1話 終わりから
誰でも時々あるのかわからないが
『あ、これ終わったな』って思う事がある?
秋葉オサムの今の状況が正にそれだった。
一般の馬鹿共が”自分探しの旅”と呼んでいる、いわゆるバカンスだ。
そもそも旅と旅行は分けて考えなくっちゃダメだ。
”行くあてのない”や”過酷な”とかが付くか付かないかとか考えてみると分かるだろう。
行くあてのない旅行。過酷な旅行。そんなものはありえない。
ただそれだけの話しなのだが。
オサムは1年間程を派遣エンジニアとして働いて、狭い世界で毎日同じことをしながら生きるのが嫌になった。
なので世界を回った後、南の島に行って好きなことをしながら暮らす。要するに目的は持っていなかった。
いろいろな場所を知った後、腰を落ち着かせられる場所で生きればいい。
日本は安全で便利だが、退屈でやることがなさすぎる。
行きていることを日々感じていられる場所、そんな居所を探そうと考えていた。
そんな希望に満ちたオサムの人生は
飛行機のエンジンと共に突然終わった。
外をぼうっと眺めていると、突然エンジンから煙が出て
しばらくすると、火を吹いた
「うわ!」オサムが驚くと他の客も見ていたのか気がついたのか
「エンジンから火が出てるぞ!」
「右も左もだ!!」
「太平洋の真上だぞ?ヤッベー!」
「きゃああああああああ!」
等々阿鼻叫喚の嵐が機内に吹き荒れた。
誰も彼もがパニック状態になりながらも一人背もたれに深くもたれかかった。
酸素マスクが落ちてきたがオサムは無視して窓の外を眺め続けていた。
人間死ぬ時は死ぬ。両親を早くに失ったオサムはそれを実感として持っている。
生きているのは死んでいない事と同義ではなく、成せることを有するということだ。
この場合はもう、無い。
『日本人の乗客ばっかりなんだな』などと考えながら
「騒いだところで何も変わらないのになあ」
そう独り言をした。
近くでは遺書か何かだろう、書き始めた人も居る。
機長の技術が高ければ、いや、運が良ければ海面に着水して助かるかもしれない。
しかし、確率で考えればかなり低いだろう。
『あーあ、俺の人生これで終わりか、思ってたより短かったな』
オサムは慌てず騒がず窓の外で火を噴くエンジンを見ていると
「あ、落ちた」
エンジンが機体から外れ落ちていった。
「落ちるか?ありえねー、飛行機って安全なんじゃなかったのかよ」
極めて沈着冷静に物事を考える癖のあるオサムはその後どうなるかを考えてシートベルトを締めた。
機長が頑張ってコントロールしているのか、暫くの間は滑空状態とでもいう飛行を続けていたが、翼が折れかかっているので長くは保たないだろう。
『しかし、せっかく貯めたのに使うこともなく働いただけか』そう考え
キャビンアテンダントが走り回る中
「あの~これで最後だろうしなんか食い物と飲み物もらえます?」
すっとんきょうな注文をした。
やはりと言うべきか、飛行機は墜落状態に移行し、錐揉み回転をしながら太平洋の海へとほぼ直角に落ちていった。
上空数千メートルからの自由落下。
オサムの見ていた飛行機の翼は中ほどから千切れ飛び、その後、海面に激突した。
その後の事は全く覚えていない。死ぬとはそういうことである。
しかし、この終わりから物語は始まることになる。
「異世界の者よ、私に代わるべき者よ、世界を旅せよ。その目を開き全てを見よ。定めを受け入れよ」
「ん・・・助かったのかな?」
荒屋というべきか倉庫と呼ぶべきか、そんな場所でオサムは目が覚めた。
自慢ではないがオサムは順応性が高い。
派遣会社でも適当に手を抜きながら要領良く仕事をこなして高給をもらっていた。
そんなオサムでもこの状況には戸惑った。
まずはしっかりと現在状況の確認をしなければならない。
飛行機が墜落したのは事実であり、海の上だったはずだ。
しかし、ここは陸地なのでどこかの島に流れ着いた可能性もある。
現地の漁師か誰かが救出してくれたと仮定すると、太平洋のどこかの島だろう。
次に確認するのは自分自身についてである。
建物の中を見回すと、壁板の間から光が漏れて中は明るくないが暗くもないので周りがよく見える。
手荷物を探してみると、持っていたリュックが木箱の上に有った。
衣服は・・・「これ、貫頭衣ってやつじゃねーか?」
確か縄文時代か弥生時代の服がこんな布1枚の衣服だったはずだ。
キョロキョロと辺りを見回すと、もう一つのボロボロの木箱の上にきちんと畳まれて、自分の服が置かれていた。
しかしどう見てもその服は損傷が激しく、とてもではないが事故から生還した人間のそれではない。
誰のものかは分からないが血の跡も付いている。
自分の体を確認したがどこにも怪我らしきものはない。
服の損傷具合を考えると状況が一致しない、これは何かが起きている。
理由は分からないが。
オサムは布1枚の服装に心細さを感じた。
貫頭衣だけよりはマシか、とシャツやTシャツは諦めてジーンズだけは穿こうとしたその時
”ズシャリ”と音がして誰かが入ってきた。
逆光でシルエットしかわからない。ただ、その形で甲冑らしきものを装備しているのはわかる。
しかし、何故そんな時代がかった物を着ているのだろうか?
漁師なら軽装で十分だし、そもそも今の時代にそんなものはコスプレ以外に考えられない。
オサムが考えていると
「なんだ、もう起きたのか」
それは明らかに女性の声だった。
絵画か何かで見たことがあったのだが、天使が甲冑を付けていたのを思い出した。
えーと、ここは天国?それにしては想像とかなり違う。
「さて、起きたのなら説明してもらおう」
いきなりその人間か天使かが近づいてきて、短刀を首に押し当てられた。
兜をかぶっているため顔がよく見えない。
背中に翼も無いようだ。
「なんだなんだ?説明?俺がしてほしいよ」
暴れるわけにもいかず、上ずった声で尋ねた。
『俺、こんな声出せるんだ』全く関係ないことを考えた。
「説明してもらおう、お前は誰で何をしに来た」
今度は腰の剣を抜いて、額に突きつけられた。
オサムもさすがに訳が分からず
「いやいやいやいやいやいやいやいや、だーかーらー、ここはどこ?貴方は誰?」
こんな言葉をアニメやドラマ、映画以外で言う奴が居るのか?という言葉を実際に使うのを初めて見たのが自分自身だった。
「なんだ?言葉が通じないのか?」ぐいっと剣を押し付けられた。
すると、プツっと音がして額に痛みが走り、そこを押さえてみると手には血がついていた。
『あ、痛いし血も出てる。これ夢じゃないかもな』
オサムは瞬時に考え、これを現実として受け入れた上で話しを進めることにした。
「え~とですね、何から話しましょう?隠し事はしません、答えられることには全て答えます」
「なのでその剣をしまってくれませんか?考えがまとまりませんよ、これじゃ」
ただでさえ常人ならパニックになっている状況である、剣を押し付けられて考えられるわけがない。
それを伝えると、その人物は
「そうなのか?」と一言言って剣をスルリと鞘に収めた。
まず考えられることを整理しなければならない。
一番現実らしいのは幸運にも助けられて、どこかの島につれてこられたということだ。
次に考えられるのは、現実離れしているが、死んで天国か地獄に居るということ。
しかしこれは考えにくい。
その次になると、もう候補はなくなる。ただの夢なのだろう。痛覚はあるのだが。
人生50年下天の内を比ぶれば夢幻の如くなり。
意味は違うが、夢か幻であって欲しいとオサムは強く願った。
両手を腰の後ろについて半ばのけぞっている状態のオサムに対し
「装備を見たところ軽装だったな、旅人か間者か、武器は失ったのか?」
その女性らしき人物は訊いてきた。
『いやいやいやいや、なにこれ?間者ってスパイのことか?いつの時代だ?』
それは口に出さず
「えーと俺の名前は秋葉オサム、19歳、もうすぐ20歳です。なぜここにいるのかは全くわかりません」
それがオサムの事実の全てだった。
すると
「こんな辺境の危険な場所にたった一人で武器も持たず来る奴が居るか!白状せよ!」
また剣を抜かれた。
『これはマズい状況だな、この人もコスプレじゃ無さそうだし』
オサムは少しの時間、恐らく瞬間だろう、考えをまとめた。
「質問があります!」
現実をどう認識するべきか確かめたいことがある。
「何だ?質問だと?間者ごときに何の情報も教えられんぞ、それで?」
そして、今度は胸に剣先を押し付けられた。
先程から脅されてばかりで既にオサムは慣れてしまっていたので頭はよく回る。
「え~とですね」
『刺激するなよ、礼儀正しくだ』
何かと間違われているなら殺されてしまう可能性がある。まずは自分の知らない事を聞き出すべきだ、とオサムは考えた。
「えーと、俺、どこで倒れてました?ひどい目にあって気を失ってたんだと思うんですけど」
とにかく状況の把握、それを最優先すべきだ。
「この小屋からすぐ近くだ。我が軍の駐屯地の外れにお前が居た。闇に紛れて近づいたとは思えんが、グリオンの手先か?」
剣を押し付けながら答えられた。
軍の駐屯所に突然?どういうことかわからない。
「他には誰か?もしくは何かの残骸とかありませんでしたか?」
どこかの島に墜落したのなら残骸があるはずだが、それでは自分が生きている事と矛盾する。
飛行機の構造上、翼の見える部分の辺りには燃料タンクがあるはずだ。生きている可能性は無い。
相手の答えを待っていると
「なんだ、お前は襲われたのか?それで武器や金品が無いのか」
「しかし、冒険者にしては装備が貧弱だ。交易商人だとしても残された持ち物もおかしなものが多い」
ある意味では冒険者ではあるのだが、自分の考えているそれとは違う意味なのは間違いない。
装備が貧弱、持ち物がおかしい。この言葉に何らかのヒントが隠されているはずである。
オサムはより深く考えてみることにした。
おかしな持ち物、リュックの中身か。と考え
「少しゴソゴソしますけど、武器とかじゃないですから、多分中身は確認したでしょう?」
と手荷物のリュックから小銭入れを取り出した。
「この硬貨って・・・見たことないですよねぇ?単位は円ですが、これは100円玉と50円、10円です」
と少々の小銭を取り出した。
「それは調べた。よく出来ているがどこの国の金でもないし、ダンジョンで見つかる宝物でもない。なんの価値もないと判断して野盗も放っておいたんだろう。」
『ダンジョンだって!?RPGかよ?野盗?宝物?』
オサムは錯乱しそうになる自分を押さえ込み、状況の把握のみに努めることにした。
『甲冑に剣、ダンジョン、どこの国の金でもない。日本の通貨を知らないということは』
このことから導き出されるのは1つしか無い。
有り得ないとしても、オサムにはそれしか導き出せなかった。
「ということは、俺はこの世界の人間ではないですね」
小説でよく見るタイムスリップとか異世界とかとにかくそんなたぐいのものだ。
ただし、中世ヨーロッパにはダンジョンは存在しない。タイムスリップではないだろう。
しかし信じてもらえるわけがない。自分でも未だ信じることが出来ない。
だが、ありえないことを全て剥ぎ取った末の答えがそれだ。
オサムの言葉に甲冑の女性が反応し
「馬鹿にしてるな、まずは取り調べる、その後話が嘘なら斬首だ」
と言われて2人の大男が入ってきた。傷だらけのプレートアーマーを着ていた。
「あ、これやっぱり死ぬやつだ」と、オサムはなんとなく覚悟することにした。
事故で自分は終わっているのだから今更ジタバタしても仕方がないという諦めの気分だった。