14話 安息と練兵、そして黒騎士の戦
オサムは久しぶりに野営、徹夜をせずにベッドで目覚めた。
自分以外は既に起きており、各自が自分の仕事を行っていた。
屋敷に越してから2ヶ月程度が経っていたが、未だにオサムは主たる者の在り様がわからないままだった。
小さいながらも11人の生活を預かる身である。いきなり家族が増えたかのような錯覚に陥っていた。
執事のハロルドが指示を行い、カッシュが料理を作り、ユゼムが手伝っている。
アリエルとミランダは掃除を始め、ケンテルは馬係として従者のクイード、タキトス、ハンビィ、と共に馬の世話をしていた。
伯爵や子爵は馬車を持っているのだが、オサムは使わないから、と渋っていた。
すると伯爵が新しい馬車を作ったからとオサムに押し付けてきた。
「エリトールであるなら移動は馬車で行え」と言うことだったが、未だに使ったことはない。
リムルはエリスに侍女の作法を教えていた。
「まだ我が家は出来上がっただけで仕上がっているわけではないな」
騒がしくはないが、生きている屋敷の中の音を聞きながらオサムは呟いた。
その時、ドアがノックされた。
「誰かな?どうした、入っていいぞ」と言うと
「おはようございます、ご主人様」とエリスが入ってきた。
それを見て
「リムルは?」と訊いたが
「リムル様は今ハロルド様と共に指示をしております。私は言い付かって朝食のお知らせに参りました」
やはりまだぎこちない。14才らしいが、年齢の割には良く出来ている方だろう。
「そうか、では着替えを手伝ってくれ、エリス」
とベッドから起き出し、クローゼットを開けた。
「わかりました、今日はどのお召し物を?」
とエリスはクローゼットの中の服を見ながらオサムに尋ねた
「そうだな、今日は黒で頼む」オサムは防刃ベストを選んだ。
もう必要はないのだが、気持ちを戦闘モードへと持っていくためにオサムは戦いの衣装として決めていた。
これですか、ということは昼からお出かけに?
「そうだね、クイードとタキトス、ハンビィを連れて鍛えに行く」
奴らももう少し鍛えておかないと、とオサムは考えていた。
着替えが終わり、時計を見ると10時前だった。
『久しぶりにゆっくり眠れたな、いつも外だったし当たり前か』そう考え
「朝食の時間だね、行こうか」とエリスに言った
2階にある宴室兼食事室に向かうと、既に皆が揃っていた。
オサムが椅子に腰を掛けると、皆が座り。最後にハロルドが座った。
一応屋敷内では無礼講と言っているのだが、皆マンセル子爵邸で教育された者達である、やはり主であるオサムを立ててくれていた。
オサムは
「この二月位か、皆とは食事でしか顔を合わさなかったが、本日より夜は屋敷に居るつもりだ」
「ハロルドに任せきりだったが、言いたいことがあればこの場でもいつでも言ってくれ」
と皆に言い、食事を始めた。
静かな食事はオサムには落ち着かない。食べながら喋るなとロレーヌに言われたがオサムは話しながら食事がしたかった。
「皆静かに食事をするのがマナーだとはわかるけど、何か話してくれよ、俺は冒険の事しか話せないけどさ」
砕けた言い方だが、これがオサムの合図になっていた。
ハロルドがナイフとフォークをカチャリと置き
「そうですね、では私から。お館様のご厚情にはいつも感謝しております。私共下々の者に過分のお気遣い、我々は幸福だと思っております」
と、やはりオサムには固かった。
「そうじゃなくて、なんか文句とか無い?ずっと留守にしてたりで不満とかあれば言って欲しいんだけどな」
オサムはそう言うが、モンスター狩りで稼いできた銀貨で調度品や衣服、食事など考えられる最高のものを与えていた。
毎月の手当ても、従者である3人には物で渡しているが、他の召使達には通常の3倍は渡している。文句など言いようがなかった。
だが話せと言われて黙っているわけにはいかないのだろう。ハンビィが口を開いた。
「御主人様の様に強くなるために日々鍛えているのですが、我々にご教授頂ければ嬉しく存じます」
それにクイードとタキトスも頷いた。
オサムは
「そうそう、そういうこと。要望ね?あ、今日3人に話があるから後で聞いてね」と喜んだ。
しかしそれ以上は話が弾まなかったので、食後のティータイムで話すことにした。
食事が終わり、アリエルとミランダが食器を片付け、紅茶を淹れて皆の前に置いていった。
ただし、オサムの分だけはリムルが用意した。
リムルはオサムの好みを知り尽くしているため、オサムの飲み物はリムルが用意する。
「さて、くつろごっか。皆何か無い?」と言うと。
料理人のカッシュが
「お館様のレシピをもっと教えていただきたく思っております。多くを知りもっと良い料理を」
と言った。
「それに関しては今後時間があるので様々な物を教えるよ。あと500は知っている。けど材料とかも知らないといけないんで待っててね?」
オサムのその言葉に皆がざわついた。
「今でさえ、伯爵閣下やマンセル子爵様の料理人がレシピを聞きに来ているのに、ご主人様には驚かされます。私は幸福な料理人だと考えて居ります」
カッシュはユゼムと共に城やマンセル子爵邸にも出入りしていた。料理を教えに行くのである。
オサムは
「皆、この屋敷では気を張らずにゆったりすればいいんだぞ。俺は庶民の出だし、閣下のご厚情により騎士となったんでね。
筆頭騎士家とは言っても、俺の中身はアキバ・オサムのままだからね」と言った
「しかし、既に閣下の騎士、いやこのライツェン王国でも筆頭の騎士でありましょう。
クイードがそう言うとタキトスとハンビィも同意した。
オサムは
「それだ、さっきも言ったけど俺の従者としてクイード達にはもっと強くなってもらう。今日は昼から夕刻まで俺が直々に鍛錬する。良いな?」
と3名に言うと
「ありがとうございます、ご主人様のご期待に必ずや応えてみせます」
と嬉しそうに言った。その目は尊敬の眼差しであった。
「俺の余っている剣があるのでレベルが上がればそれを渡そう。強くならないと使いこなせないぞ?」
「ご主人様の剣を!?ますますやる気が出てきました、励みます」とクイードが言った
召使いのアリエルは
「ご主人様の優しさに甘えること無く仕事をせねばと私達は考えて居ります」
と言い「ハロルド様やリムル様にお聞きしながらですが」そう続けた。
「皆それだけ?俺に言いたいことがあればいつでも聞くので遠慮なく話してくれていいよ。それじゃ皆仕事に戻ろっか」
「それと、クイード、タキトス、ハンビィは昼までに装備を整えておけ。城外のゴブリンを片付けに行く」
とオサムが言って、その日の朝食は終わった。
オサムはリムルを連れて自分の部屋へと戻った。
「紅茶を淹れてくれるかな?リムル。クリューズとロレーヌ様の鎧と剣をデザインするんだ」
とオサムが言うと、すぐにリムルは紅茶を持って来てオサムの机に置いた。
「他には何か必要ですか?ご主人様」とリムルに言われて、オサムは
「リムルが居てくれればいい」とだけ答え「近くに座ってて?」と続けた。
リムルは
「わかりました」と答え、オサムの近くに座っていた。
オサムはサラサラとイラストを書き、説明文も入れていった。
紅茶を飲みながら「こんな感じかな?ロレーヌ様の鎧と楯は流石に難しいな、装飾を女性らしくしたいし」と独り言を言いながら描いていた。
リムルはその姿を見ながらゆっくりと過ぎていく時間に幸せを感じていた。
昼になり、オサムが描き終わろうとしていた頃に従者の3人が部屋へやってきた。
「コンコン」とノックされ、リムルが扉を開けると3人はオサムがビーツに作らせた黒い軽装甲冑を装備し、それぞれの剣を腰や背中に佩いていた。
「ご主人様、クイード様たちが来られました」リムルが言うと
「そうか、とりあえず部屋に入れてくれ、もう少しで説明文も書き上がる」と返事した。
しばらくしてデザインしたノートを持ちながら書斎から3人の待つ応接間へ出ていった。
「準備は万全だな?」と訊き、返事を待たずに
「リムル、甲冑に着替える。手伝ってくれ。」とリムルをクローゼットに連れて行った。
「さて、行くとするか」とビーツの4作目の鎧を着て、剣はダークブレイブを腰に、ジャフルダガーを胸に、ホーリーブレイドとカイトシールドを背中に装備した。
「いきなりだが、ダンジョンに潜るぞ」とオサムが言うと3人は驚いたが
「わかりました」と答えた。
途中でビーツの鍛冶屋に寄りクリューズとロレーヌから頼まれていた品を注文した。
「これを使ってくれ、指示書に書いてある」”シールドガーディアンの肩鎧”と”鎧の魔法石”や”オーガナイトの腕輪”など多くの材料アイテムを渡した。
「あと、前に作ってもらった軽いフルプレートをこの3名に。黒で頼む。サイズはわかるな?」と注文した。
4人は城門を抜け、オサムはフィールドに出てくるゴブリンを3人で片付けさせていった。
夜に出現するよりもかなり数が少ない。これならば3人でも問題無く倒せるだろう。
数十匹を倒した時に、ゴブリンナイトが現れた
「倒せるか?」と3人に訊いたが「大丈夫です」と言って向かっていった。
回りのゴブリンを倒し、ゴブリンナイトを3人で囲んで戦っていたが連携が取れていない。
「力ずくで倒すのではなく連携して攻撃せよ、後ろからの攻撃に備えて互いの背後を見つつだ。そのうち一人で倒せるようになる」オサムが指導した。
ちょっと前までキーボードを打っていた男とはとても思えない、近隣最強の冒険者に変貌していた。
そして4人は”ゴブリンキングの洞窟”と呼ばれる洞窟に入った。
城の近くではさして強くはないが、初級者向けではないダンジョンだ。
「3人共これを付けておけ。」とナイトウォーカーの目で作られたペンダントを渡した。
「暗闇でもだいぶ見えるので、この洞窟なら昼間と同じように見えるだろう。」とオサムは言った。
この冒険でだいぶレベルが上がるだろう。とオサムは思った。
地上階ではゴブリンやホブゴブリンが少数出てくるだけだが、2層目3層目と潜るに連れ敵の強さが増す。
幸いモブを連れて現れるような中ボスは出てこないので、気をつけてさえ居れば危険ではない。
先頭を3人に任せて、危険そうな時はオサムが出て片付けた。
6層目まではなんとか危な気無く進めたが
『流石に7層目の奥に居るゴブリンキングを倒すのは無理だろう』
オサムはそう考えた。
6層目と7層目ではモンスターの強さが一気に変わる。
通常の徘徊モンスターがゴブリンナイトやゴブリンアーチャー等他の初級ダンジョンのボスクラスになる。
しかし7層目を見せておくべきと判断し、オサム達は降りた。
「ここはゴブリンナイトとゴブリンアーチャーが複数出る、注意しながら進めよ」
オサムを先頭にして4人はゆっくりと進んでいった。
「オイ、ゴブリンナイトとアーチャーが中にいる、片付けてこい」
部屋になっている場所に3人を入らせた。
さすがに遠距離攻撃と近接攻撃の連携に苦戦しているようだがなんとか倒せた。
その間に部屋の入口に居座って、オサムは3匹のゴブリンナイトを一撃で倒していた。
そこからはオサムが先頭でボスのゴブリンキングの部屋まで最短距離、最速で進んだ。
扉の開け放たれた通路の前に来てオサムが
「この奥がボスの部屋だ。通路が10メルト位あるが、そこにはモンスターは居ない、進むぞ」
そう言って剣を構えずに進んでいった。
「この部屋だ、ゴブリンキングはゴブリンナイトとは強さの桁が違う。お前達にゴブリンナイト2匹を渡す、この部屋の入口で片付けておけ」
そう言うと、オサムは10体のゴブリンナイトと巨大なゴブリンキングに斬り込んでいった
「そら、二匹そちらに送るぞ」と向かってくるゴブリンナイトを躱し、3人に向かわせた。
オサムは軽々とゴブリンナイトを倒しきり、ゴブリンキング1匹にした
「お前達は来るな、出口を守って俺の戦いを見ておけ。晶石を拾うのも忘れるな」と指示し
ゴブリンキングの強烈な一撃をひらりと躱した。その一撃で部屋が揺れた。
オサムは揺らめくような剣撃でゴブリンキングを翻弄した。
「ダウンブレイク!」敵を一閃した。ゴブリンキングは地面に押し付けられ動きが遅くなった。
オサムはウィンドソードを連発して敵を切り刻んだ。
剣を振り上げ「闇の剣撃!」と唱えると宙に刃が飛んだ様に見え敵に大ダメージを与える。
実際は超高速でオサムが斬撃を放っていたのだ。
その後、敵は崩れ落ち、晶石とゴブリンキングの大鎚がドロップした。
「初めてだな、ゴブリンキングのレアドロップは大鎚か」オサムが淡々と呟いた。
グランパープルの革袋に晶石を入れ、ゴブリンキングの大槌はマジックバッグに入れた。
「あ、そうか、お前達にもマジックバッグとグランパープルのマジックポーチが要るな」
とオサムが言うと
「マジックバッグですか?確かかなり高価なものだったはずですが」
ハンビィが答えた。
「えーとな、マジックバッグってのはレアアイテムのヴァレスの革で作られた中型のウエストバッグでな、そこまではわかるか?」
返事は聞かずにオサムは続けて
「ヴァレスは空間を操るモンスターで、自分の分身を作り攻撃してくる。その能力を利用しているからバッグの中の空間はその大きさと比べてかなり大きい」
「高価なマジックアイテムだからな、持っている者は多くない。が、俺はヴァレスの革をかなり持っているから作らせよう」
オサムは帰り際にクライアンのアイテム店に寄ることにした。
「よし、今日はこのくらいで良いだろう。戦いを見る限り3人でならこの6階層まで降りても良い」
オサムは3人に言った
「しかし1人で来るなら3層目までだ。覚えておくように。あとナイトウォーカーの目はそれぞれが持っておけ」
と3人に言うと
「わかりました」と答えた。
クイードやタキトスはともかく博学であるハンビィもわけがわかっていないようだった。
「さて、皆近くへ来い、回復する」
オサムはホーリーブレイドを抜きエリアヒールを使った。
1分ほどで全員のHPが全回復し、エリアヒールは消えた。
帰り道は3人を前に押し立て戦わせながら洞窟を出た。
「クライアンのマジックアイテムの店に寄ってから屋敷に戻る。城門までのフィールドモンスターは任せたぞ」
と、オサムは武器を仕舞い3人の後を歩き出した。
街に帰ってくると
「まずはクライアンの店に行く、着いてこい」と3人を連れて行って
「この3人のマジックバッグと晶石用のマジックバッグ、ポーチか、作ってくれ。革は渡している分で足りるか?」
クライアンに訊くと、問題ないと返答された。
「場所はわかったな?では先に帰っていてくれ、晶石の換金は忘れないように」
そしてオサムはビーツの鍛冶屋へ向かった
「ビーツ!ちょっといいか」と呼び
奥から出てきたビーツに”ゴブリンキングの大槌を渡した
「俺のレイピアとロレーヌ様の剣に使ってくれ」
そう言って店を出た。
オサムが歩いていると皆がこちらを見てヒソヒソと話している。
それは無視して換金所へと向かった。
「ゴブリンナイトとゴブリンキングの晶石ですね?銀貨1300枚になります」
と言われたので「換金してくれ」とオサムは答えた。
換金所に集まっている冒険者達が
「ゴブリンキングだってよ」
「さっきの3人じゃない本物だな」
「黒騎士だ、昼間から冒険しているところを初めて見た」
「すげぇ、初めて声を聞いた」等と言っているようだった
オサムは屋敷に戻り少し休むことにした。
屋敷に入るとハロルドが
「おかえりなさいませ、お館様」と迎えてくれた。
『やっぱ慣れないなぁこの扱いは。こないだまで使われる側だったし』
と考えたが、しようがない。こっちの世界のほうが楽しい。
「リムルー」
と呼ぶと、調理室から出てきた。
「えっとね、ちょっと疲れた」オサムがそう言うだけで
「わかりました、お部屋へ参りましょう」と階段を上がっていった。
オサムは自分の部屋へ戻り、リムルの手伝いで鎧を脱いだ。
そして寝間着に着替えベッドに寝転び
「リムル」と呼んだが、リムルはドアを開けてエリスを呼んだ
エリスが来ると
「今からご主人様が眠るから、ドアは開けないように、ハロルド様にも言っておいて」と伝えた
その様子を見ていて
「リムルは賢いな、これでゆっくり出来る」オサムが言うと
「そうですか?私はご主人様と二人で居たいだけですよ」と答えた。
オサムは
「んー・・・」と言ってリムルを抱きしめ髪留めを外して頭を撫でた。
「落ち着くなぁ、リムル。俺本当はこうやってゴロゴロしてたいんだ」
オサムが言うと
「そんな方が毎晩毎晩危険なダンジョンに行きますか?」と笑った
「んとね、それは、クリューズに負けたくなかったからね」とオサムも笑った
リムルは
「そのために王国で一番強い騎士様にですか?」
たくましくなったオサムの体を抱きしめ
「こんなに無茶なさって、しばらくは冒険をおやすみなさるんですよね?」
リムルが訊いてきたが
「あの3人が一人前になるまでは何度か付いて行くと思うけど、一人じゃ行かないよ?」
とリムルに答えた。
「今日わかったんだけど、俺の黒い装備は知られすぎてるみたいなんだよね、だからしばらく行かない」
実際に黒騎士という名が独り歩きしているように思われてオサムは困惑していた。
「もう良いかな?リムルも寝間着に着替えておいでよ。一緒に寝よう、昼寝だ」
そう言ってリムルに着替えさせ、二人は眠った。
侍女長であるリムルを独占すると屋敷の業務に支障が出るかと思ったが、そうではないようだ。
リムルはしっかりとエリスを教育していた。
2時間ほどの仮眠の後、オサムは起きた。
夕食の時間なのでリムルを着替えさせ、自分も平服に着替えて食堂の広間へ入った。
オサムを待っている様子はなかったが、夕食の準備で皆が忙しく働いていた。
その日は夕食の後書斎に籠もり、リムルを隣に置いてこの世界の本を読むことにした。
未だオサムはこの世界のことをあまり知らない。高価な図書を数百冊書い、書斎に並べていた。
次の日、オサムが朝食前に起きると、珍しくクリューズが朝からやって来た。
オサムが
「どうした?」と訊くと
「どうやら戦になるらしい、ガーミング伯爵から知らせが届いた。相手は隣国のグリオン王国。
ガーミング伯爵は閣下と同じ辺境伯で閣下とは従兄弟にあたる。鉄鉱石の取れる領地を狙っているようだ。」と答えた
「あと伯爵領の3つの村が襲われ男は皆殺し、女は襲われた」
クリューズは怒りの形相をあらわにした。
オサムは
「それで、援軍を送るんだな?どのくらいだ?」と訊いた
クリューズは
「およそ1000だな、半分以上が傭兵になるが」
オサムは
「そうか、俺には初めての戦になるが・・・その軍に加わろう」
対人戦闘、つまり戦争行為は初めてだが、オサムの腹は決まっている。
クリューズを将軍とする軍が編成された。騎士とその従者が約300、剣士が約200、傭兵が500と少しという編成だった。
「では、出発する!」クリューズが号令すると一斉に動き始めた。
ガーミング伯爵領の目的地は普通の徒歩で1週間程度だ。
まだ睨み合いの状態だというが、いつ戦端が開いても不思議ではない。
クリューズは強行軍での移動で4日で移動すると決めていた。
街道沿いにはモンスターは殆ど出ないため、大して問題はない。
「オサム、お前は戦をしたことがないだろう?モンスターを斬るのと人を斬るのとは違う。私は初めて人を斬った時は混乱してしまった。大丈夫か?」
クリューズがそう言ったが、
オサムはこの世界を理解した時から既に心の準備はしていた。
「モンスターだろうが人だろうが、敵は敵だ、斬り尽くしてやる。任せろ」
村が3つ襲われたと聞いた時からオサムは静かに怒り狂っていた。
恐らく誰にも止められないだろう。
最強の装備でオサムは準備を整えていた。
辿り着いたときには戦闘が始まっていたようだった。
敵か味方かわからないが兵の死体が何十人も転がっていた。
オサムはそれを見て恐怖ではなく激昂した。
力で征服するというのはこういうことか、と。
今までに聞いていた話がオサムの中で一気に怒りとして吹き出した。
クリューズが
「全軍突撃!敵軍の横から討ち取れ!」と命令を下すと
「うぉぉぉぉぉー!」という声と共に敵軍の横腹に攻撃が始まった。
敵方のグリオン兵は不意の攻撃に混乱しているようだった。
オサムは騎乗しての訓練も行っていたため、騎馬部隊の先頭に立っていた。
大金をはたいて買った最高の駿馬だ。他の馬よりも一回り大きい。
「ウジムシ共が、罪もない村を襲いやがって!」と敵に駆け寄り剣を抜き敵の中に突っ込んだ。
途端に血しぶきが吹き上がり鎧ごと真っ二つにされた敵兵が転がってゆく。
オサムの魔剣の剣撃は楯では防ぎようが無かった。
楯で受け止めようと、それを叩き斬り、為す術無く敵は死んでいった。
『あの夜と同じだ、俺は今憤怒の中にある。狂気と言っても良いかも知れん』と考えながら敵陣の中を駆け抜けていった。
まさに鬼神の如き戦いでオサムの通ったあとには死体が転がっているだけだった。
「うらぁ!」と雑兵も騎士も歩兵も関係なく斬って斬って斬りまくった。
プレートアーマーを布のように切り裂く黒い騎士に相手は恐れを抱き統率が取れていない。
「大将はどこだぁ!」と後方の敵もメッタ斬りにし、10分もすると敵兵は退却していた。
「待てぇ逃げるな!」と追いかけて藁束でも斬るように一騎駆けで追いつき、剣を振るい敵を薙いで行く。
クリューズの援軍とガーミング伯の軍が一気に襲いかかり、ついには敵は数十騎を残すのみで殆どが地面に転がっていた。
それでもオサムは敵を追い、斬る事をやめない。
クリューズがオサムに追いつき
「もう良い、十分だ」と引き止めたが
「うるせぇ!」とオサムは逃げる敵を斬っていった。
もう敵の姿が見えなくなり、オサムも一騎になっていたので道を引き返していった。
陣地に帰る途中敵兵の屍がそこかしこに転がっていたが、気にしなかった。
”罪のない村人を殺した殺人鬼”それはオサムにとってはモンスター以下の存在だ。
クリューズが陣地に戻っていたので近づき
「十数騎逃した、全滅させられなかった、クソ!」と血まみれになった鎧を見て
「勝ったか?」とクリューズに訊いた。
クリューズは味方とはいえオサムを見て冷や汗をかきながら
「ああ、完勝だ。こちらの被害は殆ど無い。死者は出ていないな、怪我人が二十数人」と答えた。
クリューズに向かい騎乗する漆黒の騎士を味方が見て声もなくただ静かな時間が流れていた。
殆どがオサムに恐怖を抱いていた。たった一騎で400以上の敵を切り伏せその鎧には傷一つ無い。
その異常な強さに敵だけでなく味方にすらも恐れられたのである。
「黒騎士」と誰かが言った。その声はオサムには届かず、兜のシールドを上げ、オサムは一息ついた。
「終わったのか?」クリューズにまた尋ね
クリューズは「ああ、終わった。」と返事をした。
するとオサムは
「クイード!タキトス!ハンビィ!どこだ!」と叫ぶと
黒い鎧の3騎が近寄ってきた。
「馬を見ておいてくれ」と一言言い、自分が斬った敵兵を見て蹴り飛ばした。
「おい、もう良いだろう、それくらいにしておけ」
とクリューズがなだめるように言った。
オサムは
「そうだな、終わったならもういい」腰のマジックバッグから水筒を取り出しゴクゴクと飲んで近くの岩に座った。
その日から”黒騎士エリトール”の名は絶対的なものに変わった。




