とある日の昼下がり03
1ヶ月という時間は思いの外すぐに過ぎてしまった。
本当に驚くべき事だ。
何故、長く感じる1ヶ月も過ぎてしまえばあっという間に感じてしまうのか。
そんな哲学的かもしれないような事をいちいち考えたところで俺なんかが結果は出せるはずもない。
しかしふと気が付くとそんなことや下らないようなこと、この前呼んだマンガとかの台詞をシーンを頭のなかで考えていることがある。
それは特に集中している時によく起こる。
無意識的に『違う』とか『んー』とか声が出てしまったりすることもある。
そしてハッとしてそんなことを考えている自分に驚いたりする。
みんなはどうなんだろうか?
共感してくれるのかあるいは学生自体の時の影口のように『一人でぶつくさ言ってるの気持ち悪い』とか思ったりするのだろうか?
なんて――
そんな事を考えながら僕は仕事に集中する。
川のせせらぎと鳥の鳴き声が聞こえてくるヒーリングミュージックを流しながら俺は大きな液晶に映し出した絵に誤認防止用の手袋をはめてタッチペンを走らせていく。
今日の絵は綺麗な感動するワンシーンの風景。
空を眺める二人の少年少女と満天の星空には流れ星がひとつ。
風景を終え、丘の上から地面に座って空を指差す少女の影と両手をついて静かに空を眺める少年を描いて完成。
一息ついて無事に保存されたことを確認すると俺はそれをメールに添付して送信する。
これでOKなのか、リテイクを要求されるのか、この待っている間が一番落ち着かない。
しかしそんな悩みを多少は相殺できるかもしれない。と俺は部屋に短く鳴ったチャイムの音を聞いて思った。
「来たか……」
今日は頼んだものが届く日。
俺はあの写真の物が届く期待と外れである場合の不安を胸に玄関の扉をゆっくりと開ける。
「ちわっす。大和急便っす」
若い青年。20代ぐらいか?
帽子を深く被り、顔の見えない青年。
彼の持ってきた台車には肩幅よりも大きな箱が乗っている。
プラスチック性の白い箱。
人一人が入るには少しばかり小さい気がするその箱を俺は配達員から受け取る。
「――?」
思っていたよりは軽いな。少なくとも五、六十キロはあると思っていたけどこれは――三十キロぐらいか?
「ここにハンコをお願いします」
「あぁ、はい」
俺は受け取った箱をくつ箱の上に置いてから胸ポケットからボールペンを取り出す。
「すいません。サインでもいいですかね?」
取り出したボールペンを見せながら申し訳なさそうに言って同意を得る。
そして受け取った紙をくつ箱の上で出来る限り綺麗に名前を書く。
ハンコならポンッと押すだけなのに……無くしたのが悔やまれる。
また何処かで買ってこないとなぁ~。
「ふぁっ……あ、すんません」
名前を書いていると不意に配達員が大きな欠伸をする。
俺は書く手を休めずに配達員に聞くと彼は頭を掻きながら返事をする。
「いえ、寝不足ですか?」
「えぇ……まぁ色々と忙しいものですから」
成る程。
確かにここ最近になって急激に配達家の仕事が増えたという記事をネットで呼んだな。
電車とかでもトラックの運転士のパートなんて広告も目にしたっけ……。
まぁ今じゃ無人配達なんてのもあるが鳥にぶつかったり、子供に石をぶつけられたりでまだまだこうして人の手によって運ばれるのが主流だ。
こんなことをいちいち考えたところで意味が無いし、通販の方が得な時もあるから止めろと言われるとなんとも言えん。
しかし少し申し訳ないという気持ちになり、わざわざ届けてくれてありがとうという気にもなる。
感謝ってのはそう思うだけでも大事だよな。
「そうですか。日によっては数にもばらつきがあったりしたり、いろんな場所に届けなかったりで大変ですよね」
これはあくまで個人的意見。
俺は運送会社で働いたことがないので実際のところは分からない。
もしかしたらある程度の範囲が数が決められていてその範囲を順に回る必要があるかもしれない。
それでも最近は忙しいということに変わりは無いだろうからまぁ問題あるまい。
俺は書き終えた紙を持って配達員の方へ向く。
「いえ……まぁそれもあるんすけどね。昨日は遊び過ぎちゃいまして」
「あぁ……」
なんだそりゃ?
それは全く持って完全にこいつの自業自得というものではないか。
心配して損した気分だ。
いやこんな奴が運転士ではまた別の意味で心配になるな。
しかし予想外の事だからといって黙っているわけにもいくまい。
「そうなんですか。……まぁ楽しいことは時間を忘れてしまいがちですからね。自分もたまにあるからまぁ……時間は気にするようにしないといけないですね」
出来るだけ角の立たない言葉を、間にさわらない言葉を、当たり障りのないことを言うように言葉を探しながら話す。
「確かにそうっすねぇ~」
「自分は休憩時間を決めて、その時間に目覚ましをセットするようにしているよ」
「あぁ良いすねそれ。今度から俺もそうすることにするっすよ」
笑みを浮かべる青年。
帽子の鍔で目元が見えないので愛想笑いなのか、冷笑なのか、後者はないと思うがとにかくこちらからは口元でしか反応が分からない。
逆に向こうは地面と俺の足元しか見えていないと思うがどうでもいいことだ。
「えぇ、それではお仕事頑張ってください」
長居させては申し訳ない。
俺は話を切り上げるためにそう言いながら手にしていたボールペンを胸ポケットに戻す。
「あ、よければ部屋まで運びますっすよ?」
「いや、疲れてるのに悪いよ」
というよりは部屋が汚いから入れたくない。
仕事の中には大人なものや腐っているものだってある。
無論整理はちゃんとして危ないものは箱に納められてはいる。
しかし途中経過のものは別だ。
爆弾が散らばる部屋に初対面の人間をいれるわけにはいかない。
早々に立ち去っていただくとしよう。
「それにまだまだお仕事が残っているでしょう? 」
「いえ、これぐらい誤差の範囲っすよ」
何故だ?何故粘る!?
こちらはいい、と言っているのだ。
何故わざわざ見知らぬ世界に迷い込もうとする。
この先には神話級の行為のサキュバスだって大量に住んでいるというのに。
しまってあるので目には止まらないだろうけど若いのは机や床に散乱している。
リビングも確かそうだ。
「いえ、わざわざ奥まで持っていってもらうまでもないですよ」
「でもそれ結構重いっすよ」
「いえ、自分結構力あるんで大丈夫です」
「そうっすか?
「えぇ、本当に大丈夫ですから」
「そうは見えないっすけどね。ちょっと腕相撲で勝負でもしましょうっす」
何でだよ!!
どういったらそんな流れになる!!
いや……だがしかし、これで帰ってくれるのならば……。
「いいでしょう」
俺は箱を少しずらしてくつ箱の上に腕をついて構える。
「さぁ、どうぞ」
「え、本気でやるんすか?」
テメェが言ったんだろうが!?
いや、いけない。こんなことで感情を出してはいけない。
へいじょうしん……平常心。
「えぇ、一回勝負ですよ」
「……わかりましたっす」
そういって彼も少し腰を落として構える。
「レディー――」
「「ゴー!」」
勝負は一瞬だった。
土台としては若干幅の足りなかったくつ箱の上で青年の手の甲はくつ箱の壁に直撃し、彼の手の甲は赤く染まった。
「それじゃあ、お仕事頑張ってくださいね」
「ありがとうっす。では失礼するっす」
「あぁ……」
配達員は湿布を受けとり、頭を下げると扉を閉めてアパートから去っていく。
トラックが遠ざかっていく音を聞きながら俺は段ボール箱をゆっくりとリビングまで運び、静かに床の上に置くと早速ハサミを使って貼り付けられたガムテープを中を傷つけないよう丁寧に切って蓋に指をかける。
「――?」
そこまで来て俺は鼻をつく臭いに気づく。
最近鼻づまりのせいで余り臭いを感じないが、それ故に蓋を少し持ち上げただけで漂ってきたこの刺激臭は相当なものであると直感する。
シリコン製品のあの独特なゴムの臭いとは違う、獣臭にも似たこの臭い。
それを放っているのは明らかにこの段ボール箱に収まっている俺の注文したリアルドール。
「まさかな……」
ふと思い付いた事をあり得ないと否定して蓋を開ける。
鼻をつく臭いが更に増して強力なものとなるが、中身は確認しなければならない。
場合によっては……。
「――!?」
中に入っていたのは小さく丸くなって横たわる人。
もちろん注文したものが人形なのでこれに関して問題はない。
問題なのはその中に横たわっているその格好。
俺の注文したそれは肩から下半身にかけて寸胴な体を持ち、まだまだ成長過程の姿であるのが良く分かる。
手足は動かないように、跡が付かないように布とロープで縛られている。
それ以外には一糸纏わぬ姿で眠っている。
良く見ると顔から頬にかけて涙の後があるのが分かる。
恐らく泣きつかれて眠っているのだろう。
臭いの正体は黄ばんだこの吸水シートが原因か……。
肌の色は褐色で髪の色は茶髪。
瞳の色は閉じているので分からないが、恐らく注文した通りなのだろうな。
脈もあり、呼吸もして人間として必要な行為を行っている。
「マジでか……」
箱の中身に俺は大きく息を吐き出して頬をひきつらせる。
中に横たわっている注文した人形は本物だった。
そう、本物。
リアルドールは本当の本当に本物だった。