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ユリの章―1―

 もう何度めか分からない呼び掛けに、真理は緊張を見せないように振り返った。

 金茶色に染まった長めの髪をした軽薄そうな男が立っていた。


「こんにちはー、お一人ですか?」


 愛想良く言ってくる男の頭から靴の先までを、真理は素早く観察した。

 イタリアで有名なファッションブランドの服。同じブランドの靴は昨年の型だが、腕時計は今年発売になった最新版。年齢は二十代前半から半ばのように見える。


 金持ちの家の息子。平日昼間から出歩いているということは無職か、不定休なのか。判断を下し損ねて、真理は曖昧に頷いた。


「すみません、連れがおりますので」


 真理はそう言って軽く頭を下げると、男から目を背ける。


「でもだいぶ前から一人だよねえ?」


「そろそろ来る頃ですから」


「じゃあ、それまでの間だけ」


 にこにこと笑いながら寄ってきた男に、真理は距離を取るように一歩、引き下がる。

 男はその位置で立ち止まると、真理にもう一度笑いかけた。


「この辺じゃ見ない顔だけど、旅行か何か?」


 真理は誤魔化し笑いを浮かべてそっぽを向く。

 だが、男は慣れているのか、お構い無しに話し続けた。


「俺はこの近くに住んでるんだけど、最近引っ越してきたばっかりで友達少ないんだよね。良かったらアドレス交換しない? ラインは?」


 真理は立ち去るタイミングを測る。

 声を掛けてほしい相手は、こういう相手ではないのだ。

 場所が悪いのか。そろそろ場所を変えるべきか。


「何しとんねん、芳樹」


 低い声が聞こえ、真理と男は反射的にそちらを見た。

 不機嫌そうな顔をした男がいる。こちらの男は、声を掛けてきたこの芳樹という男よりもまだ少し若いぐらいだが、髪の色を変えていないせいか落ち着いて見えた。

 服や靴にこだわりはなさそうで、全体的に黒で統一されている。服のブランドは真理が知らないものだ。高級ではないが、安くもない、というぐらいしか分からない。


「英二、遅いよ」


「そっちが早いだけやろ。まだ10分あるやんか」


 不機嫌を隠そうともしない英二の言葉を、芳樹は無視した。


「あ、こちら、今、声を掛けたばかりで名前を教えてくださらないお嬢さん。美人でしょう?」


「何ふざけとんねん、アホか」


 英二はそう言って、芳樹に向かって大袈裟なため息をつき真理を見た。


「俺の連れが迷惑掛けてすんませんでした。もしお急ぎでなかったらお茶ぐらいやったらおごらしてもらいますけど」


 関西弁だった。すぐに真似が出来るような気がするが、本物でなければすぐに見破られる。


「お姉ちゃん。それ、誰」


 案の定、少し離れたところからこちらの様子を見ていた結衣がやって来て真理の袖を引いた。


「あれ、妹さん?こちらも美人さんで」


 揉み手をしながら近づこうとする芳樹に、結衣が警戒の色を見せて真理の背中に隠れる。


「芳樹、それ犯罪やから。ほんまにすんません。悪い奴やないんですけど、ちょっとアホなんです」


 黒髪の英二は真理に言い訳すると、腰を屈めて結衣と同じ目線になった。


「怖がらしてごめんな」


 英二を見ていた結衣が顔を上げて真理を見た。どうやら、本当に関西の人間らしい。


「このお兄ちゃん達、悪い人なん?」


 結衣が二人の男を見てから、真理に問い掛ける。


「え? なんで?」


 芳樹も結衣に視線を合わせるために屈み込む。


「結衣のママが言っててん。昼間に外でうろうろしてるんは悪い男ばっかりやって」


「結衣、ちょっと待って」


 真理が口を挟むが、二人の男は顔を見合わせると笑い出した。


「お前、いい加減髪黒せえや。絶対そのせいやぞ。見た目ただのホストやん」


「俺、黒髪似合わないんだけど。英二の顔が怖いせいじゃないの?」


 くだらない言いあいを始めた男達を見て、結衣が真理の袖を二回引っ張った。

 信頼出来るという合図に、真理も頷く。


 だが、果たしてうまくいくだろうか。


「ちょっと待ってて」


 唐突に芳樹が走っていく。

 後ろ姿を見送って、英二が振り返った。


「ほんまにすんません。時間大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です。あの、お連れの方はこの辺りのご出身ではないんですか? その、言葉が」


「ああ、あいつは広島からこっちに出て来てて。こっちで友達になったんですよ。あ、俺は介護福祉士やってたんですけど、あいつの弟が障害持っててそこで知り合って。俺は元々こっちで生まれて、こっちの施設出てるんで」


「施設?」


「俺、早くに両親亡くしてて、保護施設で育ったんです」


真理は思わず結衣を見た。結衣も目を見開いている。


「あ、引きました? 別に、悪い所じゃないんですけどね」


 そう言って、英二は少し困ったような顔をした。


「いえ、引いたとかじゃなくて。あの、おいくつですか?」


「二十歳です」


「二人にはココア買ってきた! そこの公園で飲もう」


 芳樹が買い物袋を手に戻ってきて、にこりと笑って言った。

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