7・飯。そして情報収集
「これに槍をぶっ刺す」
サイコキネシスを使い、真っ二つに折れた槍を持ち上げる。
槍を引っ付け、そこに再生の超能力も使ってやる。
折れたことなど嘘のように、槍は元通りに戻りそのまま俺の形をした『人形』の胸に突き刺さった。
「こんなもんか」
もちろん、俺の形をした人形を作ったのも複製の超能力である。
原理としては——エネルギーを粘土をこね上げるようにして自分の形を作っているのである。
だがただの人形ではなく、ちゃんと血液も通っており、俺と区別することは到底不可能だろう。
「うーん、それにしても……自分の人形とはいえ、こういうのを見るのは気持ち悪くなるな」
まあ仕方ない。
連続して超能力を見たせいだろうか。
兵士は次の言葉を紡げなくなっている。
「それじゃあ頼んだぞ。朝にでも、この死体を持って王様とか騎士団長のところに報告してこい」
「ま、待て……貴様は小生の命をもってでも捕らえる」
「ふん。指一本も動かせないのに、どうやって捕らえるつもりなの?」
よし——これで全てが解決しそうである。
俺はこの異世界で死んだことにする。
こうすれば、王様とかフーゴとかリュクレースは油断するだろう。
——ああ、魔力ゼロの無能が死んだ、って。
身軽に動きやすくなるだろうし、これからしようと思っていることに都合がいい。
「じゃあ俺、行くから」
「——せ、せめて小生の身を解放してくれ」
「ダメ。あっ、お前を押さえつけている力。朝まで継続させておくから」
そう言って、場を後にした。
■
城を出ると砂漠でした、というわけではなく普通の街並みが広がっていた。
「うーん、やっぱり俺って異世界に来たんだよな」
異世界情緒溢れる、と称していいのだろうか。
もう夜だというのに、街はにぎやかさを保っていた。
頭から動物のような耳を生やしている人。
長くキレイな金髪から尖った耳が飛び出ている美女。
様々な人々が、夜の街を歩いている。
「さて、なにはともあれ……俺がすることは決まっているよな」
ぐー、とお腹が空く。
無論、俺がすることというのは食事である。
昨日、異世界に転移してから丸一日以上はなにも食べていないのだ。
空腹の時に食べるものって、どんなに安いものでも高級食材に変わるよね。
「飯屋……飯屋……」
呟きながら歩いていると、
「おっ——」
一際、店内から光が漏れている場所を見つけた。
美味しそうな香りがここまで匂ってきやがる。
「決めた——俺はここで料理を食べるぜ」
開きっぱなしの扉を潜って、店内へと入る。
「いらっしゃい!」
威勢のいい店員の声。
そういえば、異世界に来たのに日本語が通じてるな?
異世界転移した時に、こちらの言語を理解出来る魔法でもかけられたのだろうか。
「ここに座ってもいいか?」
「どうぞ!」
——中は元の世界に例えると、居酒屋のような場所であった。
笑い声や怒鳴り声が店内で響き渡っている。
俺はそれを騒がしいとは思わず、にぎやかだと感じていた。
「じゃあ——でお願いします」
「あいよっ!」
メニュー表を見て、適当に注文する。
書かれていることは、日本語でも英語でもないのだが、何故かそれを俺は理解することが出来た。
「お待ちどう!」
「わあ——」
がらにも合わないような声を出してしまう。
テーブルに並べられた異世界の料理。
あらかじめ切られた鳥肉(?)をフォークで刺して、口に運ぶ。
「——ほお」
美味しい。
中学の時、修学旅行で海外に旅行した時のことを思い出す。
どうやら海外と日本では根本的に料理の味付けが違うらしく、最終的には日本から持ってきた醤油をぶっかけて食べていた。
だから見た目が美味しそうでも、大したことないと思っていた。
「驚いた。これは美味しいよ」
「ありがとう!」
店員の笑み。
俺はそれから、時間を忘れて料理を口に運んでいた。
腹が減っていたこともあったのだろう。
見る見るうちに、テーブルに並べられた料理がなくなっていく。
そこで俺はふと気付く。
「……やべ」
タダじゃないよな?
つい油断していた。
異世界のお金なんて持っていないし……。
皿洗いとかで勘弁してもらえるだろうか。
「おっ、見慣れないヤツじゃないか」
と困り果てていると、後ろから肩を叩かれ声をかけられた。
「あんたは……?」
「オレは宿屋のアルヌルフ。アルって呼んでくれ」
髭面のおっさん。
それなのに、やけに身長が低い。
アル——と名乗ったおっさんは、なんの断りもなしに俺の隣に座った。
「なんか用か?」
「王都で見かけない顔をしているな、と思って声をかけさせてもらった」
「なんでそんなことが分かるんだ?」
「言っただろ? 宿屋のアルヌルフ、って。オレは宿屋を経営している。そのせいか、王都にいるヤツ等の顔がなんとなく分かるんだよ」
「そうか。だが仮に見かけない顔だとしても、何故わざわざ話しかけてくる? お前には関係のない話だろ?」
俺はまだ、このおっさんに警戒心を抱いていた。
そりゃそうだろ。
訳も分からないまま異世界に転移されて。
城から脱出したと思ったら、見ず知らずのおっさんに声をかけられる。
質問を重ねて、ボロが出れば超能力で始末するつもりだった。
あの兵士がやっぱり本当のことを言ってしまい、他のヤツ等が俺を捕らえにくる可能性だってあるんだしな。
だが俺の警戒とは裏腹に、おっさんは人懐こい笑みを向け、
「ふん。オレはな、王都のことをあまり知らないヤツに王都のことを教えるのが好きなんだよ」
「はあ?」
「宿屋を経営しているからなのか。駆け出しの冒険者みたいなのが、外からやって来たりもする。
そういうヤツ等に王都のことを教える。その中には、凄腕の冒険者になったヤツもいる。
分かるか? そういうのがオレは好きなんだよ」
「お節介焼きってところか」
「そういうところか」
まっ、いっか。
俺も丁度、この世界について情報を得たいところだったしな。
おっさんから得る情報の中で大事そうなのは、
・ここはサザラント王国の王都ヘブリッジと言うらしい。
・サザラント王(俺を召喚した王様のことだな)は政治の才能がなく、そのせいで前代のおかげで栄えてきたヘブリッジが衰退傾向にあるらしい。
・最近、異世界人を召喚するという名目で重税をかけたが、そのせいで王へのヘイトが溜まっている。
ということであった。
「ふーん、じゃあここの王様ってのは嫌われている、ってことか」
「そうだな」
「異世界人を召喚する、ってどういうことだ?」
「分からない。ただ異世界人には特別な才能や魔力が宿っており、戦争でも役に立つ——からだとか。オレ達の知ったこっちゃないが」
どうやら、下々の人にとって異世界人は必ずしも歓迎されてないらしい。
それにしても、あの王様。やっぱ無能だったのかよ。
それっぽかったもんな。雰囲気は漂っていた。
リュクレースなんていう腹黒お姫様もいやがるしな。
「王都に来たばっかなんだが……なかなか未来は明るくないようだな」
「オレはどんなことがあっても、ここで宿屋を経営するがな」
「すまない……変なことを言って。王都から一番近い街はあるか?」
「なんだ、もう王都から出るつもりか。近くにはグーベルグっていう街がある。ただ馬車で三日はかかる距離なんだがな」
おっさんからグーベルグの場所を事細かに聞く。
「そうか。ありがとう」
——俺は死んだことになっている以上、王都にい続けるのは愚策だろう。
明日にでもそのグーベルグっていう街にでも行ってみようか。
馬車で三日しかかからない距離だったら、すぐに着くと思うしな。
「よし! 今日は飲みまくるぞ! 今日のオレは機嫌がいい。店長! 酒だ酒を持ってこい!」
「……手持ちがそんなにないんだが?」
「金の心配なんてするな。今日はオレのオゴリだ!」
やった!
内心、メッチャ喜んでいるが表情には出さないようにする。
情報もくれたし、食事も奢ってくれる。
このおっさん、なんていいヤツなんだ。
おっさんの好意に甘えさせてもらって、この日人生で初めてお酒を飲んだ