33・天才現る
「……でこいつを拾ったわけか」
床で転がっている男を見て、俺はそう言った。
なんでも森の奥でゴブリンの群れに襲われていたところ、気紛れでアリサが助けたらしい。
——そう、アリサなのだ。
久しぶりの登場で忘れているかもしれないが、アリサとは《ネドトロス》の元リーダーである。
俺は《ネドトロス》を壊滅させ、そしてリーダーとなったことを忘れてはいけない。
最近はギルドマスターの仕事(主にフランを触手でイジめることであるが)に追われているので、なかなか顔を見せることが出来なかった。
なので今日は久しぶりの《ネドトロス》リーダーとしての仕事だ。
「見捨ててもよかったんだけどね」
呆れ顔でアリサが続ける。
「自分の力を見誤り、モンスターが蔓延っているこの森にやって来た愚か者なんだからね。それに《ネドトロス》は慈善事業でもないんだし。
……でもあまりにも哀れで声がうるさかったから、ついつい助けてしまったよ」
「そうなんだ」
あまり興味がなかったのでつい気の抜けた返事をしてしまう。
——俺がギルドでランク制を廃止してから、こうやって犬死に(まあこいつは死んでないが)する冒険者が多発しているらしい。
元々ランク制というものは弱者を守るための制度だ。
Gランクの者が過信してSランクに挑んで犬死にしないような制度。
少しずつランクを上げることによって、その者を鍛錬する意味合いも含まれている。
だが、俺はその弱者を守るための制度を取っ払った。
結果的にギルドに登録している冒険者の数が急激に減っていっているらしい。
無論、冒険者死亡のせいだ。
「君がギルドマスターになったことは噂には聞いていたよ。一体、なにを考えているんだい?」
「気紛れだ。なんとなくしてみたくなってな」
その理由だけじゃないんだけどな。
「そういや、アリサ。俺がお前に頼んでいた仕事は順調か」
「大丈夫だよ。今までの《ネドトロス》の活動とは少し違っているけど、根本は同じだからね」
《ネドトロス》には街で喧嘩が起こった場合の仲裁や、裏で行われる薬等の闇取引の運営を任せている。
元の世界に例えると丁度893達のような仕事である。
別に俺はグーベルグだったり、その近辺の治安とかどうでもいい。
だけど——余計なことをされて、メチャクチャにされるのも困る。
うーん、《ネドトロス》は騎士団長に復讐するために利用しただけで、それが達成してしまったので少し持て余している感がある。
でも《ネドトロス》のような役割を担う人達は重要だ。
いくら法で守られていようとも、結局のところそこには暴力が付きまとうのだから。
「よし、よく頑張ったな。褒美に撫で撫でしてやる」
「——っ!」
アリサの頭を撫でてやると、彼女の息を呑む音が聞こえる。
ナデナデ。
続けると、アリサの顎が恍惚によって上がっていった。
まるで猫みたいなヤツだな。
「よし、終わり」
「——っ! っていきなりなにをするんだい!」
「痛い痛い」
ポコポコとアリサが頭を叩いてきた。
……一体、俺はなにをいちゃついんているんだ。
「マコト……少しお願いがあるんだが」
「ん? なんだ」
「実は——団員の中で誕生日の者がいてな。その者のためにプレゼントを買おうと思って。ただ団員は男だからなにを買えばいいか分からなくて——良かったら一緒にプレゼントを」
「おっ、もうこんな時間だ」
腕時計を見て気付き、立ち上がる。
ちなみにこの世界において腕時計は貴重でかなりの高級品である。
時計技師によって作られているらしく、元の世界においても通用しそうな作りであった。
……正直、お金については複製の超能力でなんとかなることが判明したので全く困っていない。
「じゃあアリサ。そろそろ行くよ」
「——あ、ああ。行ってらっしゃい」
ん?
なんで急に不機嫌になったんだ。
頬を膨らませているアリサを見て首をかしげる。
「それにしてもマコト。ランク制は弱者を守るためのものだったんだろう? 実際、ギルドは混乱しているんだし止めた方が……」
「大丈夫」
アリサに背を向けた状態のまま告げる。
「——ちゃんと考えがある。ランク制の廃止はなにも気紛れじゃない」
■
ギルドに帰ると、フランが血相変えて襲いかかってきた。
「どういうつもりだい! ボクは最初からこうなると思っていたんだ。ランク制の廃止なんて正気じゃないよ! だんだんギルドに登録している冒険者が減っていってるじゃないか! このままじゃ——」
「うるせえ!」
「ぎゃふん!」
フランがごちゃごちゃ言ってくるのがうるさかったので、触手の超能力で黙らせてやる。
「はあはあ……卑怯だよ。こんな攻撃をしてくるなんてぇ」
「それにしてはお前も嬉しそうな声を上げてたみたいだが?」
「そ、それはっ!」
顔を赤くしながらも、言葉を詰まらすフラン。
うちの奴隷いちいち口を挟んできてうるさい。
「それに俺にもちゃんと考えがあるんだ」
「なんにも考えてないように見えるけどね」
「ランク制の廃止——それは」
そう口にしかけていた時——ギルドの扉が開けられる。
俺にはそいつがギルドに入ってきた瞬間、なにか風のようなものを感じた。
「——強者を導くためだ」
そいつの姿を見て俺は驚く。
——とても強そうには見えない。
だけど俺には分かる。今、ギルドに入ってきたそいつはここにいる冒険者を一瞬で叩きのめすくらいの実力があることを。
「導くため?」
フランが『?』マークを頭に浮かべ、首をひねった。
——アリサも言っていた。
ギルドのランク制とは弱者を守るための縛り。
調子に乗った冒険者が、自分の力を遙かに超えたクエストを受けてしまわないようにと。
しかし弱者を守るための縛りは、時に強者の妨げとなる。
いくら強かったとしても、最初にGランクと決めてしまえば、なかなか上には行けないからだ。
そうしている内に冒険者に飽き飽きしてしまうかもしれないし、不遇の事故で戦えなくなるかもしれない。
「俺の考えはな。千人の弱者より一人の強者だ」
一人の天才がいれば。
その集団は繁栄するだろう。
「待っていたよ、天才。歓迎するよ」
俺はギルドに入ってきたそいつを見つめそう口にする。
「……冒険者になりたい」
——そいつはそう呟いた。
だけどその声はか細く、周囲の誰もが気付いていない。
それは声が小さいだけではないだろう。
——何故ならそいつは可憐な少女であったからだ。
歳はいくつくらいだろう? 八〜十歳くらいの間だろうか?
少なくても幼児体型のエコーよりは幼く見える。
「もちろん歓迎するよ」
俺はそいつに近付いて笑みを作った。
キレイな黒髪が腰くらいまで伸びている。瞳はクリクリとして小動物を思わせた。
俺よりも一回りも二回りも小さい女の子。
その姿に——俺は強者のオーラを感じ取っていた。
「でもその前に実力を見せてもらいたい。一度手合わせお願いしていいかな?」
「分かった」
コクリと女の子が頷いた。
瞬間、ギルド内が一気に活気立つ。
「ギルドマスターの戦いを受けるだと?」
「フラン様を一瞬で叩きのめしたという噂だぞ。あんな女の子がギルドマスターに勝てるわけがない」
「も、もしや! ギルドマスターは幼児趣味で戦いの最中にあんなことやそんなことも!」
おい、なんか今変なこと言ったヤツいたな。
——とはいってもこいつの実力は見ていれば大体分かる。
だけど『手合わせ』をお願いしたのは純粋な好奇心からだ。
最近ギルドマスターの仕事ばかりで、ろくに戦ってなかったからな。
戦闘民族みたいな考えになっていることに驚くが、たまには運動しないとつまらない。
「そういや、お前の名前をまだ聞いてなかったな。名前は?」
問うと、少女は淡々とした口調で、
「マリーズ——王都からグーベルグギルドの噂を聞きつけてやって来た」