蜜蜂にハナズオウ―ユリの章2―
「俺、市川芳樹です。25歳でーす」
軽いノリで自己紹介した芳樹が、結衣と真理に紙のカップに入った温かいココアを手渡す。
「英二は砂糖だけだろ?」
「ああ」
手慣れた様子で、黒髪は芳樹と名乗った男からカップを受け取る。
「こっちは相田英二君、20歳、まだピチピチでーす」
芳樹に無理矢理顔を真理の方へ向かせられた英二は迷惑そうな顔で、芳樹の手を振り払った。
「あの、私は」
「無理に名乗らなくて良いから。芳樹も、無理矢理流れ作んな」
ぶっきらぼうに英二が言って石段に直に腰を下ろす。
「あ、二人は少し待って」
芳樹は手早くポケットからハンカチを広げると石段に敷いた。それを見た英二もハンカチを出して石段に敷いた。
「どうぞ」
にこにこと愛想良く言ったのは芳樹だけで、英二の方は黙ってカップに口をつけている。
「ありがとうございます」
真理は言って芳樹の敷いたハンカチに腰を下ろした。
「ありがとうございます」
結衣が真理を真似したのか、言ってから英二の隣に座る。
それを確認してから芳樹も真理の隣に腰を下ろした。
英二と芳樹で結衣と真理を挟むように座って、他愛もない話をする。
基本的には芳樹が話して真理が答え、真理が少しでも答えに詰まると英二が口を出す。結衣は口を開かずに熱いココアを少しずつ飲んでいる。
会話の流れで、真理は、芳樹がデイトレードをしていること、英二がその手伝いをしているということを知った。昨年は英二の読みが大当たりし、芳樹はずっと欲しかった腕時計、英二は念願の大型二輪を手に入れることが出来たそうだ。
「芳樹、そろそろ時間」
英二が立ち上がる。
「お、本当。残念だけど俺、弟の迎えあるから行くよ。本当に残念なんだけど」
芳樹はわざとらしい悲しそうな顔をすると、何故か結衣の手を取って、その手の甲にキスをする。
「犯罪」
すかさず英二に後頭部を叩かれ、芳樹はカラカラと笑った。
「あ、あとね、この辺りナンパスポットだから気をつけて。特に、思い詰めたような顔してると、すぐに変な奴らに囲まれて連れて行かれるからね。もっと楽しそうな顔して、小馬鹿にしてるほうが良いよ」
芳樹の言葉にぎくり、と真理の体が固まる。
「ほら、その顔。危ないから気をつけて」
芳樹の目が真理を射抜く。何もかも見透かされているような、嫌な感覚に思わず拳を握った。
「芳樹、脅かすのやめえや」
英二が止めに入る。
「でも、ほんまのことやから。君らめっちゃ目立つねん。気ぃつけてな」
英二は無表情にそう言って真理を見た。そのまま背を向ける。
「私、鈴原真理っていいます。この子は、西嶋結衣です。話を、聞いてもらえませんか?」
英二がこちらを振り向くまでに、長い時間があったように思う。けれど、それは気のせいだったようだ。実際には立ち上がった結衣が真理の手をぎゅっと握るまでの間だ。
英二は真理と結衣が座っていたハンカチを回収し、芳樹に渡す。
「芳樹、先、行っててくれへん? 後で追い掛けるわ」
「いいよ。じゃあ、後で」
芳樹を見送り、英二が真理と結衣を振り返った。
怖くて、顔は見られない。体が細かく震えている。
「場所、変えよか」
英二は言って、歩き出した。その後ろにつく。結衣が真理の手を握ったまま、まっすぐ前を見てついて来る。
一つ間違えれば、結衣も自分もズタズタになる。それでも、英二なら、と真理は思った。結衣も、それは同じようだ。英二は、英二と芳樹は、今まで真理が出会ってきた男達とは違う。そんな気がする。
英二が選んだのは、少し歩いた所にあったハンバーガーショップだった。
「好きなもの頼んで」
英二が言ったが、真理は特に空腹を感じない。メニューを結衣に見せたが、結衣も顔を強張らせたまま、首を横に振る。
「オレンジジュースを2つと、ポテトを」
「分かった。席、取っといて」
「はい」
注文を英二に任せると、真理は結衣の手を引いて窓際のカウンター席に座った。
確かに、店員や客がこちらを見ている気がする。どうやら本当に自分達は目立つようだ、と真理は気付いた。
確かに方言は話せないが、口さえ開かなければ大丈夫だと思っていたのに。
「結衣ちゃん、お腹空いたら食べてええよ」
英二が言って、自分の飲み物だけを手元に残し、ポテト以外にも食べ物の乗ったトレーを真理と結衣の前に押しやった。
真理の隣に腰を下ろし、英二は「それで、話って?」と真理に尋ねた。