6・城からの脱出
あー、もう我慢の限界だ!
いくら我慢強い俺でも、これだけのことをされれば堪忍袋の緒が切れるぞ!
「決めた……今夜、脱走しよう」
自室に帰って、一人決意する。
……まあまだ異世界の情報が不十分、ということはあるよ?
でも明日も同じような日が繰り返されると想像すると、寒気がしてくる。
「さて……問題はどうやって脱走しようか、ということなんだが」
……。
いや、あんま心配いらないか。
この外から鍵をかけられている部屋から出て、普通に城から出て行けば脱走は成功なんだから。
そんな難しい話じゃない。
「フーゴとかいう陰湿中年男と、リュクレースとかいうビッチに復讐するのは取り敢えず後だ!」
正直な話。
ここで暴れ回れば、フーゴとリュクレース……そしてこの世界に召喚したかと思えば、一瞬で手の平を返した王様に復讐するのは簡単だ。
しかし俺には別の考えがあった。
「とにかく! 今することは決まっている!」
まだ昼が過ぎたあたりなんだ。
夜まで昼寝する!
飛行の超能力を使って浮き上がり、俺は瞼を閉じるのであった。
そして夜——。
「う、う〜ん、よく寝た。さて、と」
床へと足を着ける。
——早速、脱走させてもらいましょうか。
正確には窓もないので、今が夜なのかどうか視認出来ない。
だが部屋の外から鳥の声が聞こえ、廊下を歩く音もなくなっている。
「行きますか」
鍵がかかっている扉の前まで移動。
欠伸をしながら、テレポーテーションの超能力を発動する。
すると一瞬で扉の外へと移動することが出来た。
「やっぱり夜で合ってたみたいだな……さて、と。城の出口はどこにあるんだ?」
テレポーテーションとは知っての通り、任意の座標まで瞬間移動する超能力である。
有効範囲は日本全域くらいの距離。
だが一度行ってみて記憶に残っている場所でないと移動出来ない。
いや、正確には大体の場所に予測を付け、テレポーテーションをすることは可能だ。
しかしその場合、海の中に移動してしまう場合もあり、そうなったら服がびちょびちょになってしまって面倒臭い。
だからこのまま城の外までテレポーテーションをする——というショートカットはちょっとリスキー。
「まあ適当に歩き回りましょうか」
歩き出す。
——それにしても、いくら夜とはいえ不用心だな。
見回りの兵士の一人や二人いてもおかしくないはずだが。
きっと今までろくな危機に遭遇してこなかったのかもしれない。
お城の大きさや、王様の尊大な態度を見る限り、結構な大国みたいだしな。
ってなことを考えながら、角を曲がった矢先であった。
「なっ……き、貴様は!」
いきなり目の前に兵士らしき男が現れる。
「あちゃー、早速見つかっちゃったか」
さすがに見回りの兵士の一人や二人置いていたか。
兵士は槍を構え、こちらを睨んでくる。
「き、貴様は……確か魔力ゼロの異世界人!」
「いかにも、俺が異世界人だ」
「なんで偉そうなんだ! 貴様、どうやってあの部屋から脱出を……」
「んー? 普通に出られたけど?」
「嘘を吐くな! とにかく、後でその話を聞こう! 今は貴様を引っ捕らえる」
臨戦態勢に入る兵士。
先の鋭い槍が心臓に刺されば、一発で絶命してしまうかもしれない。
しかし——俺は全く危機感を抱いていなかった。
「はああああああ!」
雄叫びを上げながら、そのまま突進してくる。
「ふんっ」
手の平を向け、超能力を発動する。
「なっ、なっ……小生の槍が!」
するとどうだろうか。
兵士の手から槍がすり抜け、ふわふわと空中に浮いているではないか。
「俺に逆らったことを後悔するんだな」
ふんっ。
ちょっと力を入れてやったら、槍はポキンと真っ二つに折れた。
「き、貴様……どんな魔法を!」
「これは魔法じゃねーよ。そもそも俺って魔力ゼロなんだろ?」
「た、確かに……魔力ゼロの場合、どんなちっぽけな魔法でも使えないはず!」
ん?
そうだったのか。
だからこそ、みんな俺のことを魔力ゼロの無能って呼んだりするのか。
「くっ、どんな奇術を使ったか知らぬが、小生を怒らせてしまったみたいだな」
兵士はバックステップをして、俺から距離を取る。
「小生には魔法の才能がなかったが……それでも、魔力は110ある。武器を持たずとも、貴様を消し炭にすることも可能だ!」
「魔力110!」
……それって凄いのか?
基準が分からないから、反応に困った。
「いくぞ——ファイアーボール!」
兵士の手の平から火球が出現し、それが一直線に俺の方へ飛んできた。
おお! これが魔法ってヤツなのか。
初めて見たな。本当にこの世界には魔法ってものが存在しているらしい。
「ファイアーボール? そんな弱そうな魔法で俺を倒すつもりかよ」
パイロキネス——発火能力。
飛んでくるファイアーボールをそれを以上の炎が包む。
「なっ、なっ、なっ!」
ファイアーボールが炎に包まれ、消滅してしまった光景を見て、兵士が言葉を詰まらせている。
うーん、つまらん。
やはり魔法とはいえ、大したことがないらしい。
「もう十分、学習してもらった。お前には用済みだ」
「ぐはっ!」
サイコキネシスを使い、兵士を壁に激突する。
説明は不要かもしれないが、サイコキネシスとは手を触れずとも任意ものを動かすことの出来る超能力である。
壁にみしみしとめりこみ、苦しそうな顔を作る兵士に——俺は話しかける。
「分かったか? お前では俺に勝てない」
「き、貴様は何者だ……この力は確かに魔法……賢者様の魔力鑑定が間違っていたのか?」
ああ、あの変質者のことだろうか。
あいつ、そんな大層な人間だったのかよ。
「ああ? これは魔法なんてちんけな力じゃねーよ」
正直。
ちょっとがっかりしたところもある。
何故なら——元の世界にいた頃より、俺は強者に飢えていた。
あまりにも力が強すぎて、なんでも出来過ぎていて、日常に飽き飽きしていたのだ。
——魔法ってヤツなら、俺の超能力と同格かもしれないな。
——そう思っていたが、どうやら俺の退屈を紛らわせるほどのものじゃないらしい。
まあこの兵士は明らかに下っ端っぽいしな。
魔力110がどれくらいの強さなのか分からないし。
きっと、優秀な魔法使いとなれば俺の超能力とタメを張ることも出来るかもしれない。
「さて。ここでお前を殺してもいいんだがな。だが、フーゴとかリュクレースに比べて、お前にはあんま恨みがない。っていうわけでこれくらいにしてやる」
「ま、魔法を解除しろ!」
「ダメだ——下手な口利いたらやっぱり殺しちゃうぞ。俺ってば気紛れだからね☆」
そう言うと、壁にめり込んでいる兵士が口を閉じた。
こいつには一仕事やってもらう必要がある。
「いいか……俺はこの城から脱走する」
「脱走? 脱走してどうするつもりなのだ」
「そんなのはお前には関係のない話だ。そこでお前にやってもらいたいことがある」
「な、なんだ……?」
兵士の声が震えている。
「なーに、簡単なことだ。お前には嘘を吐いて欲しい」
「なにを言ってるんだ! もしや、お前が脱走したことを誤魔化す……ぐはっ!」
口答えが少々行き過ぎるので、力を強くする。
「誤魔化す? まあ、そうとも言えないがお前の考えていることとはちょっと違うと思うぞ」
「どういうことだ?」
「お前は俺が脱走したことを発見したわけだ。そして俺はもちろん抵抗する。お前は自分の身を守るためにも、槍で俺をぶっ刺す。するとなんてことだろうか。俺は死んでしまったのだ」
今の俺の気分は舞台に立った俳優そのものであった。
「そういう嘘を吐いて欲しい。脱走する俺を捕まえようとしたら、殺してしまった、と」
「そんな嘘を吐いてもすぐバレるに決まっている……死体もなにも残っていないのに……」
「死体ならすぐに用意出来るぞ」
ぐっと力を入れる。
イメージするのは俺の形だ。
「なっ——!」
兵士の目が見開く。
——俺の隣に出現したのは、もう一人の俺であった。
正しくは俺の形をした『人形』なんだがな。
今日はあと一回更新予定です。