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少女と少年

沙耶の葬儀は、生前の彼女の扱いが嘘のように大きく執り行われた。


実情はどうであれ、沙耶は宮森家の正妻であり、三条家の生まれだ。

沙耶の過去を知らない智子には判別できなかったが、参列者の殆どが沙耶とは直接関わりのない人間なのだろう。


形式張ったお悔やみの言葉に雅紀が神妙に答える度に、智子の中に言いようのない怒りが湧き上がる。


どれだけ玲奈に進言されても、雅紀は最後まで沙耶を妻として扱わなかった。

その上、雅紀は美織と美里を葬儀に参加させていた。

あの2人が沙耶の死を悲しむわけがない。

あまりにも、あまりにもではないのか。


それでも智子が一番気にしたのは、クズ達の存在ではない。

もちろん、沙耶を喪った玲奈の事だ。


沙耶の死後、年齢が高く体力が衰えていた使用人の斉藤が体を壊した。

その結果、食事以外の玲奈の世話をする人間がいなくなってしまった。

もともと玲奈は殆どの事を自身で賄っていた。

それでも沙耶が入院していた時は、離れに斉藤が住み込み、病院に通っていた。

それが今では、玲奈は離れに1人である。


宮森家の敷地内だからセキュリティとしては問題無いのだろう。

しかしそんな事は問題ではない。

(あの父親を引き裂いてやりたい)

智子は最近、アプリを起動する度に殺意に震えてしまう。


(ただ…一番気になるのは玲奈ちゃんが泣いてない事なんだよな…)

智子はずっと玲奈を追っているが、気丈に振る舞う玲奈が泣いた姿をずっと見ていなかった。


悲しくないわけがない。薄情なわけでもない。

智子にはその理由が何となく理解できたが、画面越しに声をかける事など叶わない。

だから、智子はじっと、玲奈の優しい婚約者を待った。

あの聡い少年が、分厚いベールに隠された玲奈の孤独に気付かないわけがない。


葬儀の後、憲人はやはり玲奈の前に現れて、玲奈の手を取った。

手を取られた玲奈はびくりと震える。それまで揺らがなかった瞳が戸惑ったように一瞬憲人を見て、憲人の視線を避けるように俯いた。


『玲奈さん』

『……はい……』

『僕を見て』

『……』

優しいが、憲人の声音は有無を言わせない強さがあった。

けれど玲奈は唇を噛んで、俯いたままだ。


『こっちを向いて』

憲人は玲奈の手を離して、優しく玲奈の頬に手を伸ばした。

躊躇いは見えたが、労わるように慈しむように憲人は玲奈にそっと触れる。

玲奈は震えながら憲人を見つめた。


まるで迷子になった幼子のような、不安定な表情の玲奈に、智子は少しだけ安堵する。


『泣いていいんだ』

憲人が静かに呟く。

『悲しんでいいんだ。叫んだっていい。ここには僕しかいない。だから』

憲人は言葉をきって、玲奈をそっと抱きしめた。

びくりと玲奈の体が強張ると、より強く抱きしめる。

そして玲奈の耳元でそっと呟いた。


『感情を抑えたら、ダメだ』


憲人は愛される事や、愛する事を知っている子供だ。

守られる事や、守る事を知っている子供だ。

この年代の少年にはない、しなやかな強さを持った子供だった。


だからだろう。

感情を失っていた玲奈の瞳にみるみる涙が溜まっていった。

涙はすぐに溢れ出て、縋るように両手を憲人の背中に回す。

『おかあ、さまが……』

『うん……』

『あんなに笑ってたのに……もう、会えない』

玲奈は嗚咽を押し殺して、懸命に言葉を紡ぐ。

『どこにも、いないんです、どこにも……』

掠れた玲奈の言葉があまりにも悲しかった。


『私は、1人になってしまいました』

抑えていた玲奈の孤独が溢れた。ひた隠しにしてきた気持ちを吐露して、それでも涙は止まらない。


『僕がいる。僕が君を支える』

憲人は玲奈をより強く抱きしめた。

『君は1人じゃない。……1人に、なってはいけない』

玲奈は眼を見開いて、くしゃりと顔を歪めた。

震える唇を噛んで、憲人の思いに答えるように腕に力を込める。


『ありがとう、ございます』

殆ど音になっていない呟きが、智子の耳に響く。


(玲奈ちゃんが泣けて良かった)

あのまま玲奈が1人でいれば、いずれ心は壊れていただろう。

智子は束の間安堵して、不安に駆られた。

一番心配だった玲奈の心は守られた。


けれど、この後は。

沙耶を喪って、この後は。

予想できる不安材料が多すぎた。


これまでも酷かった玲奈の待遇が、改善されるわけがない。

悪化しなければいいが、それは無いだろう。


妻が死別した今、雅紀はいくらでも再婚できる。

そして、再婚相手とその娘は、正式に宮森家に入るだろう。


その時、玲奈はどうなるのだろうか。

智子は考えるだけで吐き気がした。

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