それとも・・・」ビーツが言う前に
「材料は用意した。シールドドラゴンの鱗、ゴォスの胸当て、クシャナの籠手、ダークオネスの楯、マインドブレイカーの法衣、他にも色々とある」
とマジックバッグから取り出して無造作にカウンターに置いて言うと
ビーツは初めは楽しげに見ていたが、途中で驚きに変わっていった。
「これは、ドラゴン類の角や鱗、ダークエンジェルの羽?ナーガの革にナイトメアの鬣、デモンの指輪とビヒーアの鱗?他にもまだまだ見たこともないものが。
伝説級の素材ばかりじゃないですか・・・こんなもの使ってもよろしいので?」と震えた
「これらはまだ屋敷にあるので足りないなら取りに来てくれ。」
オサムが何の感慨もなく言うと
「こんな素材が複数あると?エリトール様、貴方は一体何者なんですか?」
震える声でビーツはオサムに問うた
「ただの騎士だよ」と笑いながらオサムは答えた。
そう、自分はただの騎士だ。それ以上でもそれ以下でもない。少し他の者より強いだけの話である。
「あと、俺の従者の3人、奴達のハーフプレートと動きやすいフルプレートも頼む。普通の色がいい、あまり装飾は入れないでくれ」
「今回頼んでいるものは難しいものが多いのでこれを」どしゃっとボストンバッグのようなものをカウンターに置き
「銀貨3000枚だ、受け取れよ?ビーツ」と微笑んだ。
「要らないと言っても置いて行ってしまうんでしょう?わかりました、頂戴します」
ビーツはもうオサムの性格を知ったようだ。
「では頼む。出来たものから屋敷に届けてくれ」と行って店を出た。
オサムは屋敷に戻ることにした。風呂に入るのを忘れていたからだ。
オサムが屋敷に戻ると
「おかえりなさいませ、お館様。風呂の用意は出来ております」
ハロルドが待っていてくれた。
「そうか、ありがとう。リムルは?」とオサムが訊くと
「お館様の部屋の掃除をしております、お呼びしましょうか?」ハロルドは答えた。
「いや、いい。一度部屋へ戻る」そう言ってオサムは階段を上がっていった。
「リムル?居るか?」と言うと「ご主人様、お帰りになられたのですね?」
リムルが嬉しそうに近寄ってきた。
「お掃除が終わったところです。お風呂になさいますか?」
とリムルが言うと
「そうだね、話したいことがあるから一緒に入ろう」オサムが言うと
「はい。ご一緒します。1週間の疲れを落として下さい」
リムルは笑顔で返事をした。
「じゃあ、用意頼めるかな?」そう言うと
「もう用意してあります」さあ行きましょうとばかりにオサムの手を引っ張っていった。
「風呂に浸かるとやっぱり疲れが取れるな。リムル」
そう言うと
「私達も使わせていただいてますが、もう水浴びには戻れません、この心地よさは」
リムルが答えた。
「うん、それと話というのはな、リムル」少し黙って
「リムル・デル・エリトールになる気は無いかな?返事は今じゃなくても良いよ。
立場があるので側室になってしまうらしいけどね、侍女のままでは気を使ってしまう。きちんとした形で迎えたい」
リムルは驚いて
「そんな、私などを娶られるとエリトール様にご迷惑を掛けてしまいます」と慌てた。
しかしもうオサムは決めたことである、言い出すタイミングが欲しかったのだが、今回の戦闘はやはり心が削られた。
そういうときに安息をくれるのは常にリムルである。自分の立場を利用するのは気が引けていたが、リムルの本心も分かってきた。
「もう伯爵閣下もクリューズもロレーヌ様も知っていることだし、そろそろ、ね?」
オサムはリムルの性格を考え、一旦断られる覚悟はしていたが。
「孤独だった私に光を与えて下さったのはご主人様、エリトール様でした。
私は侍女としてお近くに居られるだけで幸せでした。これ以上無いくらいです。
前にクリューズ様達とのお話でご主人様の言葉が嬉しかったのを覚えています。
でも、夢だと自分に言い聞かせておりました・・・そんな事があるのかと・・・
お仕え出来るだけで良かったのです。」リムルは泣いていた。
「こんな、こんな幸せがあっても良いのでしょうか?エリトール様」
泣きじゃくるリムルの肩を抱いて「じゃあ、良いんだね?」とオサムは確認した。
「はい、はい・・・私などでよろしければ、生涯お仕え致します」
「お仕えじゃないでしょ?一緒に居ますでしょ?」オサムが言うと
「そうですね、申し訳ありません、泣いてる場合じゃないですよね」
リムルはこぼれ落ちる涙を拭いながら笑顔を見せた。
「挙式は出来ないけど、我慢してね?ドレスは用意するから」
オサムが言うと
「ドレスも要りません、誓いの祝福だけで十分です。身分不相応な扱いはご遠慮させて下さい」
リムルは涙を浮かべているが、幸福な笑顔だった。
オサムはそれだけで十分だと思った。リムルの幸せは自分の幸せだったのだから。
そのことを伯爵に言うと「んー・・・オサムには家柄の良い令嬢を考えていたのだが」
と言ったが「側室ならば良いだろう、司祭を呼んで祝福の儀式だけになるが」
「そのことは承知しております、リムルもドレスさえ要らぬと申しておりました」
「しかし、一生に一回のことなのでできるだけのことはしてやりたいと考えています」
オサムの出来ることはまだ少ない。だがやるべきことは分かっていた。
「あいわかった、用意をしよう。オサムはこの世界の儀式を知らぬであろう?
全てクリューズと我が家の家令か執事長に手配させる。エリトールの執事にも話は通す。
それで良いな?簡素な式典になるが構わぬな?」
伯爵はリムルとの婚姻を正式に認めてくれた。
「構いません、それでリムルが喜ぶのなら」オサムは質素な婚礼には文句はなかった。
しかし家柄の良い令嬢とは誰なのだろう?少し気になったがすぐに忘れてしまった。
数日の後クリューズと兵達が帰ってきた。
伯爵に報告後クリューズはエリトールの屋敷に乗り込んできたようだ。
自分の部屋で食事をしていたオサムがクリューズの顔を見て
「おう、終わったのか?早かったな」と言うと
「終ったも何もあるか、戦功第一の筆頭騎士がそそくさと帰りおって」
と文句を言われた。
想定内の言葉だったのでオサムは知らぬ顔を通した。
「とは言え、ガーミング伯は感謝していたぞ。戦場で見ていたらしいが。
あの黒い騎士は誰だ、と問い詰められた。エリトールだと言っておいたので、そのうち何らかの礼が届くだろう、覚悟しておけ」
クリューズは鼻息荒く不気味に笑った。
「なんの礼だよ、俺はムカついたんで斬りまくっただけだぜ?」
オサムは自分には関係ないと言いたげだった。それに今回のことはまだ飲み込めていない。
「敵の3割を斬り倒して飄々としている、そういうところだ。
お前は全く自分の価値をわかってない。宴席で”黒騎士”の名が出たが、ガーミング伯の騎士全員が恐怖で引きつっていたわ」
クリューズがそう言うと
「ふーん、まぁ良いんじゃね?これに懲りたら閣下の領地に入ってくる敵もいなくなるだろうし」
オサムは適当に答えた。
「お前は・・・」とクリューズが言いかけて、ふぅと息を吐いた
「まぁ良い、元々欲のない奴だったな、お前の関心はリムルだけか」
そうぼやいた。
「そうだが?何か悪いか?」とオサムに言われクリューズは呆れてしまった。
「では、報告は済ませたぞ、城に戻る」とクリューズは帰っていった。
「ん、じゃあまたな」とオサムは見送った。
これで今回の件は全て終わったことになる。オサムは本当の意味で一息つける。
「さて、風呂に入るか」食事が終わりリムルが食器を片付けている間に用意を済ませた。
「リムル、風呂行こうよ」
オサムは自分とリムルの寝間着、それにタオルを持っていた。
「ご主人様、そのようなこと私に命じてくだされば」
リムルはそう言ったが、既にニコニコしているオサムの顔を見て
「すぐ片付けますので、少しの間だけお待ちを」
と言い。
「エリス、エリスは居ますか?」とエリスを呼び、片付けさせた。
「ではご主人様、行きましょう」
そう言ってオサムが持っている荷物を受け取り階段を降りていった。
風呂上がり、ハロルドにクイード達の事を尋ねたが、
「今頃も城外で鍛錬をなされているはずです」と聞いて
「そうか、あいつらもやる気になってるな」と答えて自分の部屋へ戻った。
戦場で見せた強さが3人にやる気を出させたのだろうか?元々騎士の家に生まれた者達だ。兵士としての教育もされているのだろう、オサムとは考え方が違うのかもしれない。
次の朝、3人が帰ってきた。相当な修羅場をくぐって来たらしい、鎧や楯の傷がそれを物語っている。
剣士用とは言えビーツの作品で、レアアイテムも少しつぎ込んだ甲冑だ。それを傷だらけにするとは余程の荒修行をしてきたのだろう。
オサムは「クイード、タキトス、ハンビィ、こっちへ来い」と言いレベルを見た
クイード・ローレンダーク Lv51剣士
タキトス・シュルツ Lv50剣士
ハンビィ・ストワード Lv51剣士
「ほう、全員レベル50を超えたか、疲れてないなら鎧を脱いで私の部屋に来い」
と言われ、夜通し戦い正直疲れていたが、3人はオサムの部屋にやって来た。
「まぁ座れ」と3人に言いドアを開けて「リムルー?エリスー?紅茶を4つ持ってきてくれ」と頼んだ
「作らせたがもう使わん剣があってな、全てLv50の剣士のもので俺がデザインした。わかっていると思うが異形だ」
と5振りの剣を3人の前に並べた。
黄泉の刀 Lv50アタック 150剣士
グリュンスレイヤー Lv50アタック 155剣士
ファイアエッジ Lv50アタック 125剣士
バーンスレイヤー Lv50アタック 160剣士
ブラッドエイツ Lv50アタック 130剣士
「ファイアエッジとブラッドエイツは片手剣、それ以外は両手剣で全て魔剣になっている」
「あと、お前達用にマジックバッグも作らせている、戦いやすい形状の特注にした。出来次第受け取りに行ってもらうから覚えておいてくれ」
3人は1振りずつ手に取り鞘から抜いてじっと見ていった。
出された紅茶にもほとんど手を付けずに3人が話しながら付加スキルや形状の話をしていた
それを見ながらオサムは楽しげに紅茶を飲んでいた。
「それで、気に入ったものはあるか?」オサムが3人に尋ねると
クイードは「私は黄泉の刀かグリュンスレイヤーを」
ハンビィは「ファイアエッジかブラッドエイツを、片手剣が良いです」
タキトスは「バーンスレイヤーかグリュンスレイヤーです、付加スキルが私向きです」
オサムは
「では相談して決めるといい。5本とも持って降りてかまわん。レベルが上がればまた別の物を渡すので壊すつもりで使え」と言うと
3人は
「はい、ありがとうございます。」と大事そうに抱えて出て行こうとしたがオサムははっと気がついて止めた。
「言い忘れていたが、倉庫には俺が使ってた剣がかなりの数ある。剣士時代に購入したもので魔剣が多い、それも自由に使ってかまわん」
レベル30からオサムは魔剣ばかりを使っていたのだが、レベルに応じて買っていたのを思い出した。
ビーツの魔剣と比べれば弱い部類に入るが、有る物は使えばいいと言うオサムの判断だった。
3人は眠りもせずに早速出かけるようだったが、オサムは問題ないだろうと放っておくことにした。
過保護なやり方では成長しない。それは自分自身が一番わかっていることだった。
オサムはただ一人で高位の騎士にまで成ったのであるから、3人にもそれを期待していた。
そして、リムルとの幸福な日々を過ごす前に、オサムには必要な物があった。
シルバードラゴンとゴールドドラゴンの角と鱗である。
最高級の金属性素材であり、ミノタウロスの鎚でしか打つことが出来ない。
リムルのためにせめて最高の指輪を作ってやりたかったのだ。
国宝級の宝物で、世界にいくつも存在しない。王家が代々受け継ぐような代物だ。自分で作るしか無かった。
その為には今手持ちで最強の剣であるマールドライヴを使う必要があった。
騎士レベル80の武器である。オサムにはまだ使いこなせない。
その夜からまたオサムの戦いが始まった。
オサムは部屋に侍るリムルに向かって
「ちょっと欲しいものがあるんだけど、また1週間位冒険してくるよ」と言った。
リムルは
「まだお持ちじゃないものですか?危険な場所に行かれるのですね?」
不安を隠さなかった。
1週間ということはずっとダンジョンで過ごすことだとリムルは知っている。
そしてオサムがまだ持っていない程のものならば危険なモンスターと戦うことになるのだろう。
オサムはその不安を消すために
「今回はリジェネリターンの魔石を装備してるから、死ぬことはないよ?換金所に送還されるだけなんだ。かなりのレアアイテムなんで使わないで置いてたんだけどね。」
「そうなんですか?それなら安心ですね」とリムルは微笑んだ。
正直に言うとそれが何なのかはわからなかったが、死ぬことはない、と言う言葉で安心できた。
「じゃあ鎧を着るから手伝って?」
とオーガナイトの腕輪とグレイトジャイアントの指輪を装備した。
どちらもストレングスと最大HPを大幅に上げる効果を持つ。
『ちょっとしたチートアイテムだよなこれ』と考えながら鎧を着ていった。
腰に使い慣れたダークブレイブ、背中にマールドライヴを装備し、最強のシールドであるシャフルガードを持った。
現在持っている最強の装備でオサムは夜、城を出た。
目指すのは”アレシャルの塔”と呼ばれるライツェン国の最強ダンジョンである。
地上部分ももちろん強敵が出るのだが、地下深くは並の騎士程度では攻略できない。
オサムは70階層までは行ったことがあるが、それ以上は進めなかった。
目指すのは80階層以上になるだろう。
シルバードラゴンやゴールドドラゴンを見たという話は聞いたことがなかったが
居るのであればあの奥深くのはずだ。恐らく何日も中で過ごすことになるだろう。
オサムは装備だけではなくアイテムも最高のものを用意していた。
屋敷を出て、城外へ、そしてアレシャルの塔まで最短経路で向かった。
道中には強敵が出るが、オサムは興味が無かった。フィールドボス程度ならほぼ無傷で倒せる。
最強のボスでもリザードナイトかオーガナイトで、騎士が3人も居れば問題のない相手だ。
アレシャルの塔に到着した時にオサムは自分のステータスを見た、やはりまだ80にはなっていない。
塔の1階安全圏で一休みし、地下に潜っていった。
この地下はマッピングは必要なく、各階層にボスクラスのモンスターが控えているだけだ。
10階層ごとにワープポータルがあり、地上に出るのも苦労しないのは助かる。
地下1階に降りた時、先客が戦っていた。3人パーティーのようだ。ゴブリンナイトと戦っている。
部屋の反対側に階段があるので邪魔をしないように歩いてその階は素通りした。
地下2階に降りるとレイスの部屋だ。オサムは群がるスケルトンを片付け、レイスもあっさり倒した。
ハーピー、リザードナイト、ミルジャイアント、リッチー、ユニコーン等が10階層までに出るのだが今のオサムにはさして強い相手ではない。
このダンジョンは最初の間戦い続ける必要があるので一人で来る者はほぼ居ない。
だが、オサムはそれに慣れきってしまっている。困難とは考えていなかった。
連戦とはいえど地下40階くらいまではあまり苦労することはないだろう。
地下30階を抜けると途中にモンスターの居ない階層があるので休みながら降りていった。
しかしここでもドラゴンスパイダーやタートルドラゴン等のドラゴンの亜種やフェニックス、シャッター、ナイトウォーカー、マンティコア。
上級のパーティーでもかなり苦労する相手が出現する。
オサムは数千本という大量のポーションを用意しているためなんとか戦えるダンジョンである。
そしてブルードラゴンの出る40階からは少し気をつけて戦うようになっていた。
このあたりになると特殊攻撃をしてくる敵がやたらと増えてくる。
モルゴンやウォッチバンパイアのような不死系モンスターや、素材目当てでかなりの数を倒したヴァレス、精神攻撃を行ってくるマインドブレイカーやダークオネスはかなりの強敵だ。
その時点でオサムはもう丸2日ダンジョンの中に居た。そして自分のステータスを見るとレベルは80を超えていた。
ダークブレイブを腰の鞘に戻し、ようやくマールドライヴを背中から抜いた。
そこからは1戦ごとにHPがかなり削られる戦いが続く。
オサムといえども神経をすり減らす戦闘の連続だった。
70階に達し、ブラックドラゴンを倒した時は前のときほど苦労はしなかった。
どうやらここからは1階層ごとに安全地帯があるらしい。連続での戦闘が避けられるのはありがたい。
もう5日地上に出ていない。ここからは知らないモンスターが出てくるだろう。
ゆっくりとオサムは降りていった。
1回の戦闘に10分以上掛かるようになっていた。回復薬もこまめに使い常に自分のステータスを確認していた。
そして80階に到達した時ついにシルバードラゴンが出た。
目的のドラゴンの一つだ。だが、倒してもアイテムがドロップするとは限らない。数回倒す覚悟でポーションの確認を行わねばならなかった。
ドロップしない場合は晶石を特定の場所に放置しておけば30分程でリジェネレートする。
一旦上の安全な階層に戻り入念に準備した。
そしてまた降り、シルバードラゴンと対峙した。
マールドライヴの付加スキルにはキルドラグーンやアンチブレス等対ドラゴン用のスキルが有る。
剣士や騎士のスキルを駆使して30分以上の戦いの末、勝利し、幸運にも角、鱗、牙、爪を手に入れた。
ドラゴンの中にはアイテムドロップをほとんど行わない敵が居るため、シルバードラゴンはドロップ率が良いのだろう。
「ひとまず一つ」オサムはゆっくりと階段を降りると、モンスターの居ない安全階だった。
その後も進み続け丸1日掛けて89階まで降りた。90階を確認したが、目的のゴールドドラゴンが眠っていた。
オサムはその上の安全階で眠ることにした。
このゴールドドラゴンで目的を達成する。起きて全回復したオサムは90階層に降りた。
ドラゴンはオサムをじろりと睨み立ち上がった。
ここまで来るともう伝説のドラゴンである、見た者はほとんど居ないだろう。
パーティーで来たとしても全滅する可能性が高い場所であり、その中でもかなりの強敵に違いない。
オサムは剣を構えこの最後の一戦のために全力を尽くした。
流石にシルバードラゴン以上の強さである。一撃一撃が骨を砕くかのような重さがある。
防御してもダメージを食らってしまう。
ビーツの作った甲冑と剣でなければそもそも此処まで来れない。
そしてこの装備でなければ既に死んでいるはずだ。
「さすがに、違うな」とオサムはまた剣を構え全スキルを使いながら削っていった。
「コイツ防御力いくらあるんだ?固いな、HPもシルバードラゴンの倍近いな」もう何本回復薬を飲んだかわからない。
しかし、その激闘を制したのはオサムだった。
幸いゴールドドラゴンもドロップ率の高いモンスターのようで、シルバードラゴンと同じものが手に入った。
目的のアイテムは揃った。これで帰れる・・・と思った時。
『リジェネリターンで死に帰りもアリだな』と考え、更に下に降りていった。そこも安全階層だった。
少し休み、下へ降りた。
そこにはグレートデーモンが居た。戦ったことはないがステータスを見る限りシルバードラゴン程強くは無い。
「行けるな」と笑いオサムは戦闘を開始した。
やはりグレートデーモンとその下の階層のウィルドチャンクは70階層程度の強さだった。
簡単ではなかったが時間を掛けて倒し、フフスト、ハミアンもなんとか倒した。
マジックバッグの中はレアアイテムで一杯だ。晶石も異常に多い。
出発する前に新しく作ったグランパープルの中型バッグはヴァレスの革で作っていたので大きな晶石がいくらでも入った。
しかし98階層に降りた時、オサムは驚いた。空間が揺らめきオサム自身があらわれたのだ。
「これって、ドッペルゲンガーだよな・・・多分。厄介だぞ」と言いながら剣を合わせた。
やはり同じ強さだ、そっくりコピーされている。魔剣はさすがに完全にコピーされていないようだが強い。
「自分の弱点を突くしか無いな、くそ」と言い、オサムは考えた。
剣を交える度に自分の癖がわかってきた。
「剣のスキルは使えないようだな」とわかり「フィフスシャドウ!」と唱えた、途端に4人のオサムが新たに現れた。
5人の同時攻撃だが本体であるオサム自身以外は魔法で作られた幻のようなものだ。
しかし、任意に他の影と入れ替わって攻撃ができる、それを駆使しなんとか倒せた。
99階層はモンスターが居なかったので、オサムは武器やバッグを外して大の字で休んだ。
そしてついに100階層に降りた。そこは広大な空間になっており、明らかに最後の階だと分かる。
階段からその階のモンスターを見ると、見たこともない程巨大なドラゴンが居た。
ステータスはゴールドドラゴンの数倍、グレートドラゴンだった。
「コイツはやべぇな、勝てる気がしない」オサムは言ったが死に帰りで良いのだ。やってみる価値はある。
自分の強さの限界を量るにも丁度良い相手かもしれない。
オサムは自分のステータスを見た。すると知らない間にレベル98になっていた。
「ほぼ最強かよ・・・ボスばかり倒したし、ソロだからな、やってみるか」と100階層に降り立った。
巨大なドラゴンが翼を広げいきなりブレスを吐き出した
「くっいきなりかよ!」回復薬を飲み
「エンチャンテッドソード!キルドラグーン!フィフスシャドウ!ストラトブレイド!ダウンブレイク!アンチブレス!」
と一撃に全てを乗せて跳躍し、巨大なドラゴンに攻撃を仕掛けた。
「ザクッ!」と音がしてドラゴンの首から血が吹き出た。
部屋に響き渡る声を吐き、爪で攻撃してきた。体中がきしみ、壁に打ち付けられた。
巨大すぎて頭や胸等の急所に剣が届かない。スキルで戦うしか無かった。
「くっそ、マジかよ無理ゲーじゃねえか、そもそもパーティーで来るべきダンジョンだしな・・・」
オサムは起き上がり、全身の激しい痛みをこらえて回復薬を平らげた。
「これで最後かよ・・・」とドラゴンを見ると今度は尾を振り攻撃してきた。
一撃でかなりのHPが削られる。更に攻撃を受けると1万以上あるHPがみるみる減っていく。
オサムは更にブレスを受け、攻撃を受けながらも戦ったが、動けなくなった。
『あと1撃喰らえば終わるな・・・』と考えている途中でブレスが目の前を包んだ。
『まぁいいか、アイテムは集まったし・・・』遠くなっていく意識の中リムルの顔が頭に浮かんだ。




