44・戦いの前に
——トーナメントは王都内の闘技場にて行われることになった。
円形のコロシアムで、取り囲むようにして観客席が用意されている。
「意外に人が多いんだな」
ぐるりと辺りを見渡してそう呟く。
正直、こんなに人が来るとは思わなかった。
五万は用意されているだろうか——観客席は人で埋まっており、まだ試合は始まっていないのに声によって闘技場全体が震えていた。
「マリーズ、人が多いところ苦手」
むぎゅっとマリーズが俺の右腕を抱いてくる。
「おお、大丈夫だマリーズ。なんかあったら俺が守ってやるから」
「素敵。抱いて欲しい」
腕を抱くマリーズの力が強くなった。
「腕が鳴るね。私も魔法使いの端くれだから、自分の力を試してみたいという欲求はあるんだし」
アリサが腰に手を当て、観客席を見上げていた。
「アリサにもそういう欲求があるのか」
「そりゃそうだよ。元々私は貴族なんだし。人から注目を浴びたり期待されるのは嫌いじゃない」
「成る程な」
元々日の当たる場所にいた人間だ。
《ネドトロス》という闇の組織では力を発揮できなかったかもしれない。
その証拠にアリサの瞳はキラキラと輝いていた。
生気に満ちあふれているようで、戦いに期待が出来る。
「期待してるぜ。お前も勝ち上がってきて、俺と戦おう」
「君に勝てる気もしないが……」
「おいおい、戦う前からそんな弱気なことを言ってどうすんだ。もし俺に勝てたらプレゼントをあげてもいいぜ」
「ききききき、君にかっ?」
アリサがもの凄い勢いで顔を近付けてくる。
「お、おぉ……いや、そんなにがっつかれても困るんだが」
「じゃ、じゃあ! わ、わわわ私のプレゼントを一緒に選んで欲しい」
「一緒に買い物に行くってことか? 別にいいぜ」
女性のプレゼントなんてなにを買えばいいか分かんないだしな。
そうしてくれる方が気が楽だ。
「言ったよ! 約束は破らないでくれたまえよ!」
「ああ」
そう返すと、アリサは鼻息をしてにやつき、
「ハハハ! 俄然やる気が出てきた。絶対に優勝してやる!」
「頑張れよ」
最初は乗り気じゃなかったみたいだが、アリサにやる気が出て俺としても嬉しい。
俺が優勝するのは規定事項ではあるが、やっぱり出来るだけ強いヤツと戦いたいしな。
特訓を付けたマリーズもいることだし、意外に楽しい戦いになるかもしれない。
そう胸をワクワクさせていると、
「ククク……また出会ったな。グーベルグの領主よ」
後ろからしわがれた声が聞こえてきた。
「お前は……誰だ?」
「なにを言っておる! 騎士都市オルペティアの領主ヴァロだ! 昔はたった四人のパーティーでドラゴンを倒したという伝説もある……」
「四人も必要だったのか? 俺、一人で倒したことがあるぞ」
「ふん! そんなわけあるまい。ドラゴンなど普通百人単位が必要になるのに、一人で倒せるわけがなかろう! ましてや若造の貴様に!」
喧嘩腰に声をかけてきたおっさんは、会談でも見たことのあるヤツであった。
あんまりちゃんと覚えていなかったけど、騎士都市の領主らしい。
「お前んとこは誰が出場するんだ?」
「ククク……聞いて驚け。この儂だ!」
「いや、予想通りすぎて驚く隙がないんだが……」
騎士都市の領主——ヴァロは軽そうな鎧を身につけており、腰にはロングソードを携えている。
今にもよぼよぼで倒れそうな体躯をしているが、このまま戦場に放り込んでも違和感がなさそうだ。
「現役から退いたとはいえ、儂も昔はSSランク冒険者であった」
「そうなのか」
「ふむ……儂の伝説は数知れず……」
なんか勝手に喋り出した。
長くて眠たくなるような内容だったので、気持ちよく喋っている中申し訳ないがそっと場を離れる。
「変なヤツに絡まれたな」
「マスター、さっきのおじいさんは友達?」
「そんなわけないだろ。ただの変なヤツだ」
八都市の代表が来るんだから、必然的に領主もやって来るだろう。
とはいっても領主自身が出場するのは、俺と騎士都市の領主だけなのだろうか?
「そんなことないよ。僕も出場させてもらうよ」
「うおっ!」
考え事をしていたので、低い位置から声が聞こえてきて思わず飛び退いてしまう。
「なんだ……お前か」
「僕のこと覚えてくれたの? ありがとう」
子どもの男の子にも見えるそいつはキャンディーを口に加えたまま、無垢な笑みを向けた。
確か——奇術都市の領主だったと思う。
会談の時から強キャラを出していたので、一目置いていた子どもだ。
「すまん……名前までは」
「僕の名前? 僕はアルヴィンって言うんだ。気軽にアルって呼んでね」
と奇術都市の領主——アルヴィンは無垢な笑みを見せた。
「アルヴィン、お前も出るのか?」
「アルって呼んでくれないんだね」
「なんで男相手に愛称で呼ばないといけないんだ」
「男? ——ああ、ま、いっか」
「ん?」
「——うん。僕もこのトーナメントに出るよ。やっぱり自分の力を試したいしね」
アルヴィンはそう言って腕を曲げ、力こぶを作った。
……とはいっても力こぶにすらなっていない。
こんな細腕でトーナメントを勝ち抜くつもりなんだろうか。
キャンディーにかぷりついているアルヴィンは、いたいけな少年にしか見えなかった。
「怪我だけはするなよ」
「僕のこと気遣ってくれるの? ありがとう!」
「ぬおっ!」
アルヴィンは満面の笑みで俺に抱きついてきた。
まあ別に男なんだしいいけどよ。
警戒心もなく、こうやって抱きつくのはいいのか?
「……何故だろう。何故かイライラするよ」
「奇遇。マリーズもそう」
少し離れたところでアリサとマリーズがジト目を向けていた。
ふう。もしアルヴィンが可愛い女の子だったら、うちの奴隷と愛人が嫉妬していただろう。
それにしてもアルヴィン、妙に体がぷにぷにして柔らかいな。
よく見ると、睫も長く白肌はきめ細かく、このまま成長したら絶世の美女になるかもしれない。
……アルヴィンが女だったらの話だけどな!
「お兄ちゃん、頑張ろうね」
「ああ」
そう言ってアルヴィンは手を振って、俺達から離れていった。
『開会式を始めます。出場する皆様は試合場までお集まりください』
「おっ、もう行かないといけないみたいだ。二人共、行くぞ」
「……マスター。これが終わったら話がある」
「私もだ」
「ん? なんで二人共、そんな怖い顔してるんだ」
マリーズとアリサは頬を膨らませていた。
変なの。
別に怒られることなんてしてないのに。
そんなことを思いながら、開会式が行われる場所へと駆け出した。